第1章 ウォーキングデッド 二編 大量のゾンビゾンビゾンビ
「どうじゃ? かっこいいじゃろぉう!?」
やけにテンションが高い。
サイドカー付きの黒いバイク。 エドの自慢なのだろう。
たしかにこんなスラムでこれだけのものを持っているのは自慢だろう。
「なかなかいいバイクだな。 カサカサ動きそうだ」
その言葉にサテンが目を丸くする。
「ちょっとウルフ。 そんなGみたいな感じで言わないでよ」
「そうじゃそうじゃ、ガキとは違うのだよ。 ゴキとは」
「ふむ、そうか」
改めてバイクを観察する。
どうだろうか。 サイドカーまで統一された漆黒の色。 光沢が現れるまでよく磨かれている。
転倒時に身を守ってくれるのだろう翼のようなガード。
フロントに生えた触覚のようなアンテナ。
「なるほど。 まさしくゴキブ……ブベ!!」
ウルフの顔面には綺麗な拳の跡が2つ刻まれ、言葉は遮られた。
「ははっ、いい拳だ。 特にサテン……世界を狙える……ぞ」
ペタンと倒れこむ。 2人の叫ぶ声が聞こえたがそこでわしの意識は途絶えた。
「……っ!?」
意識が戻ると、周りの景色が動いていた。
「あ、起きた。 良かった。 ごめんなさい」
サテンが泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「これは……いつのまに服が着せられているんだ。 サテン、悪いが儂は服を脱ぐぞ」
「うわ、ちょっとやめてよ。 どうしてそういうことになるの?」
「止めるなサテン。 儂は服を着ているのが恥ずかしいだけだ」
「普通逆だよ!! お願いだからじっとしてて」
そうこうしているうちに、バイクは前進を止めた。
「おい、ついたぞ。 どうしてそういうことになっているんだ?」
外からエドの声がする。
どうやらここが目的地のようだ。
「そうだな。 おいサテン、遊んでいないで行くぞ」
「暴れてたのはウルフでしょ!! 私のせいにしないでよ」
2人がサイドカーから降りるとそこには大きな建物が一瞥をくれていた。
妙だな。 予想が外れた。
「おいエド、ここが本当に目的地なのか?」
「あぁ、そうだ……他にあてがあったのか?」
エドが怪訝な顔でこちらを見ていた。
「いや、儂が死者を操れるなら……潜伏場所には墓地を選ぶ。 8番街には墓地があったと思うが」
エドが少し俯いて考えるようにしてから答えた。
「墓には毎日行っている。 おかしな様子はなかった」
「毎日? 墓地はよほど楽しいんだな。 まるで遊園地のようなところなのか」
「おかしいでしょ。 きっと、友達が寝ているんだよそこで」
「ホームレスか。 たしかにエドもホームレスみたいな服装だな」
「すっごい失礼だよ!! ウルフ謝ったほうがいいよ」
「残念だがサテン、儂は生まれてこの方謝ったことがない」
「威張らないでよ!! ほら、エドさん肩を震わせて怒ってるよ」
振り返ると、たしかにエドが肩をリズミカルに震わせていた。
だが、怒っているような雰囲気は感じないが。
様子を伺っているとまるでダムの決壊のようにエドが口を開いた。
「わっはっは!! こんな話題で、面白いやつらめ。 墓にはな、娘が寝てるんだ。 だから毎日行っている。 ほら、油売ってないで行くぞ」
エドはそう言い終えると扉の前まで向かって行った。
サテンが耳元で囁く。
「良かったね。 怒ってなかったよ」
「あぁ、しかし怒らずにいられるものなのか? あのおっさん、キナ臭いな」
「そう? いい人だと思うけど」
サテンがそういうと、儂は上着に手をかけながら答える。
「いや、サテンは気にする必要はない。 何かあれば儂が守ってやる」
その言葉に対し、サテンが驚いたような顔で答えた。
「ごめん、ウルフのかと勘違いしてた。 じつはいい人なんだね……ちょっと服は脱がないでよ。 ダメ!! せめて下は脱がせないよ」
ちっ、気づかれたか。
「全く、サテンの前では服を脱ぐこともできないな」
「私がいなくても脱がないでよ」
エドがなにをやっているんだお前らと言わんばかりの顔でこちらを見ている。
サテンに言われ渋々服を着なおした儂は、すでに開けられたドアの中へと入って行った。
中は特に物はなく、少し日光が差し込めるだけで、暗く淀んだ空気で満ちていた。
「誰もいないね。 ここじゃないのかな?」
サテンが周りを無警戒に歩きながらそう言うため、儂は焦る。
すぐさま駆け寄り、懐から銃を取り出して周囲を見渡す。
「サテン、何もないように見えても警戒を忘れるな。 そして、儂の側からできるだけ離れるな」
「えっえっ? なんでそんなもの持ってるの?」
サテンが、45口径に怯える姿を見せる。
しまった、儂の銃を見せるのは刺激が強すぎたか。
どうすれば警戒を解いてくれるか。
そうだ。
「サテン、安心しろ。 儂は味方だ。 ほら、今から服を脱いで安心させてやるからな」
「それウルフが脱ぎたいだけだよね!! わかったから脱がないで」
儂の股間のガバメントを披露するのはまたとなる訳だ。
しかし、これだけ騒いでも物音1つしない。
正確には風が通り抜ける音がするだけだ。
ここに本当にてがかりはあるのか。 疑問を覚えるな。
「おい、エド。 何か手がかりはあったか?」
エドはゆっくりと歩き回りながら地面を見ていた。
「いや……ウルフはどう思う?」
どう思う……か。
材料は風音だけ。
特に何もないように思えるが。
「いや、まてよ。 扉は1つ……なぜ風音が聞こえるんだ?」
「え、扉が開いてるから聞こえるんじゃないの?」
サテンが言葉を重ねる。
「いや、この建物に窓はない。 風は通り抜けるスペースがないと入ってこれない」
「あ、そうなんだ。 もしかして、どこかに見えない隙間が空いてるのかもね」
「なぁサテン、今閃いたんだが」
サテンがこちらを向き嬉しそうに待つ。
まるで犬だ。
「え、なになに?」
「もしかして、どこかに見えない隙間が空いてるんじゃないか?」
「えっ、それ今私が言った……」
「天才だな。 ウルフそこに気がつくとは頭が柔らかいな」
「しょぼん」
サテンはそう呟くと、肩をすくめていた。
「さて、おっさん。 タバコは持っているか?」
「ウルフ、未成年は吸っちゃダメだよ」
いつのまにか回復したサテンが制止をしてきた。
「いや、吸うのは儂じゃない。 なんなら吸う必要もないが」
エドは胸から葉巻を取り出しこちらを見てくる。
「あぁ、だいたい同じことを考えている。 少し待っていてくれ」
エドが葉巻をくわえると、人差し指からライターの要領で火をつけた。
そのまま葉巻を手に持ったままそこらを歩き回る。
少しすると、立ち止まり一息葉巻を吸ってから、煙を吐き出した。
吐かれた煙は地面に吸い込まれていく。
「どうやら、ここのようだね」
エドは少し屈むと、地面をさすりそのまま剥がした。
「地下か、少し都合が悪いか……まぁ予想の範囲内だが」
儂がそういうと、エドが葉巻を消し懐にしまった。
「わしが先に降りよう。 それでいいか?」
エドが確認を取ってくる。
サテンと顔を見合わせ、お互いに頷く。
「それでいいです。 次にウルフが降りる?」
それだとサテンを上に残すことになるな。
ちょっと危険な気がする。
「分かった。 それならサテンのパンツを見上げることができるな」
パチンと、ほっぺに紅葉ができた。
「私が先に降りるね?」
引きつった笑顔でそういうと、サテンはハシゴに手をかけ降りて行った。
儂もそれに続きハシゴに手をかける。
「まさか、サテンが儂のパンツにそんなに興味があるとは思わなかった。 言えばいくらでも見せるのに」
「えぇ!? 興味ないよ。 やめてよ。 適当なこと言うの」
ハシゴは少し長いといった印象を受けた。
程なくして下までたどり着く。
かなり広い空間が広がっていた。
そして、いくつか転がるなにかを目撃する。
ドクン、と心臓の音が聞こえる。
確認……をするまでもなくそれが何かは分かっていた。
「し、死んでるんだよね?」
てっきり悲鳴でも上げて腰を抜かすと思っていたが、意外にもサテンは冷静であった。
「こいつらは、動いては来ないようだな」
5体の死体が眠っている。
それらはピクリとも動く気配を見せず、その腐った肉体は他に伏せるのみであった。
「パッと見る感じでは、シンメトリー構造のようじゃのう」
エドのその言葉にサテンが疑問をぶつける。
「シンメトリー構造って?」
やれやれ、シンメトリーも知らないのか。
仕方ない教えてやろう。
「シンメトリーというのは西洋の建築家の名前だな。
その建築技術は彼の国ではかなり評価されているらしい」
儂がそういうと、エドがニヤニヤとしながら合わせてくる。
「奴は若いのに才気あふれる良い男じゃった」
「へ、へぇ。 そんなすごい人なんだ」
がちゃん、という音が天井から聞こえる。
音に反応し見上げると儂たちが降りてきたハシゴの扉は閉められていた。
「どうやら……閉じ込められたらしいな」
ふと、陽気なラッパの音色が聞こえる。
今にも踊りだしたくなるようなその音色を聴き、死体たちがゆっくりと起き上がり始める。
「えぇ。 動きだしたよ……どうしよ」
サテンが腰を抜かし地に伏している。
まずいな数が多すぎる。
儂はサテンをかばうようにして前に出て銃を構える。
「どうするエド、何か策はあるか?」
「どうもこうも……やるしかないじゃろう」
エドが前に出て、ゾンビ1体にく組みつく。
他のゾンビに囲まれているが、引っ掻くようなその攻撃をエドは振り返ることなく避けていた。
「やるなエド。 見事だ」
「口より手を動かせ」
「狙うは……ここか?」
相手は動く死人、貫通力の高い武器……私のガバメントでは手足を撃ったところで意味がないだろう。
だが、筋肉を動かす電気信号はここでしか出せまい。
ーー頭部狙いの連続射撃。
2発放たれた弾丸は死人の頭を捉えた。
そして2発目も、綺麗な頭部を狙い進む。
……綺麗な頭部?
「まずいな。 まぁ……すまん。 諦めてくれ」
その弾丸の先にはエドの後頭部があった。
それは例えるならブラックホール。
旋毛へと吸い込まれていくように弾丸が走る。
また、守れないのか。
思えば、守ろうと誓った相手から順にこの手で命を奪っていった気がする。
まぁ老い先短い命……かまわんか。
「ってこらぁ。 絶対失礼なこと考えてるじゃろう!!」
弾丸が後頭部に接触したかと思われた瞬間、エドが振り向く。
組み伏せているゾンビを盾にして弾丸を躱したようだ。
しかし、おかしい。
なぜそんなことができた?
このおっさん。 化け物か。
「見事だな。 信じていたぞ」
「うるせぇ。 絶対嘘だろ」
ゾンビを捨て、一旦距離を取りながらエドは答えた。
息が切れている。
儂たちをかばいながら自ら囮役を買ってくれてるのだ。
疲労がたまって当然だろう。
化け物扱いは流石にひどすぎたか。
「このままだとジリ貧だな。 何か策は……」
エドがこちらに振り向く。
汗と返り血にまみれたその容貌はゾンビのそれと遜色はなかった。
「やはり化け物か」
パンッと音がする。
高速でエドを狙うそれはスウェイであっさりと避けられ髪をかすめていった。
「お前、いい加減にしろよ」
何故だかエドは怒っていた。
が、それはひとまず置いていて、なにか策を考えねば。
「エド、奴らについてどう思う?」
「無視かよ!! 物理攻撃は効かないようだな。 やるなら魔法か……お前何か使えるか?」
「炎なら……どうだ?」
「この密室でそれやったらどうなると思う?」
「そうだな。 ちなみにエドはなにができる?」
「わしか? わしは炎ができる」
人が本気になるには何か理由が欲しいと思っていた。
でもそんなものいらないって気がついたんだ。
儂は……
儂は、エドのすねを本気で蹴った。
「アホガキが。 味方を攻撃するな。 バカモン」
「なぜか避けれるんだ。 別にいいだろう。 他に策はないのか?」
「退路が断たれている以上、こいつらを止めるしかあるまい。 直接でなくても……それを操るものとかな」
そう言いながら、接近してきたゾンビどもの中へと入っていった。
エドの能力についてはまた今度だな。
さて、儂がやるべきことは。
「サテン、このうるさいトランペットを止めるぞ。 協力してくれ」
「う、うん。 分かったよ。 どうしたらいい?」
腰が抜けながらも意識は正常に保っていたようだな。
偉いぞ。
「反響して音源がわかりづらいが、必ずこの空間にいることだけは確かだ。 シンメトリーになっていない場所を探してくれ。 儂はエドの援護に行く」
「危ないからこっち来るな」
「儂を心配する必要はないぞ」
「お前の存在がわしの命を脅かすんだよ!! 怖いから来るな!!」
ツンデレめ。
さて、と。
「サテン、どうだ? やれるか?」
「私、シンメトリーさんのこと知らないけどいいのかな?」
「は? 誰だそいつは」
「え? 西洋の建築家さんなんだよね?」
「いや知らんぞ……言い方が悪かったな。 左右非対称になっているところを探してくれ」
「え、あ……うん。 分かったよ」
サテンの返事を聴き終えるとハンドガンを構え、エドの援護に行く。
「あぁ、来ちまったか。 俺の命もここまでかな」
「失礼な奴だな。 次は外さない。 任せてくれ」
儂のガバメントは狙った獲物を逃さない。
確実に仕留める。
さぁ照準は頭に捉えたぞ。
死ぬがいい。
「くたばれ!! エド!!!!」
発砲する前にゾンビが飛んで来た。
外れた照準をエドに戻そうとするが上から振り下ろされる腐った爪がそれを許さない。
「エド、なにをするんだ? 危ないじゃないか」
「っておい!! なに、人とゾンビを勘違いしてやがる」
エドがツッコミを入れた頃、ゾンビが再び、今度は斜めから爪を振り下ろして来る。
死体のくせに……腐った筋肉の割に速い。
「が……所詮は死体だな。これならサテンの方がいい拳だったぞ」
半身で避けながら懐からナイフを取り出す。
足をかけゾンビが倒れこむ。
「そうだ、頭が高いぞ。 そしてさよならだ」
クビの柔らかいところは熟知していた。
あとは、そこに刃を入れ込み回すだけ。
首元から2つに分かれたゾンビはその機能をなくし……無くさない。
「おい!! 敵を増やすんじゃねぇ」
「いや、こうなるなんて思ってなかった。 予想外だ」
クビと胴体が別の生物のようにこちらを襲い始めた。
「ねぇ!! 見つけたよ。 あっちあっち」
サテンの甲高い声が響く。
その声に反応するように1人のゾンビが向かっていった。
「まずい……間に合え!!」
一瞬意識が飛んだ。
あるいは、集中しすぎて……関係のない情報を無視したのか。
気がつけばサテンを抱きしめていた。
血まみれになりながら、ゾンビの爪が肩に刺さる。
「サテン……怪我は?」
「いや……いや、ウルフ。 大丈夫?」
「あぁ、当然だろ? それより、でかしたぞ。 どこなんだ?」
「あっ……あっちだよ。 右上の」
目線をあげると、たしかに人が2人くらいなら入れそうな凹凸があった。
気がついてしまえばなぜ気がつかなかったのか。 という感じだ。
肩に刺さる爪を無視し、静かに右腕をあげて狙いを済ます。
「サテン、耳を塞いで……出来れば目を閉じていてくれ」
サテンは何も言わずに儂の言葉に従った。
ーー良い子だ。
その弾丸は、何も言わず、何も逆らわずまっすぐと進んでいった。
この感情はなんだろうか。
久しく感じていない。
そう、飛んでいけ、鉛の弾よ。
「儂の怒りと共に」
トランペットの音が消える。
やがて、ゾンビ達が活動を止めた。
「サテンもう目を開けても良いぞ。 怖かったな」
サテンが泣きながら、胸に顔を埋める。
エドと、目が合う。
アイコンタクト。
言葉を交わさずに、思いを伝え合う。
エドは、全てを察し、その凹凸の部屋へと入っていった。
トランペットの反響音が消えたその空間は、とても……とても静かだ。
間も無くして、エドが帰ってきた。
黄金に光るトランペットを持ちながら。
「中にはこいつと、男の死体だけがあったよ。 見事な腕だな。 壁の向こうの男の眉間を1発で撃ち抜くなんて」
言葉は返せない。
もっと、サテンに怖い思いをさせないように。
強くなる必要がある。
「これは、わしが本部に持って行こう。 先に行く、迎えはもう呼んでおいた」
エドはいつのまにか開かれた梯子を登り、外へ出て行く。
迎えを待つ間、この子の相手をしてやっても良いだろう。
肩の傷と、サテンの涙が、儂に強くなれと叫んでいた。