その能力を暴け
共鳴。
金属の高鳴りが辺りを包んだ。
小気味いい空気の振動は、ウルフたちの鼓膜を揺らす。
周囲のコインは全て同時に落ちた。
土砂降りのスコールのように一瞬で落ち切って、その働きを休止する。
一面に散らばったコインは、金だけを残して影へと広がる。
黒のコインが全てなくなった瞬間、背筋が凍った。
「奴が……いない」
ウルフが言葉を発する。
それと同時に2人は周囲を見渡した。
外野の人々は何が起きたかを理解していないようで、虚空を見つめている。
唐突に胸に違和感を覚える。
それは熱くて流れるものだった。
はじめは違和感だったそれは、みるみるうちに身体の体温を奪っていく。
熱さが冷たさに変わる頃、不適に彼は言った。
「この我に傷をつけたことは……誇るといい。 だが、これがランクの差というものだ。 失礼、名乗らせていただこう。 ピエール。 我の名はピエールだよ」
視界が暗くなり、目が虚ろになる。
ちょうど射撃に集中するときのように、無駄な情報が削減される。
ただ、男の顔を見つめる。
シワが多く、目が震えている。
焦り……だろうか。
だが、それを知ったところで、ウルフにはもう振り絞る力さえなかった。
…………そう、ウルフには。
突如、ウルフの周りに黒いもやが現れる。
それは怪しげな黒い光を放ち、時には液体に、時には固体へと形を変える。
異形なる不定形なそれは、触れるものであれば、地面でさえ、鉄でさえ、そして目には見えないものの、結合した酸素分子でさえ破壊する。
「似非関西弁以来だな。 今度は意識がないようだから、起こされることもないだろう。 ん? どうしたんだい……トモダチ」
ピエールがバックステップで距離を取る。
速すぎるのか、仕組みがあるのか、それが瞬間移動のように見え、目では追えなかった。
だが、問題はない。
もやはだんだんその領域を広げ奴の行動を制限していく。
「いったい、なんだそれは……そのもやじゃあない。 君はいったい誰なんだ」
怯える瞳が、人の変わったようなウルフを見据える。
ピエールの声は上ずり、恐怖を隠すことはまるでできていない。
「ん、あぁ。 やぁ!! ジロちゃん。 安心してくれ。 すぐ終わる」
その黒いもやは渦を巻いた。
その渦は、ウルフの合図にて性質を変え、ものの破壊を拒む。
非破壊の性質を持ったソレはピエールを包囲する。
逃げ場はほぼない。
(あの場所に出たならば……それ以外ならテレポートだな)
ウルフは包囲の形で能力の的を絞る。
現状では三択であるが……一つは説明のつきづらいことがあるため、二つにかける。
その姿を見るジャンジロは、安心感、不安感、その相反する感情を抱いでいた。
アンビバレンスなその感情は、やがて焦燥感を抱くが、戦いのレベルが先ほどを超えることから動けないでいる。
もやの包囲は収束を始め、ピエールの体を捉えようとする。
ピエールは回避しようと一瞬うごめき、そして、次の場所に現れた。
それは、敢えて穴の開けられた黒いもやのスキの箇所。
普通は届かない速度に達した者のみが脱出することが可能な条件であった。
「はぁ、はぁはぁ。 君には、バレたのかい? もうわかったのかい? 我の能力が」
「あぁ、絞り込めた……一つに。 正確には二つだが……起こしている現象は一つだから……関係ないか」
「おっ、教えてくれ。 奴の能力はなんなんだ?」
ジャンジロは肺に込められた空気を必死に押し出して、震わせながらそう言った。
ウルフは、そんな彼女のもとに歩み寄り、頭の上に手をのせる。
ただ、それだけの行動に、ジャンジロは身体の震えを止めた。
呼吸がだんだんと正され、その目には涙が滲んでいた。
「簡単だ。 重力か……速度か。 あるいは別の力で、時間を止めていた。 ほら、簡単だろ?」
ぱちぱちぱち。
手を叩く音が聞こえる。
まるで、授業中に生徒に与えた問題が正解した。
それを褒める教師がごとくピエールはこちらを賞賛してくる。
「ブラボーだ。 そして、ここで休戦にしないか? 与えた傷は回復され、我を上回る魔力と力……全く勝ち目がない。 負けを認めるよ」
「負けを認める……だと?」
ジャンジロが答える。
彼女の驚きはわからないでもない。
降伏が唐突すぎる。
ウルフも、その言葉の真意がわからず困惑するだろう。
だが、今のウルフは、ウルフではない。
「交渉は受け付けない。 お前の持っている情報を全て出したのち、自らその首を差し出せ。 それなら……お前の降伏を受け入れよう」
「……我が本気を出せば、お前以外の全てを殺すことができるのだぞ?」
「だが、そのあとお前を殺す。 そして、お前は逃れることはできない」
ウルフの体を持つ者。
表に出てきた正邪は、極端な要求をしながらも内心は焦っていた。
自分以外の命を人質に取られたところで、正邪にはなんら意味のない事だった。
だが、情報は違う。
絶対に得る必要のある者だ。
そして、ウルフに配慮して、全員を生き残らせてあげたいという思いもある。
10数年間共の身体に生きている同居人としての情を持っていた。
「なぁ、我をいじめないでくれ。 引く道が断たれれば、行くしかないんだ」
「…………譲歩してやる。 お前の話せることを全て話せ、十分だと思ったら命は許してやる」
ピエールは、震える瞳を止め、真っ直ぐにこちらを見据えた。
しまった。 やはり、譲歩は余裕を与えてしまったか。
「五体満足……それを保証してくれれば」
しかし、その余裕も微々たるものらしく、要求は現実的なものだった。
この男が本気で俺にビビっているとは考えづらいが、事実逃げに徹したこの男を捉えるすべはない。
「いいだろう。 ほら、吐け」
「一つしか……話せないが」
「とりあえず言ってみろ」
妙に引っ張る。 そして、一つだけ……俺なら。
馬鹿め、敵を目の前にして油断するな。
なんて言って逃げる場面だが、どうやら俺は異端らしい。
「我の雇い主……その名前はレビルス・ブラットウィルス」
「なっ!! レビルス……だと」
その名前を聞いて驚きの声をあげたのは……ジャンジロだった。
ブクマ7です
ほんとにありがとう。




