1回目の、0日目
陽気な朝日の一筋に、まだ重いまぶたは開かれた。
ふかふかの布団にはまだ温もりが残っていて、それが新しき深き眠りに誘う。
いかんいかん。
頬をパチパチと叩きながらその誘惑を断ち切る。
「結局、寝たのは2時間くらいか」
はだけた上着を着直しながら、時計を確認する。
ふと、横を見るが、そこには誰もいない。
まだ温もりだけが残されているが、それが自分のものか彼女のものか、それは分からなかった。
身体が軋む、無駄な疲労感がある。
手首に視線を向けると、赤く手首を一周する跡が残されていた。
何があったかは、ここではあえては語らない。
ベッドの布団を整えて、ウルフは部屋を後にする。
「シンプウは……シャワーか」
浴室から水の打ち付ける音が聞こえる。
そこから察した。
覗きを行うと何をされるか分かったものではない。
ウルフは、ソファーに腰を深々とかけ、テーブルの上に並べられたものに目をやる。
「うまそうだな。 シンプウめ。 なかなかやる」
テーブルを彩るのはコーヒーとカップ。
一面を焼かれたトーストに卵、トマト、レタス……バターに湯煎につけられたバターナイフ。
サンドウィッチセットだな。
コーヒーを注ぎ口元へ運ぶ。
まだ眠気の残る頭にこの苦味……そして、カフェインは良く効く。
ほどなくして、浴室から人が出てくる。
濡れた髪を乾かしながら歩くのはシンプウだった。
「あれ? 起きたんだ。 おはようっ、マイダーリン」
目が合った瞬間、笑顔を見せる。
顔立ちの整う彼女の表情は艶やかで可愛らしい。
「あぁ、おはよう」
ウルフは、少し警戒したように睨みながら挨拶を返した。
「あれれ。 まだ怒っていらっしゃる。 あんなに楽しんでたのに」
「楽しんでたのはお前だけだろ……」
シンプウは、その言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。
同感情でも、コロコロと表情が変わる女だ。
「あはは。 まぁいいじゃん。 過ぎたることは……さ。 ほら、シャワー浴びてきた方がいいんじゃない?」
浴室を指差す。
その方向に目が向く。
「あぁ……そうさせてもらうよ」
ウルフはドアノブに手をかけ、中へと入っていった。
今着ている服はここで借りたものであり、元々の着衣はこの脱衣所に置いてきた。
それは、綺麗に洗われ、畳まれている。
服を脱ぎ、浴室内に入ると、暖かい蒸気が向かい入れてくれた。
姿見で体を見る。
ムチで叩かれた跡……ろうそくにて出来た軽いやけど。
他にも色々な傷が残っていた。
「なんで致命寸前の傷は治ってからは治ってるんだ……意味不だな」
シャワーで身体を流し、石鹸用いて身体を清める。
今まで朝シャワーの習慣はなかったが、なかなかどうしてさっぱりするものだ。
浴室を後にして、脱衣所にて着物を着用する。
服を着ないなんて常識外れだからな。
太陽の匂いが鼻腔をくすぐる。
「いい女だな。 まったく」
脱衣所を後にすると、シンプウはニコニコとサンドウィッチを作っていた。
パンに丁寧にバターを塗って、各々を挟んでいる。
「さっぱりしましたねぇ〜。 ほらほら、食べて食べて」
カップにコーヒーを注ぎ、着席を促してくれる。
「あぁ、ありがとう。 いただくよ」
ウルフは、できる限りの微笑みで答えた。
「はいはい。 どうぞどうぞ」
彼女は笑顔のまま答えてくれた。
サンドウィッチを口に運び味わう。
清涼感あふれる野菜のサンドは、湯上りにさっぱりした気分に合致して、噛むたびに食欲をそそる。
「美味しい」
「でしょ? わたし、サンドウィッチマスターなんだから」
「なんだよ……そのマスターって」
「和がらしのことだよ?」
「どういうこ……マスタードじゃねえよ」
「おっ、ギリギリで気がついたな。 感心感心」
会話にボケとツッコミを混ぜ合いながら、わきあいあいと食事を進めていく。
「そういや、ジョーは?」
「うーん? まだ寝てるけど……起こそうか?」
わざわざ寝ているのを起こすのも忍びないな。
「いや、またよろしく言っておいてくれ」
「そだね。 まだ2人の気分を味わいたいしね」
「新婚気分か」
「悪い?」
「いや、存分にするといい」
「ははぁー。 仰せのままに」
コーヒーを食堂に流し込みながら、血中カフェイン濃度の上昇を楽しむ。
気分が高揚し、いわれもない浮遊感を覚える。
ホワホワとして、気持ちいい。
「なぁ? 聞いてもいいですか?」
「なにかな? わたしに答えられる範囲でどうぞ」
「昨日のお風呂に入ってた薬……なんだっけ?」
シンプウは、うつむいて、暗い声で答える。
「確か……媚薬だったね」
「じゃあ、注射器の中の薬物は?」
彼女は、今度は空を仰ぐ。
「媚薬……だよ」
「もう一つ質問いいかな?」
「………………」
沈黙が返ってくる。
待ってもいいが、無意味だろう。
「このコーヒーとサンドウィッチの中身なににした?」
「君のように勘のいいダーリンは嫌いだよ」
答えを待たずして、ウルフは彼女の肩を掴んでいた。
「そうだよなぁっ。 人の性欲にも限界はあるからなっ。 薬をつかっちまえば楽だよな?」
「なにを怒ることがあるの? 性欲は三大欲求の一つ。 ダーリンも人間ならわかるよね?」
「ふざけるなっ。 こんなことが認められるわけがない。 こんな……ひとのち○こを弄ぶようなことが」
「ひとのち○こ? そうだね。 マイダーリンのダーリンの部分だね。 君が昨夜、期待してベットに突入してきたダーリンだね」
ペシン。
シンプウにチョップする。
「痛い。 なによ」
「マイダーリンのダーリンの部分ってなんだよ。 儂はマイちゃんかっての」
「そんなことより……ほら。 1発だけなら誤射だよ?」
シンプウは、胸をはだけさせこちらを挑発する。
無駄にムラムラする。
こいつ、こういうツボだけは理解しやがって。
「もう昨日でご馳走様だ。 今日は構ってやんない」
「えー、もうダーリンのイエスー」
「誰がキリストだっ!! いけずじゃないっちゅうねん」
「ほら、ほらほら。 我慢は毒だよ」
「…………もう知らねえからな」
ほどなくをして……特になにもしてません。
特になにもしないまま……ほどなくして、やや体力的に疲れを見せたまま、出発のときはやってくる。
シンプウは、玄関までついてきてくれた。




