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出立

メルル達が人界へと旅立つ朝がやって来た。

 ―――更に翌日。

 

 昨日の会議で決定した選抜メンバーは準備を終え、魔王城にある“礼拝堂”に集合していた。

 当然の事ながら、見送りに来ている居残り組も同席している。

 

 人界へと向かうのはメルル、シェキーナ、カナン、べべブル。

 魔界に残るのはアスタル、リリス、レヴィアにエルスとエルナーシャである。

 

 エルナーシャを抱くエルスの元にはメルルとシェキーナ、カナンが集まり、それぞれに談話しつつ彼とエルナーシャに暫しの別れを告げていた。

 一方のべべブルはアスタル、リリスと共に、この礼拝堂に祀られている石像へと片膝をついた姿で、祈りを捧げていた。

 礼拝堂……と言うからには、当然彼等の崇め奉る神が石像の姿で供え置かれている。

 その姿は、人族の世界で信じられている神の姿とは程遠い。

 しかし、処変われば信奉する神の姿が違うのも当然の事。

 レヴィアから聞いた話では、魔界で最も崇拝されている神だと言う事だった。


 祈りの済んだべべブル達が無言のまま立ち上がり、改めて話すでもなく互いに視線を交わし、肩を叩き合い握手している。

 彼等の別れには、敢えて言葉は必要ない様だった。

 そんな彼等の元へ、エルナーシャを抱いたエルスが近づく。


「エルナがべべブルにも声を掛けたいってさ」


 勿論、未だにエルナーシャは話をする事など出来ない。

 これはエルスが気を利かせた事だった。


「エルス様……エルナーシャ様。このべべブル、身命に変えましても、作戦の成功をここに誓います」


 いつもの様に訛りの強い言葉では無く改まった口調で話すべべブルは、再びエルス達へと片膝を突き、(こうべ)を垂れる。

 まるで敬愛する魔王へと向けた、(うやうや)しく礼儀正しい挨拶であるが、エルスは魔王ではないしエルナーシャも未だ魔王を襲名していない。

 もっとも、そんな事など彼等には関係の無い事なのだが。

 エルナーシャは次期魔王を約束された幼子であり、エルスはその生みの親……そして育ての親である。

 べべブルが……彼等が頭を下げるに、十分すぎる理由があった。


「ほら、エルナ。べべブルに『がんばって』って」


 そんなべべブルと同じ視線になる様片膝をついたエルスが、腕に抱く幼い魔王にそう促すと。


「う―――……あ―――……」


 その言葉が分かるのか、エルナーシャがエルスの腕から乗り出してべべブルにその短い腕を伸ばす。

 そしてべべブルはどうしていいのか分からずに、エルナーシャを前にしてオロオロとしていた。


「べべブル―――。エルナーシャ様の―――手を取って差し上げて―――」


 べべブルの後ろで微笑んでいるリリスが、彼にそう促す。

 べべブルは戸惑いながらも、恐々と言った風に自分の人差し指をエルナーシャに握らせた。


「あう―――きゃう―――!」


 その途端、エルナーシャは満面の笑みを浮かべて喜び出した。

 べべブルは、その光景を呆気に取られて見ているだけだった。


「エルナは、お前が命を懸ける事を望んで無いってさ。また戻って来る様に、約束してるんだよ」


 エルナーシャの笑顔……そしてエルスの言葉に、べべブルは今までにない心の震えを感じていた。

 容姿、性格、辛辣な物言いのべべブルは、兎に角、周囲から敬遠され浮いていた。

 それでも今の地位にあるのは、(ひとえ)に彼の実力があっての事だ。

 実力第一主義の魔界にあっては、その者の為人(ひととなり)は関係なかった。

 だが魔王軍の要職に就いても、彼の周囲に人は集まらなかった。

 そして、べべブルがそれを気にした事は無かった。

 他人との付き合いが無くとも実力を認めて貰う事は出来たし、こちらからの命令を拒否される事も無かったからだ。


 だが今……この時、べべブルは今まで自分には無縁だと思っていた感情を自覚していた。

 

「分かりましたエルス様、エルナーシャ様。俺ぁ、必ずここに戻ってくるだら。安心して待っててくれだら」


 珍しく笑顔を見せたべべブルがそう応え、エルスも笑顔で頷いた。

 勿論、エルナーシャはこれ以上ない笑顔と笑い声で応えていた。




「いやはや、笑顔一つでべべブルの心を掴むとは……エルナーシャ様は正しく魔王に相応しい御子ですな」


 メルル達が去った後、残されたエルスの元にアスタルとリリス、レヴィアが近づいて来る。

 豪快に笑うアスタルが、冗談とも本気だともつかない台詞を吐き、複雑な心境のエルスも苦笑いで返した。

 エルスとしては、エルナーシャが魔王として人界と戦う……等と言う未来は、極力想像したくないものだった。

 だからと言って、人界の勇者として魔族と戦ってほしいとも思っていない。

 今となっては、勇者などと言っても利用されるだけの存在である事を身に染みて理解しているエルスだ。

 彼女にはそんな自分の(てつ)を踏んで欲しくないとも思っていた。

 結局エルスは、エルナーシャに戦いへと身を投じて欲しくない……と言った、普通の親の様な心情を抱いていたのだった。


「ところでエルス様。一つご相談があるのですが」


 僅かに考えを巡らせていたエルスに、アスタルが改まった口調で切り出した。


「俺で答えられる事かい?」


 エルスは冗談めかしてそう返事を返したが、実際の処は不安を抱えていた。

 アスタルが何かしらの相談を持ち掛ける事自体は、彼としても問題ない。

 ただその内容如何によっては、やはりエルスでは答えられない事もある。

 元来、相談事と言った部類は、全てメルルが受け答えしてくれている。

 しかしそのメルルも今は留守としている。

 相談相手もおらず、自分だけで応える事が出来るのか不安でもあったのだった。


「なに、それ程難しい事ではありませぬ。我が配下より、選りすぐりの若者を揃えました。その者どもに、戦闘の指南をしてやって欲しいのです」


 だがアスタルの口にした話はエルスが不安に思うような内容では無く、寧ろ疑問の湧く内容であった。


「何故俺に? それに何で今それを俺に話すんだ?」


 彼の懇願は、それ程おかしい内容の事ではない。

 今、この場ででは無くとも、もっと以前に出来た筈であった。

 勿論、少し前まではエルナーシャの世話に総出でてんてこ舞いだった事を鑑みれば、今でなければ話せない……いや、今だからこそ漸く話す事が出来たと言えなくもない。


「メルル殿には既に話を通してあります。カナン殿にお願いするのも考えたのですが、彼はどちらかと言えば剣での戦闘に特化しております。私が彼等に叩き込んでほしいと考えているのは、魔法戦闘も織り交ぜた柔軟な戦闘です。それにはエルス様が打って付けだと考えたのです。それに……」


 そこまで一気に話したアスタルが、やや言葉を詰まらせる。

 そんな彼の後ろから、クスッと含み笑いを溢してリリスが一歩前に出てきた。


「カナン様は―――技術を指導するには向いていないようなので―――。それに―――彼の力は―――若輩の者達には少し強すぎます―――」


 アスタルの後を継いだリリスの話を聞いて、エルスはまた、少しだけ複雑な気持ちとなった。

 カナンが他人に物事を教える事を苦手としているのは、エルスも知っていた。

 彼はどちらかと言えば武芸者肌……武人のそれに近い感覚を持っている。

 理論よりも感性で、閃きで技術を向上させる。

 そしてその為に、只管に戦いへと身を投じる。

 彼の、剣の習熟術は、正しく実践の中で培われたものだった。

 

 だからと言って、エルスが由緒正しい騎士の型を(なぞら)えて身に付けているかと言えばそうではない。

 どちらかと言えば、彼も彼自身の“勘”に頼って剣の技術を習得して来たのだ。

 それでも、カナンと比べればずっと理論的に話す事が出来るだろう。

 それに、魔法を殆ど織り交ぜないカナンの剣術よりも、アスタルの望む戦法を教える事が出来る。

 そこまでならば、エルスも納得出来る話ではあったのだが。


 カナンでは強すぎるので、エルスにお願いする……。


 少し前までは世界で最強だとも言われたエルスには、この言葉は随分と堪えるものだった。

 もっとも、それは動かしようの無い真実であり、エルス自身も受け入れた事だ。

 

「まだ幼さの残る者ばかりですが、いずれはエルナーシャ様の親衛隊に任じようと考えております。そしてそれを望める才能の持ち主ばかりを揃えました。何卒、彼等に稽古をつけてやって下され」


 そして、エルナーシャの為だと言われれば、さしものエルスも嫌だとは言えなかった。

 自分が何時までもエルナーシャの傍に居られるなど、エルスも考えてはいない。

 人族の寿命は魔族のそれよりも遥かに短く、エルスがエルナーシャより早くこの世を去る事は火を見るより明らか。

 それ以前に、アルナと言う脅威がある以上、天寿を全うできるかどうかも不明なのだ。

 そんなエルスが、エルナーシャの為に残せる事は多くは無い。

 

「……分かった。俺にどれだけの事が出来るか分からないけど、教えられる限りの事は教えるよ」


 そう考えたエルスがアスタルに快諾し、それを聞いたアスタルもホッとした様な笑顔を返したのだった。


作戦へと向けて旅立ったメルル達。

人界では、各々が出来るだけ目立つ様な行動を取らなければならない。

果たして彼等は、どの様な策で作戦を遂行するのか?

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