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雪女、また溶けます。


 朝食の席でも、すっかりなじんでもう当たり前のようにじいちゃんばあちゃんと談笑している。


 二人ともさあ、身元不明の女の子が転がり込んできて、少しは不審に思わないの?


碧子みどりこちゃんは熱いもの、だめなのよね? パンか何かにする?」


「いえ、ご飯で大丈夫ですっ!」


 ひどく元気だな。昨日だけで三回は溶けかけて、そのたびに死にそうな声を出していたのに。


「ていうか、雪女のくせにご飯食べるのかよ?」


「はえはふほ」


「食べながらしゃべるな。行儀悪い」


 ごっくん。


「大人の雪女は木や花の精を吸って生きてますけど、幼生はまだ動物なのでそれだけじゃ足りないのです。普段は木の実や虫なんかも食べてますっ!」


 ……飯時に訊く話じゃなかった。


「はあ、やっぱり人里のご飯はおいしいですう~」


 しあわせそうにご飯をほお張る碧子。冷や飯だけど。

 なんだかこっちまで、しあわせな気分になってくる。こんな食事、したことあったかな?


「今日は二人で買い物に行ってらっしゃい。あ、ばあちゃんのご用もよろしくね」


 これも昨日から、ばあちゃんは終始にこにこしている。何がそんなに嬉しいんだろう、ってくらいご機嫌だ。そんなに娘ができたのが嬉しい? まあ娘じゃないけど。




 + + + + +



 街に出ても、碧子は『子供』だった。

 見るもの聞くものに次々とびついて、目をきらきらさせて見入っている。無邪気のかたまりだ。

 ぱっと見は中学生と高校生の間くらいに見える。だけど雪女に人間の年齢を当てはめるのが意味あることなのかどうか。


 そんなぼくなんかお構いなしに、身体じゅうで街を満喫している碧子。


「きゃあ! コウくん! これすごいです!!」


「ねえねえ、コウくん、これはなに?」


「コウくん」「コウくん」


 いつもぼくを振り返って笑いかける。

 なんだろう、この感覚。いやな気分じゃない。それに、とても懐かしい感じがする。

 碧子と会ってからずっと感じていた感覚。


「あ、コウくん、これ欲しいです!」


「買わないぞ」


「え~~~」


 ふくれっ面の碧子すら、可愛らしいと思ってしまう。

 妹がいたらこんな感じなのかな。



 いくつかの服や日用品、その他を買い込んだ帰り道。

 バスで移動して元の田舎町に帰ってきたけれど、そのまま家に帰ったかというとそんなことはなく、やっぱり碧子は途中でトラップに引っかかっていた。


「きゃー! 冷たいっ!」


「お姉ちゃんそれ、ぼくの!」


「ぐぬぬ、これはおぬしの法具か? こんな優れものが法具とはおぬし、ただ者ではないな?」


「はいは~い、ちょっと水冷たいからお湯足しますよ~」



 ここは通りすがりのとあるお宅の庭先だ。小さな子供たちがミニプールで遊んでいるのを目にしたとたん、すっ飛んでいって混ざり込んでしまったのだ。止める暇もあらばこそ。


「すみません、いきなりおじゃましちゃって」


「いいわよ~みんな楽しそうだし。可愛らしい彼女さんね?」


 子供たちのお母さんがおおらかな人でよかった。若干異論を挟みたいフレーズが一箇所あったが、とてもそんなことを言える立場ではなく、ぼくは平身低頭といった態でなるべく保護者っぽく振る舞おうとしていた。


 子供たちに混じってきゃいきゃいと大はしゃぎの碧子。身体が大きいだけで、精神年齢はまったく同等だな。

 ……なんて楽しそうなんだか。


「嬉しそうねえ。なんだか羨ましくなっちゃう」


 お母さんがちょっとからかうように、うふふと笑う。そんな風に見えるのか。

 ぼく自身も、ちょっと意外だった。


(ついこの間、失恋したばっかりだっていうのにな)


 香奈と一緒にいるのは、楽しかった。それは嘘じゃない。

 でも今にして思えば、やっぱり友だちの延長だったのか、という気はする。


 そして今、目の前にいる碧子は……。


「ずるい! お姉ちゃんそれ返して!」


「碧子。返してやんなさい」


 友だち以下だな、こいつは。



「すごーい。お姉ちゃん、雪女なの?」


 小さな女の子が小首を傾げて言う。


「そうだよー。おまえたちを~、氷漬けにしてやろうか~」


「きゃー!!」


 女の子がきゃーきゃー言いながら、おどかす碧子から逃げて男の子の後ろに回り込む。

 男の子の背にすがる女の子を手でかばって、がぜん張り切る男の子。そりゃそうだよね。騎士くん、男の見せ所だぞ。


「マスターに仇なす者は、このブリテンの赤き竜が許さぬ! 我が約束された勝利の剣で討ち果たしてくれる!」


 騎士じゃなくて騎士王だったか。

 それにしても難しい言葉を知ってるな。お父さんに偏った知識で洗脳されてないか?


「あら~この子ったらすっかりゼロのセイバーちゃんが気に入ったみたいね」


 汚染源はお母さんかい。


「ふふっ、よいぞ。刃向かうことを許す。もっと我を楽しませろ」


「いくぞ英雄王。武器の貯蔵は充分か?」


 なんでそんなにかみ合ってる?

 てか、雪女が人里のサブカルチャーにそんなに精通しているのはどういうわけだ? 雪女の郷で、薄い本を片手に談笑する腐女子、という図がなぜか脳裏をかすめる。ああ、イメージが、雪女の郷のイメージがけがされてゆく。ヤック・デカルチャー。


「くらえ、エクス……」


 男の子が傍らのバケツを持ち上げた。おお、意外と力持ち。好きな娘の手前、騎士王も負けられない戦いだ。


「カリバーっ!!!」


 そのままバケツの中身を碧子にぶちまけた。


「きゃぁあああああああっ!!」


 悲鳴とともに、自称英雄王は、消えた。


「…………碧子?」


 一瞬のうちに、忽然と、あとかたもなく。


「碧子!」


 あわてて飛び出したぼくは膝をつき、手で地面を触った。

 そこにあるのは、水着。たった今まで碧子が着ていたものだ。だが中身が、碧子がいない。

 濡れた膝が暖かい。バケツの中身は、温度調節のために用意していたお湯だったのだ。

 それを全身に浴びて、碧子は溶けた。一瞬にして。


「碧子! おい、碧子!」


 ぼくは必死になって手のひらで地面を叩いた。が、濡れた水着がぱしゃぱしゃと音を立てるだけ。


 男の子に罪はない。お互い悪ふざけが過ぎただけだ。びしょ濡れになって終わるはずだった。普通なら。


(どうしよう……?)


 こんなことって。

 こんな終わり方って。


 頭の中は真っ白。

 どうしていいか分からない。


 回りの不思議そうな、心配そうな視線を気にする余裕もなく、ひたすら水着の辺りを叩いていると、何か固いものが手に触れた。


「?」


 水着の下をまさぐって、出てきたもの。


  それは、小さな氷の欠片だった。


 2センチ角くらいの、少し青みがかったアイスキューブ。


 ぼくは直感した。これは碧子だ!


 多分これが雪女の、碧子の核となるもの。


 ぼくはそれを両手に押し戴いて、走り出した。




 + + + + +



 走りにくかった。


 両手で氷を持っているから、走りにくい。それでも全力で走った。


 手の中に、氷。握りしめたら溶けてしまいそうな気がした。だから、そうっと。なるべく触れないように。

 この欠片から碧子が復活できるのか、ぼくには分からなかった。だけど、このまま消えてしまうなんて、いやだ。少しでも可能性があるなら、何とかしないと。


「おじさん!」


 息も絶え絶えに、ぼくは駄菓子屋に飛び込んだ。


「あれ、昂大こうだいくんか? どうしたい?」


 ぜえぜえと肩で息をしているぼくのただならぬ姿に、おじさんはびっくりしていた。


「おじさん、氷室……冷凍庫、貸して……」


「氷室かい? そりゃかまわないが……」


 おじさんはぼくの両手の中をのぞき込んで、


「あれまあ、こないだの雪女かい? 溶けちゃったのか」


 おじさんの問いに、やっとのことでぼくは頷く。


「いいよ。氷室、使いな。はやく連れてってやんな」


「あ……ありが……」


 咳込んで、氷の欠片を落としそうになる。あわてて握りしめて、溶けやしないかとまた手を開く。

 なにやってんだ。落ち着け。


「そう言えば、雪女が生き返るには男の血が必要だって聞いたなあ」


「えっ!?」


 おじさんの思わぬ言葉に、ぼくは思わず足を止めた。


「血って……どうすればいいの?」


 碧子の復活には、ぼくを生贄にささげなきゃならないの?

 生き血を全部吸わせろ、とか?


 ……いや、それでもいい。

 必ず助ける。生命をかけても。


 そう決意したぼくだったが、


「いや、大したことじゃない。血をほんの一、二滴、垂らせばいいんだよ。そうすると、その男の血の霊力で雪女は生き返るって聞いたことがある」


「そうなんだ?」


 ちょっとほっとした。そんなに難しいことじゃない。


 おじさんにお礼を言って、おばさんからマチ針を借り、ぼくは氷室に向かった。





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