第2章 アンドロイドは英国の夢を見るか 七編 すこるぴお
黒球の表面が鏡の光に触れ、侵食していく。
反発を期待するが、それは裏切られた。
そのままリフレクターを破壊しドロウに向けて飛んでいく。
あるいは、そこで戦いは終えてしまうのではないかとさえ思われた。
黒球はそれを受け入れるが如く。
それは狼の多肉になるが如く。
食われていく。
黒球がそれを吸い、破壊し尽くしたまま、ドロウの体をめがけて一直線に飛ぶ。
「ちっ。 反射しきれないのか!!」
ドロウは体を反らしながら黒球の捕食を逃れ、一つの魔力による弾丸を飛ばす。
明後日の方向に飛んでいくそれは、苦し紛れの無照準射撃。
こちらに被弾の脅威はない。
そう思われた。
ウルフの後部で炸裂音が聞こえる。
右上腕方向から、左下肢の方向から。
全方位からの波状攻撃を受けた。
それらは、無意識のうちに黒盾をはり、防ぐことができたが、ウルフに精神的な動揺が走る。
ーー誘導……曲げうち。
あの一瞬の中でか?
一体どういう仕組みなんだ。
「なんだそれは……なんだそれは? なんだそれはなんだそれは何だそれはぁぁああ!!」
叫びとともに心拍数を跳ねあげる。
脳に新鮮な血液が多量に送られることで交感神経は優位になり、エンドルフィン、アドレナリン、脳内の興奮物質が過剰に放出される。
黒球を槍状、球状、円盤状。
考えつく形を全て自身に旋回させながら、最短距離でドロウに接近する。
「勘弁してくれよ……」
ドロウはそう言い終えると先ほどと同じように早打ちを行う。
射撃の状態を観察するが、どれもこちらを捉えるものはない。
刹那、全方位からの射撃を受け足を止める。
その間にドロウが距離を取る。
ーー見たぞ。 そのためのリフレクターか。
全方位射撃の正体は、リフレクターによる跳弾だった。
それに気がついたウルフは周囲のリフレクターを破壊しながらなおドロウに接近する。
「他に手札がないのなら……死ぬぞ?」
ウルフは目の前の敵に死の宣告を伝え、そのまま右から槍を引きしぼる。
ドロウは両手に魔力を込めながら迎え撃つ。
「これは本来、城壁とかを突破するようなんだけどな。 それでも、あんたには足りなさそうなぐらいだぜ」
両手に込められた魔力は繋がり、大きな筒状となる。
それらは、ウルフを捉え、静かに放たれた。
ウルフに着弾した瞬間、その体が光に包まれる。
そして、数秒遅れて、爆音がきこえた。
ドゴォォオオン!!
閃光に包まれた周囲は砂埃に包まれた。
それを引き裂きながら現れたのはウルフだった。
「それが最後の切り札ってわけじゃないだろ? おら、死ぬんじゃねえぞ!!」
ウルフの槍はまっすぐと相手を捉え、その心の臓を貫いていった。
しかし、ドロウの姿は砂埃とともに消えていく。
背後から声がする。
「デコイシステム。 そして、本来は……だが、1日に2発も撃つものじゃないんだけどな」
再び、筒状の魔力はこちらに牙を剥く。
完全に背後を取られ、あまつさえ、攻撃に魔力を割いてしまっている。
ーー間に合うか。
「見事なり。 ドロウ」
「頼むからこれで死んでくれ。 魔砲」
魔力の大砲はこちらへ放たれる。
瞬時に魔力を……黒盾を背に展開しようとする。
しかし、反応がその動きをためらった。
ーー何故だ。 このままじゃ。
しかし、本能がそれを許さない。
何かを間違えていることを……何かを忘れていることを強烈に理性に訴えかける。
時間はない。
ここでためらっている場合じゃない。
ーーここまでの違和感だ。 本命はこっちか!!
頭に向けて傘状に黒盾を展開する。
そして振り返りながら、その目が捉えたのは、リフレクターに反射しながら進路を変える大砲だった。
それは上方に姿をけし、頭上から降り注いだ。
「本当に見事だ……魔力も少なかろうが。 まだないのか?」
「もう……勘弁してくれよ」
2人の距離が詰まっいく。
濃密な時間が終わりを迎えていく。
その時、甲高い声が響いた。
「にいちゃん。 おいらも連れていってくれ」
振り返ると、そこにはジョーが立っていた。
ーー何故、ここに。 儂が呼んだのか。 今さら……よく来た。 だが、危ない。
その思考は一瞬だった。
だが、ウルフとドロウ。
2人ほどの実力の持ち主にとってその一瞬は命取りであった。
振り返ると、ドロウの姿はない。
視界の端で捉えたのは、リフレクターを蹴りながら高速で動くドロウだった。
「さて、動くな。 そっから先はわかるだろう?」
ジョーが人質に取られる。
相手は早撃ちの名手。
かばう暇はないだろう。
「えっ。 えっ?」
困惑をしている。
無理もない。 来てすぐ人質にされるんだから。
「ジョー。 大人しくしていろ。 必ず助けてやる」
どうする。
儂の身を捧げれば許してくれるか……そんな甘いはずがない。
見捨てるか?
いや、良心がそれを許さない。
どうすれば……どうすれば。
「ひひひ。 そのまま動くな。 俺が、お前の命を奪えば、こいつは許してやる。 わかったら動くな」
奴の目的は儂の命。
だが、命を捧げるわけにはいかない。
儂が死ねば、だれもジョーを守る奴はいなくなる。
どうすれば。
「おいらのこと見捨ててくれよ。 にいちゃん」
か細い声で振り絞るようにジョーが言った。
「ふざけるな……何を言って……」
言葉が続かなかった。
涙を流しながらも、唇を噛み締めながら、目をつむりながら、受け入れようとしていた。
「頼むよ……足手まといになりたくないんだ。 だから、見捨ててくれ」
それが、ジョーの選択だった。
弱いが故に恐れを抱きながら、それでも姉を追うことを選んだ。
そして、あっさりと捕まりながらも、足手まといを拒んだ。
ーーカッコいいじゃないか。
ウルフは、尊敬の感情さえ覚えた。
「わかった……死んでもらうぞ。 目を瞑って、何も見るな」
「わかった」
ジョーの覚悟は本物だった。
「おい。 いいのか!? 見捨てて。 こんなガキでも未来はあるんだぜ? みすてていいわけぇないよな?」
ドロウはひどく動揺する。
目を泳がせながら、声が揺れている。
「いや、死んでもらおう……
黒槍を展開しながら、周囲に素粒子状の黒球を展開する。
……ドロウ。 お前の方がな」
マッハを超える速度で、接近する。
それにより、ドロウには反応ができない。
そのまま、首を落とす。
「にいちゃん……おいら、生きてる?」
「ああ。 お前は強いよ。 だから、お前の姉ちゃんを救うのに、手を貸してくれ」
「うん」
ドロウの手から離れた1人の男を抱きしめながら、その死体を視界に入れさせないようにその場を去っていく。
2人の男は、シンプウを救うため、駆け出していった。




