第1章 ウォーキングデッド 三編 邪神こわたん
アジトより増援がやって来る。
そいつは、簡単に応急処置を済ませると、車に乗り込むように言った。
応急処置といっても、アルコールをぶっかけられた後、薄汚い包帯を巻かれただけだが。
傷跡が焼けるように痛む。
それが、己が弱さと、かつての……生きる実感を与えてくれた。
車に乗り込むまでは増援の男以外はほぼ無言だった。
ほぼ、というのは儂がアルコールの痛みを与えられた時に呻き喘いだからであり、サテンは顔を伏せ、喋ることをしなかった。
「しっかし、初任務早々大変だったんだな」
増援の男、先刻儂に向かって銃を突きつけていた男だが、こちらが反応をしなくても1人で喋り続ける。
まるでラジオだ。
この無言であるが、サテンにどういう意図があるかはわからないが、儂には引っかかっていることがあった。
ーー何故、エドは1人で戻ったのか。
別に3人で戻ることに支障はないだろうに……
支障?
「まずいな。 おい、方向を変えろ。 墓地へ向かってくれ」
1人でなければ支障が出ること。
そんなもの、やましいことに決まっている。
なら、それは何か。
奴の手には死者を蘇らせるトランペット。
この近くには、奴の娘が眠る墓地。
エドが何をしようとしているか、察するには十分すぎるほど条件が揃っている。
「おいおい、どうしたんだよ」
悠長に聞き返して来るな!!
こっちは時間がないんだ。
「良いから墓地へ向かえ!! どっちだ?」
「あ、あぁ。 墓地はここから東に……車は通れないから、走ったほうが早い」
東……あの獣道か。
「わかった、サテンを頼む。 お前は増援を呼んでおいてくれ」
車が止まるのを確認し、儂はドアを乱暴に開ける。
車から飛び降りようとした時、背中が掴まれる。
「私も行く」
サテンがか細い声でそう言った。
背中を掴むその手は、小さく震えていた。
「だめだ。 君を危険な目に合わせるわけにはいかないし、場合によってはエドを殺さなくてはならない。 連れていけない」
サテンは涙を流しながら首を横に振り……答えた。
「だめ、それだと……ウルフの心が死ぬ。 だから、私が守るの」
大粒の涙が頬をかすめ落ちそうになる。
儂はそれに手を伸ばし、受け取った。
「わかった……君のことは儂が守る。 だから、サテンは儂を守ってくれ。 時間がない。 行くぞ」
儂はサテンの手を繋ぎ、車を後にした。
獣道をかける。
思うように前には進まない。
しかし、サテンは必死について来る。
そして、思考の中にはある、1つの疑問が浮かんでいた。
儂にエドが殺せるか?
情とか、覚悟の話ではなく。
あの得体の知れぬ男は死角からの攻撃を避けていた。
あの男は、儂とやりあうには強すぎる。
でも……やるしかない。
あのバカ男。
儂に、奥の手を出させるなよ。
「あ、ここだよね」
「あぁ、エドはどこにいる?」
墓地に着く。
静かで広く、暗かった。
エドの姿はどこだ?
ガバメントのリロードは済ませてある。
だが……必要なさそうだ。
「あ、あっちにいるよ」
サテンが指を指す。
その方向には、トランペットを片手に持ったエドが立ち尽くしていた。
「吹かなかったのか?」
儂はエドに問いかける。
「せっかく安らかに寝ているんだ。 それを無理やり起こすのは……可哀想だと思ってね」
「それが娘さんの墓なんですか?」
サテンが問いかける。
「あぁ、事故だったんだが……しかし、儂が殺した」
エドは遠い目をしていた。
罪から逃れようと怯えていた目ではなく。
それでも許しをこうような、そんなくらい目であった。
「エド、そういうのはお前の娘がどう思っているのかが大切なんだ。 お前の意見はいらない」
「そんな慰めが意味をなさないことは、ウルフ……お前が1番わかっているだろう」
「やはり、頭の中をのぞいたか」
あの死角からの攻撃を避ける姿、銃を向けた時にはもう回避行動を取っていた。
そこから、能力を予測していた。
「わしよりも、不幸な奴がいるもんなんだな。 お前は良く生きる意志を捨てないでいられるな」
「生きる意志を捨てたから前は死んだんだ……死んだからこそ、やり直すんだ」
「そうだな。 わしももう少しだけ生きてみるか」
エドはトランペットを地に捨てる。
そして、懐から銃 (ベレッタ) を取り出し、トランペットに向ける。
ーーズドンーー
1つの発砲音が響いた。
パタリ、とエドが倒れる。
「大丈夫か。 どこを撃たれた」
エドに駆け寄り、銃声の方へ顔を向ける。
そこには銃 (黄金の44マグナム) を持った男が立っていた。
「あの男……お前に頭を撃ち抜かれ死んでいたはず」
一瞬覚えがなかったが、すぐに理解した。
壁の向こうの男か。
「不味い、サテン。 近くにこい」
「う、うん」
奇妙な男の手にはいつのまにかトランペットが持たれていた。
それをゆっくりと口元に持っていく。
奇怪な陽気な音楽が墓地は鳴り響くり
ふと、土が掘り返される。
そこから手が生え、頭が出て、ゾンビたちが這い出てきた。
「まずいな。 おい、エド、戦えそうか?」
「銃を撃つぐらいなら……だが」
だが、ゾンビたちに銃は効果が薄い。
しかし、あの地下室とここでは条件が違う。
「2人とも離れるなよ」
そう伝えると右腕に魔力を貯める。
懐から瓶を出し周りに投げ捨てる。
割れた瓶からは液体が溢れる。
「さあ、壁を作るぞ」
右腕が熱くなる。
魔力が反発し合う。
それを炎に書き換えながら……解放する。
解放された炎は適当に飛び散りながらゾンビたちを襲う。
また、撒かれた液体に引火しながら炎を上げた。
3人を囲むようにして炎の壁ができる。
「増援は呼んである。 後は時間を稼ぐだけだ」
「や……やったぁ。 ウルフすごいよ」
サテンが引きつった顔で言う。
しかし、これで魔力が尽きてしまったな。
エドが暗い顔をしている。
「実はな、これではダメなんだ。 2人とも今から逃げられるか?」
「逃げる必要があるのか?」
儂はエドに尋ねる。
「あの、オーパーツ。 黄金のトランペットは、邪神降誕のアイテムだ」
「ど、どう言うこと?」
サテンが不安そうに言う。
「死者を供物にし、邪神を呼ぶ。 ここは、墓場だ。 数は十分すぎる」
空が急にあれだし、雲の中心に渦の様な穴が開く。
「ちなみにだが……あれなのか?」
「いや、わしも見たことがないが。 まぁあれじゃろう」
儂は銃を構え、男に向ける。
発砲をしようとした。
その瞬間、足が引っ張られ、空へと逆さまに急上昇する。
横にはサテンもいた。
どうやら2人が引っ張られた様だ。
「ちっ、サテン。 大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃないよー」
上空を見上げると触手が降りてきており、それが儂たちをつかんでいる様だった。
どんどん引き上げられていく。
トランペットの男を狙うには遠すぎる。
ならば。
上空に向かって発砲する。
触手に当たるが。
ダメージがある様子はない。
「これは無理だな。 来世でもサテンと一緒になれるといいな」
銃を捨て、そう呟く。
「ちょっと、諦めないでよ!! エド、あのトランペットを止めて」
その声が届いた様で、エドはトランペットの男に向かって発砲をする。
が、傷ついた体では狙いが定まらない様で、かすりあたりさえもなかった。
「えぇ、どうしよ。 もう無理なのかな」
「まだ、諦めていないのか?」
「当然だよ。 だって死にたくないし」
「死にたくないし?」
「ウルフを死なせたくないもん」
かなりの高さまで来てしまった。
この高さではもう助かることはないだろう。
しかし、サテンは諦めてはいなかった。
それは、儂の心を打つには十分だった。
「わかった、君の心に敬意を表しよう。 おいエド、撃ち続けろ。 ここにいる3人で、生きることを諦めるな」
「しかし、弾が切れた。 もう終わりだろう」
「よく探せ、少しでも生きたいと言う気持ちがあるのなら」
炎の壁はすでに鎮火していて、ゾンビたちが近づいてくる。
ふと、エドの近くにリボンをつけた雌型のゾンビが近づく。
そのゾンビが何かにつまづいて転ぶ。
蹴っ飛ばされた何かは、エドの目の前に転がって来た。
「これは……お前は……そうか」
それは銃だった。
m1911、ガバメント。
儂が、生きるためにガラクタから見つけたもの。
それをエドは構えて、放った。
男の頭を捉える。
男の体は輪郭を壊し、空間ごと揺れて見えた。
それは空へと消えていく。
トランペットは壊され、音色はいつのまにか消えていた。
ゾンビたちはもう動かない。
もう、これで終わったのか。
「やったね。 ウルフ、生きてるよ」
「それはどうかな」
「え? どうして?」
ちょんちょんと、下を指差す。
まだ体は引っ張られ上昇しているが、だんだん足を掴む力が弱まる。
そして、消える。
2人は空から投げ出され、急転直下する。
儂はサテンの体を掴み抱きかかえた。
「さて、最後の運試しだな」
「いやぁぁあああ!! 死にたくないよーーーー」
50メートルを切る。
40、30、20、さて、10メートルをきったが。
「ヒーローは遅れてやってくるものだな」
突如空中にトランポリンの様な膜が現れる。
それは衝撃を抑えて破れ、それを何回か繰り返してから地面に到達する。
「大佐、ナイスタイミングだと言いたいところだが」
「遅いよ!! もっと早く来てよ」
「はっはっは。 悪かった!! さて、怪我人もいる。 運ぼうか」
儂たちは車に乗せられ、エドは命に別状はないものの治療のため、アジトで別室に移された。
儂も、ちゃんとした治療をうけ、包帯も新しいものに変えられた。