第2章 アンドロイドは英国の夢を見るか 5編 決着
罪の意識に包まれる。
聞こえる音は他人事のようで、識別ができない。
高い音、低い音が鳴り続ける。
視界が赤いフィルターに染まっているようだ。
肌がひりつくように焼けている。
喉が乾く。
だからか、呼吸がやけに冷たい。
(こんなものを抱えて生きていたのか。 正邪は)
まるで学校集会で教壇に立たされ、スピーチをさせられるような。
そんな、極度の緊張のような不快感が身体を襲い続ける。
(なんや、こいつ。 いきなりぼーっといよってからに)
やがて、時が進むと、周りが鮮明になる。
ガコン、ガコン。
鈍い音が聞こえる。
ウォーハンマー。
戦闘用に作られた槌。
それで、こちらを一方的に殴る大男。
なんだか、懐かしく感じる。
リオンが振るうその槌を無意識のうちに黒球で防いでいた。
(便利だな。 この魔法を今から黒狼と名付けるとしよう)
円盤状になったそれ。
自身の体の周りを旋回するそれは相手の攻撃に合わせ、間に割り込む。
攻撃が通用しない様を見せつけられたら、普通心が折れる。
未だに手を変え武器を変えながら攻撃し続けるリオンは、いいメンタルを持っていると言えるだろう。
よく見ると、リオンの体からは流血が見られる。
致命傷には至らないものの、床に流れた血の跡を見るに、ながくはもつまい。
これは、正邪がやった傷だ。
なんだか、申し訳ない。
「悪いな。 もう1人が世話になったみたいだ。 まだ続ける?」
「ものごっつ恐ろしかったで。 やけどな。 このまま終わらせへんやろ!!」
リオンの咆哮。
心が揺れ、体がすくむ。
だが、落ち着いている。
ちょっと前の自分なら、必要以上にびびっていただろう。
リオンがなにかを投げる。
注意深くそれを観察すると、突如それは暴発しだす。
爆竹……いや、てつはうか。
しまった。
意識がそらされる。
だが、この黒狼なら無意識でも身を守れる。
周囲に何かが撒かれる。
砂鉄のように見えるが。
そして導火線がに火が灯ったそれが投げ込まれた。
ーー爆発だった。
投げ込まれたダイナマイト。
巻かれた火薬。
人を死に至らせるには十分な火力。
砂埃で包まれたリングはやがて晴れていく。
そこに立っているものは1人であった。
横たわるリオンに向かって、黒い槍が何本も寸止めされる。
まるで見下ろすように、見下すように冷たい視線をリオンに送る。
「ははっ。 完敗やな。 アサギ、次もまたやろうな」
リオンは声が上ずり、震えている。
強がりに聞こえる……が。
「あぁ。 今度はお前も本気を見せてくれるといいが」
リオンはまだ本気を出していない。
正確には、奥の手を残していた。
「気づいてたんかい。 まぁ、次の機会を楽しみにするということで」
こんな状況でも、まだ笑っていた。
黒い槍だが、儂は寸止めをしていない。
殺すつもりで撃ち。
殺すつもりで刺した。
はずだったのだがな。
「アサギ。 大臣がお呼びだ。 他のものはこのまま続けていろ」
黒いスーツの男が呼び出してきた。
逃げるか……いや。
その気になればいつでも逃げられるか。
「わかった。 行こう。 リオン、こっちに来てくれ」
「ん、なんや?」
ーー儂の名前はウルフだ。
ーーそうかい。 覚えとくで。
小声で耳打ちをしあった。
黒スーツに連れられ、城の中に入る。
ガチャリ。
少し進んだところで手錠をかけられた。
「なんだ? これは」
「貴様のことはもう調べがついている。 ウルフだったっけなぁ。 スラムの汚いガキが」
そのまま手錠を引っ張られながら連れられる。
尻を蹴られ、独房に入れられた。
石畳が頬をこする。
「いい様だな。 ずっと見ていたくなる」
パタン。
本を閉じながらこちらに銃を向け歩く。
緑のスーツを着こなす男。
長身の男はそのまま言葉を続けた。
「今回は急な変化だった。 妙なんだ。 外力が加えられなければ世界は……運命は、繰り返す。 お前は誰だ。 一体なんなんだ? 答えろ」
ズドン。
右手に握られた銃は頭に銃口を合わせながら、左手で、発砲する。
黒狼で防ぐことは容易かった。
だが、それを見た男が顔を歪めた。
「それは前までは持っていなかったな。 どこで手に入れたんだ? お前自身は運命から外れていない。 なら、お前は誰に会った? 教えてくれよ」
ククク。
男は笑いながら銃口を向ける。
殺す。
いや、何か興味深いことを言い続けている。
情報が欲しい。
ーー空気が戦慄しあうなか、2つの冷たい淀んだ目線が交差しあった。




