0日目 カマイタチ
逃げるは恥だが役に立つ。
ドラマで名を挙げたが、元はハンガリーのことわざだ。
ハンガリーってのは、オーストリアとかそこらへん。
……カンガルー?
それ、多分オーストラリアの方だ。
楽器で有名な方。 ヨーロッパの大体真ん中のところ。
どうしてそんな話になったか。
そう、私ウルフは……逃げました。
「フォーハ、ズィフイト!!」
殺気を感じ、急停止する。
そこへ、上から斬撃が降る。
あと少し止まるのが遅ければ、☆ギ☆ロ☆チ☆ン☆ だった。
よかった、首ついてる。
「はははっ。 ボーイ。 これではいつか当たってしまうぞ」
どこからともなく聞こえた。
その言葉を区切りとし、攻撃は熾烈を極める。
上下左右。 あるいは変化を加えながら、四方八方から攻められる。
辛うじて避けるも、警戒しながらの全力疾走に息が切れてくる。
斬撃が頬をかすめるたび、戦慄が走る。
もし当たったら、それが急所なら……そう考えるたび、逃げる足にも力が入る。
そして、その思考も終わりを迎える。
頬や腕をかすめ、血を流していた箇所が、熱を持つ。
そして、その熱は全身に伝わってくる。
疲労感が飛ぶ。 ある一種の気持ち良さを感じる。
見ると、出血は止まり、傷口は乾いていた。
「あー、もう。 飽きた」
そう呟くと、およそここに飛ぶであろう、あたりをつけた斬撃に対し、黒球を置いておく。
予測をバッチリ当て、斬撃と黒球の共鳴音が響く。
つまりこれは、予測できる類の攻撃だ。
見えない攻撃だが、見てから避けられる。
後はタイミングの問題だ。
そう思考しながら、攻撃を弾き続ける。
黒球を、最適な形に変化させながら、受けの精度を上げていく。
最適な形を求めれば、求めるほど、不思議な形に仕上がっていく。
最初は、盾を目指した。
だが、面による受けが必要ないため、それは最低限の細さとなっていく。
まるで、日本刀。
その芸術のような形は、他の刀にはない機能美が備わっていた。
「ひゅー。 やはり、サムライボーイ」
「これで、お前の攻撃は効かないぜ。 また、妙な形になってしまったがな」
時の流れがゆっくりになっていく。
ランナーズハイが、交感神経を優位にする。
暴走する心臓が、体を時に適応させる。
「なんだその視線は……まさか」
「あぁ、見えるぞ。 先ほどまで捉えられなかった攻撃が手に取るように分かる」
その斬撃の正体は、空気のヤイバだった。
日本ではカマイタチと呼ばれるソレは突如として現れ、ウルフを襲う。
だが、見えていればどうということはない。
「ふーむ。 これは、流石に舐めすぎていた……大臣の言う通りになったか」
「舐めすぎていた? いや、その後の方を聞かせてもらうか」
「うーん? 大臣のこと? いいよ教えても、9000ダラーくれたらね」
「法外だ……なっ」
攻撃を弾く。
大丈夫、受けが成立する以上、奴が別の手を打たなければ勝ちは拾える。
大丈夫……大丈夫。
奴の能力は風。
カマイタチを作り出し、飛ばす。
いたってシンプルな攻撃だ。
だが……一つ懸念が残る。
どうやって黒球を避けたのか。
右上から風が襲う。
これも問題はない。 攻撃の道に、黒刀を割り込ませる。
だが、それはウルフを捉えた。
「ちっくしょー。 なんだよ……これは」
「んっんー。 残念だがね、君。 これから我の攻撃は避けることができない。 ショーですよ。 君にとっては残忍だ。 このショーは。 そう、とても……残忍だ」
まぶたを切ったのか、片目が赤く染まる。
視界が半分消え、距離感が失われる。
だが、それに対するショックはちいさい。
なぜなら。
そんなことよりも、受けが成立しなかった事実の方が、ウルフにはショックだったからである。




