初戦 スライムつよすぎいとをかし
ーー手のひらだった。
一回り小さな手のひらが視界に映る。
元のカサカサとした手のひらと違い、指紋がはっきりしている。 それでいて弾力とハリのある若い手のひらだった。
わたしが手のひらで遊んでいる時、ふと頭に映像が流れる。
記憶の上書き……
スラムに生まれ親を亡くし天涯孤独であるーー6歳児。
なるほど、よく生き残っているものだ。
そして、はっきりしていることが一つ。
それこそがわたし……いや、儂自身であることだ。
やがて、身体と精神が馴染む。
さて、腹が減ったな。
うん、いつもはモンスターを狩り食していたんだった。
「って、おかしいだろ」
どこから突っ込むべきなのか。
モンスターがいること? 6歳児が狩りを行うこと?
いやいや……得体も知れぬ奴を食べるなよ。 儂。
「うーん、まぁそうやって生きてきたんだから……しゃーねーな」
記憶を辿ると、ここ、スラムである8番街の特徴がわかる。
なるほど、ここには流動体の体を持つモンスターがいる様だな。
普段は綺麗な翡翠の体を持ち、体内の生成した消化液でゴミを溶かし栄養とする。
「まぁここではゴミは文字通り腐る程あるからな」
大量のゴミを食したそれは、消化が追いつかずヘドロを見にまとう様な姿となる。 か、そんなのを平然と食うなよ……儂。
ヘドロをまとうねぇ。 気持ち悪いな、きっと臭いんだろうなぁ。
「そうそう、お前の様に汚くて……って出たかい」
目の前には絶賛食事中の流動体とヘドロまといが現れる。
「あぁ、スライムとベトベトンだな。 手持ちの武器は……」
まぁ何も持っていない。 普段はどうしてたんだろうか。
スライム達を警戒しながら記憶を辿る。
ーー魔法……手のひらから炎弾の射出ができるのか。
こいつらは蒸発をする。 それで残った体を食べるのか。
「いや、もっといい方法があるだろう」
儂は辺りを見回す。
何かいいものはないか、と。
そして木の断片を手にし、近くの機械から漏れる液体をしみさせる。
液体をよく吸ったようで、ポタポタとそれが流れ落ちている。
その間、スライム達は食事に夢中の様でこちらを気にかける様子さえもなかった。
「炎弾が撃てる回数はおよそ4回、4回目は威力も落ちる。 なら、もっと効率的にってな」
儂は指先に炎弾を対威力にて照射する。
イメージはライターだな。
木片に近づけると、それは炎を上げた。
さしづめ松明といったところか。
スライムはそれに気がつくとゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「こいつらの動きは鈍い。 一度捕まればゲームオーバーだか、それに捕まるほど甘くはないぜ」
儂は松明を構えスライムを迎え入れる。
奇妙な歩法だろう。 ゆっくりとステップを踏みスライムの横へ回り込む。
「悪いが、前世は戦場を渡り歩いてるんでな。 俺の晩御飯になれ」
両手で松明を振り下ろす。 余計な力はいらない。 最速で最短を通す。
ジュウジュウと、砂糖の焦げた匂いが立ち込めスライムの一体がその体の一部を溶かす。
こいつらは体の4割を蒸発させれば機能を失う。
さて、次……だ?
その時体がよろけ、松明から咄嗟に手を離してしまう。
「いてて、なるほど。 これが6歳児か」
今までのボディイメージのまま松明を振り下ろしたがため、筋力の劣るこの体はその体勢を支えることができなかった。
もう一匹のスライムが近寄ってくる。
尻餅をつき、松明は遠い。 第三者が見れば絶体絶命だろう。
「もう目の前か、しょうがない」
狙うは右上、ちょうど4割を超える場所だ。
儂はよく引きつけ、炎弾を放った。
「ちっ、やっちまったか!!」
弾の狙いは逸れ、ギリギリ4割を超えなかったその流動体はフラフラとしながらもその活動を止めない。
「本当にピンチだな。 さて、どうしたものか」
この場所ではない。 どうにかして、あの位置まで……
ーー考えろ。 あのスライムは食事中だった。
何かエサを用意すれば釣られるか?
あるいは囮……何か気をひくものは。
おや?
思考を進めるとスライムは目の前の儂ではなく明後日の方向に進み出した。
そこは……もう一体のスライムの死骸か?
体制を立て直す暇がある。 他の仕掛けは……あの位置ならいらないか。 儂は警戒を強め様子を伺う。
「はぁ。 それは予想外だ」
スライムはその死骸は取り込むと大きさが倍以上に膨れ上がる。 軽自動車と遜色ないその巨体はまるで嬉しそうにプルプルと震えた。
ーーありえない。 まさか、こんな……
「こんなにうまくいくなんてありえないだろ」
プルプルと震える巨体の下にはもう既に鎮火した松明と、大きな水たまりができていた。
儂はその位置に炎弾を放つ。
火はすぐさま燃え上がり、スライムの体を囲んだ。
「香ばしいな。 出来れば腹一杯食わせてくれよ?」
燃料を失い火が消えるまで、時間はそうかからなかった。
そこに残されたのは敗者であるスライムの死骸と勝者となった男のみ。
ややダイオキシンの臭いを立ち込ませるその場で儂は食事を開始しようとした。
「さしづめ、スライムの丸焼きってところか。 さて、いただきまーー」
手を合わせ挨拶をしようとした儂を制止するように聞き慣れた金属音が聞かれる。
カチャンとしたその音は儂に絶望を与えるのに十分だった。
「悪いが、そいつは俺たちが貰っていくぜ? もちろんいいよなぁ?」
両手を挙げ軽く振り向くと銃を構えた男が2人立っている。 どちらも近い位置……片方に至っては銃口を頭に突きつけている。
「はぁ、これだから素人は」
「あ? なんだと……」
言い終わる前に振り返り、銃口を逸らす。
AK47か、よくお世話になりましたっと。
銃から手を離さないでいる男の顎に一撃を加え、銃を奪い取り男を盾にしてもう一人に銃口を向けた。
「さて、どうする?」
「我々の目的は生き残ることだ。 人質の意味はないぞ?」
目が座っていた。
やけに冷静だな。
立ち回りに落ち着きが見える。 この男とは場数が違うようだ。
「盾にするには十分だ? さて、1、2の3でうちあうか?」
だんだん周りの時間が遅くなるように感じた。
他の情報はいらないと脳が強く訴えてくる。
儂の意識はゆっくりと確実に目の前の儂に向けられた銃口……引き金にかけられた指に吸い込まれていった。
パン!! っと、甲高い音がなり響く。
銃声じゃない……手を叩く音か?
「お前たち、やめろ。 大佐の目前だぞ」
そこにはサングラスをかけたスーツの男と、汚いおっさんの両極端な男達がいた。
「別に構わんかったがね。 まぁいい。 君、それを離してやってはくれないか? 苦しそうだ」
それ、というのは。 儂が盾の代わりに使っている男のことであるのは考えるまでもなくわかった。
6歳児の筋力では抵抗されればすぐに逃げられてしまうだろう。
そのため、首を絞めておいたのだが。
ドサッと音がなる。
「落ちてたか。 通りで重いわけだ」
汗が垂れる。 重いものを支えてたからではない。
銃口を向けられる重圧。 それを軽く凌駕するプレッシャーをこのサングラスの男は放っていた。
「君のことは見ていたよ。 スライム型を見事に倒したものだな」
見ていた……か。 この男の目的はなんなんだろうか。
このプレッシャー、言葉一つ間違えたら死さえも遠い存在ではないだろう。
「目的は……なんなんだ?」
儂は銃口を男に向けながら言葉をやっと放つ。
「撃ってみるといい。 その行為の無駄がよくわかるぞ」
「はっ、そんなこと言われて撃つやつがいるか?」
ドドドド。 小気味いい連射音がなる。
威嚇射撃、どのみちのちに脅威になるだろう存在だ。 今殺そうと考えるのに迷いはなかった。
「が、だめか。 無傷ってのはどういうことなんだ?」
「知りたいか?」
「あぁ知りたいね」
「ノーコメントだ!!」
儂は引き金をまた引く。 こいつは、ジャムらずにマガジン内部の弾を撃ち切ってくれた。
「さて、抵抗が無理だとわかったんだ。 付いてきてくれるかね?」
くそ、こいつはどうやったら殺せるか……ビジョンが見えない。
どうもおとなしく付いていくしかなさそうだな。
ちらりとスライムに目をやる。
「ん、お前それ……そうだよな。 ここじゃ大切な食料だ。 大佐、お願いしても?」
「あぁ任せたまえ」
ホームレス風のおっさんが頼むと大佐と呼ばれるサングラスが指を鳴らす。
パチンという音と同時にスライムの丸焼きは姿を消した。
儂はグラサンを睨む。
「安心したまえ、あとで返そう。 さて付いてきたまえ」
だめだ、今はまだ……6歳児のままでは無理だ。
いつか、必ず。
かならずこのグラサンを殺してやる。
儂は大佐と呼ばれたその男になすすべもなく、連行されていった。