イレブン バック
ホテルは、栄華で狭く、テーマパークのホテルとはこんなものだろうという感じだった。
城をイメージした造り。
無駄に外は明るく、中は薄暗い感じ。
そして、宿泊とは別の、休憩という名の料金プラン。
ーーあっ、察し。
イレブンとは別の部屋が用意されたが、あとで2人で話したいことがあると、テーマパークの外に呼び出しをもらった。
「もしかしたら、もう待っているかもしれないな。 行くか」
部屋に取り付けられたシャワーを浴び、バスタオルで体を拭いながら、そう呟いた。
服を着て、顔を叩く。
そして、外へと出て行く。
湿らせた髪に夜風はやや寒かった。
ウルフは、ちゃんと乾かせば良かったと後悔した。
月夜に照らされた少女が1人、瞳だけを輝かせながらこちらを見ていた。
その手には、水鉄砲が握られている。
「やっぱり来ちゃったんですね。 いいえ、お待ちしておりました」
その声は儚げで、どこか寂しげだった。
「こんなところに呼び出して、何のつもりだ? まさか、青姦が好みというわけでもないだろう」
冗談を言ったつもりだったが、イレブンはクスリとも笑わなかった。
少女の水鉄砲はこちらに向けられる。
「ごめんなさい。 これが最も正しい選択なんです」
その銃の引き金が引かれる。
それは、ウルフの身体を捉えてる。
身体が濡れる。
「しょっぱい。 まさか……塩酸か?」
「いいえ、ただの海水ですよ」
イレブンが、距離を詰める。
つられて、バックステップで距離を置いた。
「ただの海水か。 いったいどういう……しまったか」
急いで濡れた服を脱ごうとするが、彼女がその瞬間を見逃すはずがなかった。
「油断しすぎですよ」
漏電
電気を多方向に飛ばす。
海水に濡れたウルフに電気は導かれた。
「アババババっ」
電気が身体を通り抜ける瞬間、意識が飛んだ。
その刹那は、永遠にも思える時間で、意識が戻されてすぐは状況が飲み込めなかった。
身体に電気が帯電する。
身体の痛みを脳が理解していく。
ーーこいつ、本気か。
「ええ。 ここまでしてくれたご恩忘れません。 でも、これでサヨナラです」
濡れた上衣を脱いで、さらりと体をそれで拭く。
身体から電気を抜いた後、それを後方に捨てた。
「イレブン。 事情なら……聞くよ。 だから、矛を収めてくれないか? でないと……儂は、お前を」
「殺してもいいですよ? もとより、実力の差は分かっています。 こちらは、殺される覚悟で殺そうとしているんです」
彼女の目はまっすぐだった。
だから、なのかはわからないが……何故か、胸が痛む。
呼吸がうまくいかない。 いつもはどうしていたのかさえ思い出せない。
ウルフは、両手を開いた。
安心を与えようとした。
「そんな無駄な覚悟捨てちまえ。 儂は、お前を殺したくないんだ」
「いいえ。 マスターの言うことは絶対です。 それが、いかに恩人であろうとも、覆りません」
イレブンが、再び電気を身体に纏う。
また、あの漏電が待っている。
だが、ウルフは防御体制を取ろうとはしなかった。
「お前には……帰る場所がある。 帰ろう。 サテンだって待ってるよ」
「…………今度は手加減をしません。 甘い考えを捨てないと、死にますよ。 あなただけでなく。 あそこのみんなが」
ウルフは何も答えない。
口をつぐみ、真っ直ぐにイレブンを見る。
「もう……知りませんからねっ!!」
漏電が始まった。
今度は先ほどよりも、誘導が少ないが、それをあまりある高威力である。
もちろん、食らって仕舞えばひとたまりもないだろう。
ウルフも、防御体制をとってくれるはず。
イレブンはそう思った。
「なのに……なんで、闘おうとしないんですか。 なんで、私を殺そうとしないんですか」
イレブンが流した涙の意味は、ウルフにはわからない。
だが、女の涙を見て、黙っていられるはずもなかった。
「この分からず屋が。 どうして、何も相談してくれないんだ。 そんなに、儂たちが頼りないか? そんなに、儂が弱く見えるのか? お前が、一言、頼ってくれれば、儂は必ずお前を救ってようとするのに」
「だから……ですよ。 あなたは強いから、どこまでも頑張ってしまう。 たとえ、自分の命が失われようとも」
「だから、お前が死ぬと言うのか? それは、おかしいだろう」
「おかしい……ですか?」
「あぁ、お前は生きて、笑ってなきゃいけないやつなんだ」
イレブンが驚いた顔をする。
そして、その顔は、涙を止めることはできずとも、笑い顔に変わっていった。
「意味が……わかりません。 べつに、私じゃなくても」
「いいや、お前だね。 サテンを見ろ。 あいつは怒ってなきゃいけないやつだろう? それとは対象な女がうちには必要なんだ」
「ふふ、ふふふっ。 サテンちゃんが聞いたら怒りますよ?」
「いいさ。 それよりも、お前のマスターのところへ案内しろ」
もう既に立っていられなくなったイレブンを抱え、ウルフが男の顔になる。
「……どんなことになっても知りませんよ」
「なんだ。 まだ信用できないか?」
「いいえ。 あなたならきっとやってくれます」
「きっとなんかじゃダメだ。 絶対と言い切れ」
ウルフは駆け出した。
「はいっ。 絶対です」
「よし、やってやるか」
月夜が輝く夜道に、ウルフの身体は風のようにそよいで行った。




