番外編 ビッグ コイン ト グリーンモンスター
これは、スラムがまだ街になる前の、グリーンモンスターの幼き頃の話。
「おとう、おかあ。 なーにしてんのー。 はやくはやくー」
そこは王国の隣にある小さな村だった。
楽しい楽しいピクニック。
幸せそうな家族が丘の上を目指して歩いていた。
「はははっ。 ジロは早いなあ」
「そうね。 きっとあなたに似て元気なのね」
「もう。 せっかくの休みなのに……時間がなくなっちゃうよー」
ジャンジロの父親は普段、王国に出稼ぎに出ている。
数少ない休みの日に、家族と楽しい思い出を作りたいとピクニックを計画していたのだ。
それは、結果的に正解で、娘もとても大喜びだった。
「ルール。 どうだ? 楽しいか?」
「えぇ、あなた。 それに、ジロもこんなに楽しそう」
「えへへー。 おとう。 おかあ。 とっても楽しいね」
その笑顔には屈託がなく、眩しかった。
目を細め、歯を見せる。
それだけで、とても可愛らしかった。
「ねぇ、おとう。 また……ね。 こうやってピクニックできる日がくるかな?」
「え? あぁ……きっとな。 そのためにお父さん。 頑張るからな」
村の中に仕事はない。
かといって出稼ぎでも、十分と言える稼ぎはなかった。
休みもたまにしか取れないし、村に戻れるほどの休みなんて稀だ。
だが、必ずまた、こうやってみんなでサンドウィッチを食べようと、心に決意した。
ーーその数年後の話であった。
「ねぇ。 おかあ。 おとうが帰ってくるのいつだっけ?」
「あらあら、この子は。 まだまだ先の話ですよ」
「えー。 もう待ちきれないなー」
数年ぶりに長期の休みが取れそうだと、手紙が届いた。
たまにしか見れない父親の顔。
そして、大きくなったその元気な体を見せるため、ジャンジロは期待に胸を膨らませていた。
その時、玄関にノックの音が響く。
薪の火をそのままに、母親は戸を開ける。
「はい。 どちら様ですか?」
そこには、甲冑をきっちりときて、背筋を伸ばす男が2人立っていた。
その視線は、冷たく恐ろしいものであった。
「この地域は王国のダストスラムとなることが決まった。 だが、安心したまえ。 新たな住処は王国が用意している。 だが、もちろんタダとは言えないが……問題なかろう?」
「ええ。 そんなこといきなり言われても困ります」
「ええい、王の命に背くのか?」
兵士の1人が母親を突き飛ばす。
そこに、ジャンジロは駆け寄った。
「おかあ。 お前、何をする」
ジャンジロは怒って駆け出そうとするが、それを母親が制止する。
「いいのよ。 ジロ。 あの……兵士さん。 もうじき出稼ぎの旦那が戻ってくるのです。 お支払いはその時まで待っていただけないでしょうか?」
「出稼ぎか。 それはいい。 こんなちんけな村の母子家庭などもとより期待はしていなかったが。 そうか。 それなら安心だな」
ジャンジロにはその言葉の意味はよくわからない。
よくわからなかったが、悪口を言われていることはわかった。
だが、母親がこんな悔しい思いをしているのに耐えている。
その事実がジャンジロの思いを抑えさせた。
そして、さらに日がたつ。
約束の日、王国への出発の日。
王国から、父親がやってきた。
大好きな、おとうがジャンジロの目の前に現れた。
「おとう、私、この村好きだったな」
「うーん。 そうだね。 俺も大好きだった。 もう、ピクニックも出来ないのか」
「でも、またあなたとジロ、3人で遊べるところが、王国にもきっとありますよ」
「はははっ。 そうだな……ははっ」
歩く先に、兵士が立っている。
そこでは、引っ越し代の徴収が行われていた。
「遅いぞ。 お前たち。 まぁいい。 3人分だな」
「はい。 よろしくお願いします」
横に、涙を流す別の家族が見えた。
おそらく金が払えなかったのだろう。
若い夫婦。
母親のお腹は少し大きくなっている。
子どもがいるのだろう。
「…………なぁ、お前」
「あなた。 でも、それだとジロは」
「そう……だよな」
「兵士さん。 3人分です」
「うむ。 たしかに。 さぁ、この札を持って行け」
「ありがとうございます」
この時、ジャンジロは齢が8になる。
一人前とは言えないが、確実な考える力を持っていた。
このままでは、いけない。
あの夫婦が可哀想だ。
だけど、わたしには……そして両親にも救うだけの力を持っていない。
仕方ないで済ませたくはないけど。
「なぁ、やっぱり。 俺にはむりだ。 お前たち悪いけど」
パチンと、母親が父を叩いたのが、ジャンジロの記憶に鮮明に焼き付いた。
それは、忘れもしない姿だ。
「ジロ。 お父さんとお母さんね。 ちょっと忘れ物したからとったからね。 これ、お小遣い。 無駄遣いはダメよ? いい?」
「うん!! 大丈夫だよ」
ジャンジロの手を握るその暖かい母の手は、少し痛くて、いつまでも握られていた。
いつのまにか、頭の上に父の手が乗せられている。
「じゃあ行ってくる。 また後でな」
「うん。 またなー」
王国までの道はちゃんと歩くことができた。
途中振り返りながら両親にいつもの笑顔で手を振った。
忘れ物……きっと大事なものなんだろうな。
いい子にして新しいおうちで待ってたら、すぐにまた会えるよね。
そして、玄関からノックの音が聞こえた。
きっとおとうとおかあだ。
確信にも近いその感情を抱きながら。
そして、期待しながら、その扉を開けた。
「あら、やっぱり、あのお嬢ちゃんなのね」
「あのな、君。 なんていうか……言いづらいんだけど」
そこには、あそこで泣き崩れていた夫婦が立っていた。
両親でなかったことに落胆しながら、いい子であるように対応した。
「ごめんなさい。 父と母は、まだ家にはかえってないんです。 また日を改めていただいてもいいですか?」
その言葉を聞いた男は、衝撃の顔を見せる。
女に至ってはその場に泣き崩れた。
「あのさ。 嬢ちゃん。 俺たち、お礼を言おうと思って……でも、断るべきだった。 俺たちが弱いから……本当にごめん」
その言葉の意味がわからなかった。
いいや、嘘だ。
はじめから、わかっていた。
ジャンジロは駆け出す。
かつての村に向かって。
そこが、ゴミ溜めになろうとも、また家族で暮らせるなら、そこには希望がある。
そして、子どもがたどり着くには険しい、長い道をたどり着いた時、変わり果てた村を見つける。
「多分……ここら辺。 ほら、この木なんてまだ枯れてない。 オベントを食べた。 おとうとおかあと、サンドウィッチ食べた木」
両親を探さなきゃ。
使命にかられ、ゴミ溜めを駆け回る。
横を見てもゴミ。 後ろを見てもゴミ。
声を枯らしながら叫んでも、それに答える者は居なかった。
「ここには居ないのかな」
もしかしたら、隣の村に行ってるのかもしれない。
もう息も切れ切れで、足もガクガクだ。
だけど、そこには大好きな家族がいる。
だからそこに向かおう。
ジャンジロは、ゆっくりと歩き出す。
「あ。 あそこ」
ジャンジロは途中高い山を見つける。
それは、高い高い山。
ゴミの中に鉄骨が見え隠れし、腐った肉のようなものがドロドロとしている。
何度も何度も、滑り落ちながら、硬いものに頭をぶつけながらも登ろうとする。
頂上にたどり着く頃には、あざや傷だらけだから、それらを気にすることなく周囲を見渡した。
そして、その希望は絶たれた。
ジャンジロは、その場に崩れ落ち、山から滑り落ちていった。
涙が出る。
「いたいよお。 寂しいよお。 わたし、いい子にするから……だから、お願いだよお」
返答は無かった。
日はゆっくりと落ちていき、あたりは暗闇と静寂に包まれた。
ざしり、ざしり。
足音が聞こえる。
明かりがゆっくりと近づいてくる。
「おとう……それとも、モンスター?」
身体が震える。
体温が下がっていく。
心拍数は上がり、口渇を覚える。
こわい。
こわいよお。
でも、おとうやおかあかもしれない。
「だ……だれ?」
そして、それは姿を見せた。
「おや、こんな少女がこんなところで……危ないから、私とくるといい」
赤スーツにサングラスの男が、ジャンジロを保護してくれた。
その男に事情を話すと、少しくらい顔をする。
「その勇敢な夫婦は、私が見つけたよ。 もう埋葬したが……君は帰るところがないのか?」
「…………っ」
言葉が出なかった。
言葉に出来なかった。
やっぱり、あの時おとうとおかあは、あの夫婦を救ったんだ。
「私……誇りに思うよ……あの2人の娘であったことを」
ジャンジロは、どういう状況であれ、自分を犠牲にして、他人を救った両親を尊敬した。
そして、王国ではなく、金を憎んだ。
もう、だれも泣かないでいいように。
私も、両親も……あの夫婦も全部を救えるように稼ぐんだ。
そう決意した。
「そうか。 そうだな。 ところで、帰るところがないなら……この君の故郷。 ここにすまないか?」
大佐と呼ばれるその男に、後に6番街と呼ばれるそこを任された。
そこを、誰もが愛するテーマパークにして、みんなを笑顔にするのはまた、別の話。




