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真夜中の訪問

悲嘆に暮れるアルナ……。

そんな彼女の元へ、運命を告げる存在が忍び寄る……。

 メルルに連れられたアルナは、自らの寝所として利用している“離れ”へと送り届けられた。


「ほならアルナ……すぐ休むんやで? それから……あんまり気―落としなや」


 随分と仲間を気遣う様になった(・・・・・・・・)メルルは、小屋の中までアルナを連れ込むと、そう声を残して去って行った。

 一人残されたアルナは、暫しその場に立ち尽くしていたが、やがてノロノロと動き出し、着ている物を脱ぎ捨て下着一枚の姿でベッドへと潜り込んだ。

 一日たりとも欠かした事の無い神への感謝すら忘れて……いや、そんな事(・・・・)が念頭に上らない程、今のアルナに思考的余裕はなかった。


「……エルス……エルス……どうして……エルス……」


 彼女の口から漏れ出た言葉は、聖霊ネネイにエルスが魔導へと堕ちた事を告げられてから、もう幾度も頭の中を巡っていたものだった。


 彼女は敬虔(けいけん)な“光の神”の信者である。

 邪悪な者……邪な考えを抱く者やその存在に対して、または“光の神”が神敵と定めたものに対して、手段を問わずに抵抗する事を旨とした教団の信徒なのだ。

 アルナがエルスに同行したのは、それが何よりもエルスと言う人柄に惹かれたからに他ならないのだが、彼女自身が「魔族」と言う存在を許せなかったからだ。


 魔族は“光の神”が否定した存在……その一番手である。

 

 これまで魔族……その存在は、魔界でのみ認められていた。

 ただし極稀に、魔界より人界へと迷い込む魔族がいない訳では無かった。

 そしてそんな魔族は、必ずと言って良い程人界の村落に被害を出して来た。

 その度に、“光の神”を敬う信徒は、手に武器を持ち排除に乗り出したのだった。

 

 そして今回の、魔王による魔族軍の編成。

 そして魔族軍による人界への侵攻。

 

 これにより、人族の被害は今までにない程大きなものとなった。

 そして、魔族に対する人族の憎悪や嫌悪は、極大に達していた。

 そんな中で、アルナの所属する教団が立ち上がらない訳はない。


 教団は世界へと向けて「聖戦」を呼びかけ、既に大司教の地位にあったアルナへと魔王討伐を命じたのだった。

 誰よりも……正しく類を見ない程敬虔な信者であったアルナは、それがまるで運命であったかのように戦いへと身を投じたのだった。


 エルスがいなければ、彼女は正しく狂信者と化して、比喩では無く魔族を滅ぼすまで戦い続けていたかもしれない。


 ……若しくは……彼女自身の身を(ほろ)ぼすまでは……。


 そうならなかったのは、彼女がエルスと出会ったからに他ならない。

 エルスの性格が、考えが、そして戦うその姿が、アルナの心に大きな変化を齎した。

 そしてそれは、戦う意義や価値観を緩やかに変えただけでなく、彼女自身のエルスに対する想いをも変える事となった。


 アルナがエルスに惹かれていくと同時に、エルスもまたアルナに惹かれて行った。

 そして二人は、互いに好意を寄せあう仲となったのだった。


 自身の中に在る神と同等か、それ以上の存在となったエルスに、アルナは絶大な信頼を寄せていた。

 それだけでは無い。

 互いを尊重しあう関係は、アルナにとってとても居心地の良い、到底失い難い“場所”ともなったのだった。


 アルナの願いは、魔族を倒す事。それに偽りも変更も無い。

 だが、根絶やしにしようと言う考えは鳴りを潜め、今ではそんな事を微塵も感じなくなっていた。

 それよりも、アルナにはもっと強い“新たな願い”が膨れ上がっていたのだった。


 それは、エルスと共に歩む人生……未来だった。


 アルナは、エルスと過ごす事に無上の喜びを日々感じている。

 彼と結婚し、子を産み、共に年老いて行く事を夢み、疑っていなかったのだ。


 そんな彼女の想いも、僅か一夜……いや、数時間……いやいや、たったの「一言」で瓦解してしまったのだ。


「エルス……エルス……が……なんで……魔族……」


 布団に潜り込んだアルナだったが、とても眠りに付ける心理状態では無かった。

 彼女は幾度目かの寝返りと共に、再びそう独り言ちた時だった。

 突然アルナは、上体を起こして暗闇の中に目を凝らした。


「あらあらあらあら……深い悲しみと混乱の縁にあっても、鍛え上げられた戦士としての感覚は健在なのね―――……。興味深いわ」


 アルナの見つめる先……月灯りすら届かない部屋の闇から、声の主が静かに姿を現した。


「……聖霊……ネネイ……」


 ネネイの姿を見止めたアルナは、覇気の無い声音で彼女の名を呟いた。

 それと同時に、アルナは強い警戒感も抱いていた。

 その理由は、聖霊ネネイの登場が、余りにも今までと違っていた……その一点に集約されていたのだ。

 

 今まで聖霊ネネイは、エルス達の前へと現れる際、周囲を照らす光を伴って現れた。

 それはまるで、その出現をエルス達に知らしめ、自身が“光の神”の御使いである事を表しているかのような演出でもあった。

 それが今回は、光の許さない闇より、まるで滲み出るかのように現れたのだ。

 その出現方法が、どうにも光に属する者には似つかわしくなかったのだ。


「こんな夜中に、ごめんなさいね―――」


 言葉とは裏腹に、聖霊ネネイからは悪びれた様子が感じられない。

 いつもと全く同じ声音で、いつもの様に笑みを湛えてアルナの元へと歩み寄る。


 ……いや、いつもと同じ(さま)ではなかった。


 その顔に張り付いた笑みは……湛えている笑い顔からは、普段感じられる温かみが失われていた。

 ただ口の端を吊り上げ、笑い顔らしきもの(・・・・・)を浮かべている。

 アルナにはそう映ったのだった。


「でも、あなたにどうしても伝えたい事があるって……おっしゃるものだから―――」


 何も答えないアルナに、ネネイはお構いなしに話を進めていた。

 

「……他に……誰かいるの……?」


 どうにも思わせぶりなネネイの言い方に、アルナは彼女が望んでいる答えを口にしてやった。

 どうやらネネイは、自身の演出した通りに事を勧めたいのだろう。

 巻き込まれるアルナはいい迷惑だが、こんな夜中に尋ねて来るのだ。何か意図しての事だろうとも察していた。


 正直に言えば、アルナが今は誰とも話したくない心境なのは言うまでもない。

 しかし今まで、光の神の御使いとして様々な宣託を齎した彼女を、如何なアルナと言えどもぞんざいに扱う事など出来ないのだ。


「そう……おられるのです。今……この刻……この場に!」


 やはり聖霊ネネイは、どうにもわざとらしい演出を好んでいる。

 アルナの目の前でそう語ったネネイは、両手を胸の前で組み、中空に視線を向けて動きを止めていた。

 そんなネネイを、アルナはウンザリとした表情で見ていた……のだが。


「こ……これは……!?」


 直後、アルナは天から降り注ぐ眩い光に包まれた。

 それまでの流れから、それが聖霊ネネイの仕業ではと身を固くしたアルナだったが、その考えもすぐに訂正される事となる。


 ―――頭に……心に流れて来る言葉によって……。


「……ああっ!? あ……貴方様……がっ!?」


 そして“対話”が始まった。


アルナの前に……いや、意識に現れたのは……?

そしてアルナは……!?

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