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魔王の秘密

自ら魔族と名乗ったエルス。

やはり彼は、酷く落ち込んでいたのだった……。

 黙々と先を歩くエルスに、シェキーナは覗き込む様にして彼の顔色を窺った。

 彼女の表情には、どこか気遣わし気な……心配そうなものが浮かんでいる。

 そして、そこで何も言わない……と言う事が無いのがシェキーナだった。


「……大丈夫なのか?」


 一言、それだけを声かけた。

 

 それは何も、先程のいざこざに限った事では無かった。

 ここに至るまで……エルスが聖霊ネネイと話をした時から起こる、事の顛末を気遣うものだった。

 少なくとも、シェキーナがネネイから聞かされたこと、現在のエルス、ゴブリン騒動、村の対応など……それらを総括して考えても、何一つエルスにとって明るい材料が無いのだ。

 シェキーナが声を掛けた言葉には、それらを汲み取った意味が込められていた。

 そして更に、彼女には懸念に感じている事がある。


「……まさか……自分が魔族だと名乗る日が来るなんてな……思いも依らなかったよ……」


 寂し気に笑顔を浮かべたエルスを見て、シェキーナは声を詰まらせてしまった。

 今までに、悔しそうな表情や、歯を食いしばるエルス、悲し気な彼の顔を見た事は幾度もあった。

 だが、ここまで脱力し元気のない彼を見るのは初めてだったのだ。

 それ程に、エルス自身が「魔族」を名乗る事に抵抗があったとシェキーナにも窺い知れたのだった。


 この呟き、見方によってはエルスが秘密を洩らしていると取れなくともない。

 それでも、今この場に聖霊ネネイが出現してはおらず、その兆候も無い。

 そしてシェキーナはエルスの立場に関係なく、彼の側に付くと明言している。

 その事を鑑みれば、ネネイはシェキーナの存在を「魔族側」であると捉え、今後はその様に公表して行くとして、今の発言については不問としたのかも知れなかった。


 そして何よりも、聖霊ネネイにとって、シェキーナがエルス側に付く事は都合が良かった(・・・・・・・)のかもしれない。


 シェキーナの意志は兎も角、彼女程の力を持つ人物は、多くこの世に(・・・・)存在しない方が良い(・・・・・・・・・)のだ。

 

 エルス無き(・・)後……彼が人界に一切手出ししなくなるのか、それとも彼自身が“亡き者”となるのかは別として……世界の趨勢(すうせい)を握るのは、やはり元勇者パーティの面々となるに違いなかった。

 彼等の意志や願望も問題だが、何よりもその力と……名声が問題なのだ。

 彼等を擁立して、若しくは彼ら自身が決起して、新たな勢力を作り出すかもしれないのだ。

 今の疲弊した、有名無実な王国軍では無く、強力な力に率いられた勢力が増える事は、世界の安定を考える上で軽視できない問題であった。

 彼らがそれぞれ兵力を立ち上げて激突すれば、それこそ深刻な傷跡を人界に残しかねないのだ。

 

 それを考えれば、シェキーナがエルスに……「魔族」に付く事は、好都合と言わざるを得ない。

 何せ、世界の問題となりかねない存在を同時に処断(・・・・・)できるのだから。


「でも……それも俺の選んだ道……か。今更悔やんでも仕方ないよな」


 ここでエルスの特性が発動する。

 自身で割り切ってしまえば、それがどの様な心境で在れ前を向くのだ。

 エルスの浮かべた笑顔に偽りがないと悟って、シェキーナは本題(・・)に入った。


「それよりもエルス。お前……どこか具合が悪いんじゃないのか?」


 先程シェキーナが声かけた「大丈夫」と言う言葉には、寧ろこちらの意味合いが強く込められていたのだった。


 先程の戦闘……。

 ゴブリン・ケッツァーとの戦闘で、思わぬ苦戦を()いられたエルス。

 確かに変異体を相手どれば、誰であれ思わぬ苦戦に陥る事は周知の事実だった。

 しかしエルスは人界で……いや、この世界で最も強い力を持つ“勇者”なのだ。

 それは単純に、攻撃力が高いと言うだけでは無い。

 防御力、魔力、洞察力、瞬発力、判断力……。事、戦闘における能力は、他の追随を許さない程高いのだ。

 例えシェキーナや他の仲間達が不意を突かれて苦戦したとしても、エルスにはそれは当て嵌まらないのだ。

 ましてや先程相対したゴブリン・ケッツァーは、手強かったのに違いなくも手傷を負う程の相手とは、シェキーナにはとても思えなかったのだった。


 それが彼女の抱いた違和感……。


 そして懸念事項であった。


「どこかって……どこも悪くはないけど……?」


 明らかに平静を装っていると分かるエルスが、裏返る声を抑え込んでそう返事した。

 それを聞いたシェキーナは、本日幾度目かの溜息を吐いたのだった。


 シェキーナとしては、エルスに高い演技力を求めた事は無い。

 彼自身は役者でも何でもなく、一人の勇者なのだからそれも当然の事だった。

 だが今この時においては、せめて人並みの演技力を要求したい気持ちで一杯だった。


「そうか……。どこか具合が悪いなら、隠さずに言って欲しい。これからの道中、私達の立場を考えれば、協力し合わなければならないのは間違い無いのだからな」


 エルスが何事かを隠しているのは明らかだった。

 もしかすれば、彼自身も隠し通せていると思っての発言では無いかもしれない。

 それでも彼は、「何事も無い」と言い切り、それを覆す様な素振りも見せないのだ。

 そんな態度を彼に取られてしまっては、シェキーナにそれ以上追求する事は出来なかった。


 それに、シェキーナには分かっていた。


 隠す……と言う事は、シェキーナの質問が的を射ていると言う証明にもなる。


 今後の戦闘では、エルスの負担を軽減する様に立ちまわる必要がある……。


 シェキーナは密かにそう考え、実践する事を心で決意していたのだった。


エルスの隠されている秘密に、微かに気付いているシェキーナ。

だが、彼女はその事を詮索する様な事は無かった。


そして彼等に、安穏とした時間は多く齎されなかった。

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