ゲームセンター【ピエロ/仲堂優花編】
夏のホラー2018投稿作品です。
どうして、そんな怪しげな場所に足を踏み入れてしまったのか。
誘われたから……。
……それとも、逃げ出したかったからなの。
今となっては、理由なんてどうでもいい事だけど。
だって……私の未来は既に、その場所に足を踏み入れた瞬間に決まっていたのだから。
踏み止まれる場所は幾度となくあった。それを不意にしたのは私自身。
それでも、例え覆す事が出来ない未来しか待っていなくても、黙ってそれをすんなり受け入れる事は、どうしても出来なかった。出来なかったから、必死で抗ったわ。
でも、この場所から逃げ出す事はとうとう出来なかった。
檻のない監獄の中で、私は与えられた役割を果たす。それが、この世界で私が命を長らえる唯一の方法だから。
絶望と後悔に苛まれながら、私は自分が壊れるまで囚われ続ける。
全てを諦めた代わりに、この未来をプレゼントしてくれた元親友と元彼には、私から感謝の気持ちを込めて、最大且つ最高のプレゼントを用意する事にしたわ。許可ももらったしね。楽しんでもらえると嬉しいんだけど。きっと、楽しんでくれるよね。
でもその前に、どうして囚われる羽目になったのか話しておかないとね。ちょっと長い話になるけどいい?
ありがとう。
それじゃ、話すね……。
私の人生が決まったあの日の午後、大学の食堂で、幼稚園からの幼馴染みで親友の木下亜子と、大学を卒業したら婚約する予定だった彼氏、高橋啓司に裏切られた。
前から噂はあった。何度も、同級生から忠告は受けていた。でも、全く信じていなかった。
ずっと一緒にいたから、親友というより、姉妹のように思っていたから……私は亜子に啓司を紹介した。
こんな結末を迎えるのを知っていたら、私は絶対、啓司を亜子に紹介なんてしなかった。後悔しても遅いけど。
まさか、亜子が裏切るなんて……。
啓司も……亜子の言葉を信じるなんて、思いもしなかった。
亜子が啓司の腕に自分の腕を絡ませて私の前に現れても、どこかまだ信じていたのに……あの言葉を聞くまでは。
「ごめんなさい、優花。私、啓司君の事を愛してるの。啓司君の子供を身籠ってるの。だから、啓司君と生まれて来る子供のために別れて。お願い」
「悪い、優花。俺は亜子を愛している。生まれて来る子供のために、身を引いてくれ。俺は亜子と結婚する」
「……私との婚約の約束を破棄するつもり?」
口から出てきた声は震えていた。
「ああ」
返ってきたのは短い答え。
身籠っている妊婦が、五センチはあるパンプスを普通履く筈ないのに。騙されてるとも気付かないで、こんな公共の場で宣言する愚かさに、私は心底呆れて何も言えなかった。怒りの感情がスーと消えていく。
「…………分かったわ」
そう答えるしかなかった。
そのまま授業を受ける気にもならなくて、人生で初めて授業をさぼった。
真っ直ぐ家に帰る気にもならない。といって、ブラブラと街を散策する気分にもなれない。遊び慣れていないからか、時間の潰し方が分からないし。結局、駅前のカフェで時間を潰してから帰る事にした。
さして美味しいとは思えないコーヒーを飲みながらボーとしていると、隣に座った二人組のOLたちの甲高い声が耳に届いた。
「知ってる? 例のゲームセンターの話」
「え~~あれって、都市伝説でしょ。もしかして、信じてるの?」
「……実は、姉さんの友人が行方不明になったんだけど、昨日の晩、うちに警察が来たんだよ」
「警察が?」
「うん。何でも、行方不明になる直前、姉さんの所にラインが届いたんだって。写真付きで」
「……どんな内容なの?」
「それがね……。『やっと、届いた!! 今、例のゲームセンターの前に来てる。早速、例のゲームをしてみる』って」
「マジで?」
「うん。マジ」
「悪戯じゃなくて?」
「じゃないみたい。警察が姉さんに写真の提供を求めたからね。何でも、探しても見付からないんだって。……そのゲームセンター」
「……確か噂じゃ、そのゲームセンターって、招待状が届かないと行けないんだよね」
「届いたって、そういう意味だよね」
「……怖っ!」
OLの一人が身震いすると、休憩時間が終わるのか、慌てて二人はカフェを出て行った。
聞き耳をたてるつもりはなかったけど、自然と彼女たちの会話に聞き入っていた。
いつもの自分なら、そんな絵空事の話に全く興味なかったし、ましてやオカルトなんて信じてなかった。だから、ただの家出の類いだと。だけど……興味が湧いた。
スマホを取り出し検索してみる。
【行方不明。ゲームセンター】
二種類の単語を入力しただけで、さっきのOLたちが話していた都市伝説の話が沢山アップされている。
どれも似たような話だった。
招待状がないと、そのゲームセンターには行けない事。
そのゲームセンターにはシューティングゲームがあって、それが曰く付きのゲームだって事。
(たぶん、OLたちが言ってたゲームってこれだよね……)
そのゲームには表ゲームと裏ゲームがあって、裏ゲームを選択すると、ゲームの中に引きずり込まれるらしい。ゲームクリアをしない限り出て来れないって、書いてあった。
どれも噂の域を出ない話だと思った。
信憑性があるように書かれているけど。そもそも、ゲームクリアしないと戻れないのなら、何でこんなに細かく書かれてるのよ。裏ゲームに参加しなかったから? だとしても、おかしくない? 本当に行方不明なら、もっと騒いでもいい筈でしょ。
「……やっぱり、都市伝説よね」
時間を潰すネタにはなったけどね。
取り合えず、家に帰ってからが大変だ。啓司との破局の事を両親に話さないと。勿論、亜子の事もだ。そう考えただけで憂鬱になる。
大きな溜め息を吐いた時だった。テーブルに置いてあったスマホがブルブルと震えた。
友達からかな。あれ? 友達なら全員ラインでくる筈なのに、新着メールが一件届いていた。
差出人は自分になっている。
悪戯メールか架空請求詐欺メールか。でも、差出人が自分って……。それに、
【件名 貴女は参加しますか?】
その一文に惹かれた。
どっちにしても、間違ってURコードをアクセスしない限り大丈夫。思い切って、画面を開いてみた。
それが、私の運命の分かれ道の始まりだった。
思い返してみれば、私が逃げられない場所まで堕ちていくのに、何度も分岐点はあった。
まず最初が、この新着メールだ。
いつもなら画面を開くことなく、契約先に迷惑メールを報告してから消去していた。今回も開けずに、いつもと同様に消去していたら……。
「…………ここなの?」
地図を頼りに進むと路地の一角に出た。看板も何もない。ゲームセンターが入った建物が見える。どうして、看板がないのに分かるかって、ガラスの先に、UFOキャッチャーの機械が置いてあるのが見えたからだ。
恐る恐る、外から覗き込んでみる。
店員の姿は見えない。営業しているかも分からない程、店内は薄暗かった。
それが却って無気味だった。だがその反面、興味が湧いた。自分のスマホから送られて来た地図に。
地図が送られて来た時、恐怖よりもワクワクした。もし危なかったら、途中で逃げ出したらいい。いつもの自分なら、絶対にそんな安易な考えは浮かばない。ましてや、こんな行動をとるなんて思いもしなかった。
はじめは、確かめてから帰ろうと思った。
足を踏み入れるつもりなんて毛頭なかった。
なのに気付くと、自動ドアの前に立っていた。ドアが開く。迷っていた。この時、迷わずに踵を返していたら……。
これが、最後の分かれ道だった。
ーートン。
誰かに背中を押された。
背後で自動ドアが閉まる。慌てて外に出ようとドアの前に立つが、自動ドアはピクリとも動かない。少しの隙間に指を掛け開けようとするが、ドアは開かなかった。
「何で開かないの!!!! 誰か助けて!!」
ドアを必死で叩く。
「このドアは開きませんよ。無駄な事は止めた方がいい」
直ぐ近くで男性の低い声がした。そう、まるで耳元から。だが、誰もいない。低い笑い声が聞こえた。
姿は見えない。だけど、気配がする。大勢の人の気配。誰かが自分を見ている。
(早く出ないと!! でもどうやって!?)
周囲に目を凝らせた時、椅子が目に入った。躊躇わず、私は椅子を掴むと振り上げた。思いっきり振り下ろす。
ーードカッ!!
大きな音がしたが、ドアにはヒビ一つはいっていなかった。
「クスクス」
笑い声が聞こえる。その笑い声は一人じゃなかった。子供の声も聞こえるし、年老いた老人の声もした。若い女性の声も。
(ここには、大勢の目に見えない何かがいるーー!!)
少しでも逃げ出したくて、ドアに背中を張り付ける。極度の緊張で口の中がカラカラだ。
「そんなに怖がらなくても、貴女には危害を加えませんので御安心下さい」
さっき、耳元でした声と同じ声だ。
「誰!? 姿を現したらどうなの!!」
反射的に叫んでいた。
「これは、これは、威勢の良い。では、失礼して……仲堂優花様。我々の招待に応じて頂き、ありがとうございます」
姿を現したのは、ピエロの格好をした男性だった。右手には風船の束を持っている。
「……ピエロ? 何で?」
「おかしいですか? 貴女たちの世界では、別の世界に誘うのはピエロの役目でしょう」
不思議そうに訊いてくる。そんな事よりも、
ーー貴女たちの世界。
と、目の前のピエロは確かにそう言った。つまり、目の前にいるピエロは私とは違う世界の生き物ーー。
「頭の回転が早いですね。正解です」
(えっ!? 声に出してた?)
「いいえ」
(……考えが筒抜けって事ね)
ピエロはにっこりと微笑む。肯定ってことね。
「…………私を食べるつもり?」
「食べて欲しいですか?」
(思う訳ないでしょ!!)
「美味しくないわよ」
「そうですかね。美味しいと思いますよ。それも、極上の獲物だと……でも、(今は)食べるつもりはありませんので、御安心下さい」
「信用出来ると思う?」
「それは信用して頂かないと。保証は何一つありませんが。……どっちにせよ、ここから出られない以上、信用して頂くしかありませんね」
「…………」
確かに、ピエロの言う通りだ。信用は出来ないけど、ここから抜け出せない以上、素直に聞いておく方がいい。
「(パニックを起こさず、冷静な判断が出来る。中々の逸材ですね)では、行きましょうか?」
「……何処に?」
「こことは別の世界。我々、あやかしが棲む世界に」
「何のために?」
「それは、追々と分かる事です。でも、御安心下さい。あちらの世界でも、決して危害は加えませんので」
「……本当に?」
「はい(肉体的には)」
「もし、嫌だと言ったら?」
考えるより先に出た言葉に、私は顔色を失う。ピエロから笑みが消えた。全身から冷や汗が吹き出す。
「……そうですね。彼らのようになりますね」
(彼ら……?)
「御覧になりますか? ついこの前、このゲームセンターに来た若者がどうなっているのかを」
(若者? それって、あのOLたちが話してた人物じゃ!?)
ピエロは店の奥に置いてある、一台のシューティングゲームの前に誘う。
冷や汗が止まらなかった。動悸が激しくなる。まさか、私にゲームをしろって言うんじゃないよね。ゲームセンターに来た事が一度もない私が、出来る訳ないでしょ。
「いえ。貴女はゲームをする必要はありませんよ。それは餌の役目です」
口にする内容はかなり酷い。目の前にいるピエロはそう感じていないだろうが。
しかし、その声音は一見優しいように感じる。だがその裏に、何かねっとりと絡み付く何か感じ取っていた。得体の知れない気味悪さだ。
ゲームに近付かない私に、ピエロは喉の奥で笑うとスタートボタンを押した。
画面が切り替わる。
そこには、片腕を失った若い男が、血塗れのまま建の影に隠れていた。やけにリアルな映像だ。それがドラマやBDじゃなく、今現在進行形で起きている事だと、直感的に感じた。
ピエロは何も答えない。
ただ……目の前で、画面越しに惨劇が繰り広げられている。
まるで嬲るように……。ひと思いには殺さない。掌の上で転がして遊んでいる。
「…………つまり、私が貴方と一緒に行くのを拒むと、彼のようになるのね」
「本当に、貴女は理解が早い。ただ、喰われ方は違うと思いますが。人それぞれ恐怖は違いますからね。我々は恐怖と苦痛を主食としてますから」
死ぬまでの工程は違うが、最後は同じ。あやかしに喰われ終わる。肉体も精神も。
「……分かったわ。一緒に行くわ」
他に選択肢はない。
今ここで死ぬか、もう少し後で死ぬかの差だけ。なら、私は少しでも苦痛が少ない方を選ぶ。果たして、その選択が正しいのか分からないが。
ちょっとした好奇心と現実逃避したかった気持ちが、私をここに連れて来た。後悔をしてももう遅い。
「我々は何度も逃げ道を設けていましたよ。それに応じなかったのは、貴女自身だ」
「親切な事で。でもその親切も、貴方たちにとってはスパイスに過ぎないんでしょ」
ピエロは答えない。でもその笑みで、それが間違っていない事を知る。
「……ピエロなら、もう少し砕けた話し方をしたら。その話し方だと、どこかの公務員みたいよ」
「そうですか? まだまだ勉強が必要ですね」
おかしそうに、ピエロは笑う。
「では、行きますか? 優花様。我々の世界へ」
差し出された手をはね退ける事は出来なかった。
「もう……一か月よね」
大学の食堂で、学生の一人が友人に小声で囁く。
「彼女が消えたのは、あの騒ぎの直ぐ後だったよね」
「そうそう。あたしもあの時、食堂にいたから覚えてる」
「あっ、見て。例のあの二人が来たわよ」
友人が指差した先には、仲良さそうな美男美女のカップルがいた。
「平気な顔をして、ここに来れる神経を疑うわ。結局、妊娠してなかったんでしょ」
友人が眉をしかめる。
「妊娠してた人間が、ヒール履く?」
「「履かない。履かない」」
「だよね~。昔、彼に憧れてた自分が恥ずかしいよ、ほんと」
「まぁ、顔と家柄だけはピカイチだったからね。憧れる人も大勢いたしね。あんな騒動があっても、まだ憧れてる娘いるんじゃない?」
「いるわね。私は幻滅したけどね」
周囲でそんな陰口を叩かれていても、友人たちが離れて行っても、頭の中がお花畑の二人は残念な事に気付かない。ある種、幸せな人種だった。
そんな二人が、この後直ぐに姿を消す事になるのだが……最後まで、気にも留める者が誰もいなかった。
「フフフ……さぁ……準備は整ったわ。楽しみにしててね。亜子、啓司」
お楽しみ頂けましたか?
夏の暑い夜が、少しでもヒンヤリ出来ますように……。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m