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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
9/23

<9>

 清水と森は那輪ビルに到着し、裏の非常階段から2階へ上がった。

 正面から普通に入らなかったのは、森の判断によるものだ。

 「誰かに見張られている可能性もあるから、念のために」

 と主張したのだ。


 清水が何気無く事務所の扉に手を掛けようとした時、その腕を森が掴んだ。

 「何をするんだ」

 振り向いた清水が語気を荒げる。

 それには答えず、森はしゃがみ込んでドアを見た。


 「よし、大丈夫だ」

 森が言う。

 「何が?」

 「ここを見てみろ」

 森は、ドアの下の方を指差した。

 清水は頭を近付け、廊下スレスレに髪の毛が貼り付けてあるのを発見した。

 ドアと壁の両方に接するように、セロテープで貼り付けてある。


 「何だ、これは?」

 「井手が部屋を出る時に仕掛けたものだ。この髪の毛が切れていないということは、奴が出た後に誰も侵入者は来ていないということになる」

 「そんな細工をしなきゃならんような危ない仕事をしているのか、奴は」

 「普段からやっているわけじゃないさ。こういう仕掛けをしなきゃならないほど、今の彼が特殊な状況にあるということだ」

 そう言いながら、森は鍵をドアに差し込んだ。

 「ちょっと待て、なぜお前が鍵を持っている?」

 「非常事態に備えて、お互いの部屋の鍵を持ち合っている」

 「お前ら、マトモな仕事じゃないようだな。何者なんだ?」

 「さっきも言ったはずだ。そんなことは後回しだとな」


 森は鍵を開けたが、すぐに中へ入ろうとはしない。

 振り返り、清水に告げる。

 「今から中に入るが、俺が大丈夫だと言うまでは玄関で待機しろ。そして何も喋るな」

 「はあっ?」

 清水は、意味不明な要求に首をひねる。

 「何がしたいんだ、お前は」

 「いいから、俺の言うことを聞け」

 問答無用の態度で、森は命令する。

 「分かった、聞いてやるよ」

 清水は渋々ながらも、指示に従うことにした。



 森はドアを開き、部屋に入った。

 後に続いた清水は、玄関で無言のまま立ち尽くす。

 すぐに森は姿勢を低くして、持ってきた短筒状の装置のスイッチを入れる。

 そして這うようにして、フロアの四隅を移動した。

 それから窓際に行き、隠れるようにしながら外の様子を慎重に伺う。

 それらの行動が終わってから、ようやく森は

 「大丈夫だ、中に入って喋ってもいい」

 と清水に告げた。


 「説明しろ、何をやっていたんだ」

 清水は、イライラした様子で尋ねる。

 「まず盗聴されていないかどうかを確認した。この装置が反応しなかったので、盗聴器は仕掛けられていないということだ。それから、表で誰かが見張っていないかどうかを確認した。どうやら、それも大丈夫なようだ」

 「スパイ映画の主人公か、お前は?」

 半ば呆れたように、清水は言う。


 そんな言葉に付き合わず、森は事務机に近付く。

 まず彼が目を向けたのは、机の上のタブレットケースだった。

 「そんなものが、どうかしたのか?」

 清水が森の視線に気付き、いぶかしげに問う。

 「ただのタブレットケースじゃないか」

 「いや、これは俺が作った小型録音機だ」

 森が言う。


 「録音機?」

 清水が良く見ると、タブレットケースには小さなボタンが幾つか付いている。

 森は、その内の1つを押した。

 頭出し再生のボタンだ。

 数秒の沈黙の後、録音機から声が聞こえてきた。

 それは、9時頃の井手と男の会話だった。

 井手は電話があった時、すぐに録音ボタンを押していたのだ。

 高性能の録音機は、電話の向こう側にいる男の声も、ちゃんと拾っている。


 「これは・・・・・・」

 流れてくる会話を聞き、清水が口を開こうとする。

 「静かに」

 すぐに森が口に人差し指を当て、黙るよう求めた。

 しかし清水は承知せず、疑問をぶつけた。

 「さっきからお前に従ってきたが、もう我慢の限界だ。俺には何が何やらサッパリだ。少しぐらい説明してくれ。そうでないと、俺は黙らないぞ。井手は何者で、お前とはどういう関係だ?今の会話で、ヒッチとか言っていたな。ヒッチって何だ?」

 「うるさい奴だな、アンタは」

 森は、再生をストップした。


 「分かった、井手が頼った相手だ、ある程度は信用して打ち明けよう。ここまで来たらアンタの協力も必要だろうし、どうせこの事件が解決されれば、全て明るみに出る可能性が無いとも言えないからな」

 「前置きはいいから、早く話せ」

 「いいか、これから話すことは、絶対に口外するな。約束しろ」

 「それは内容による」

 清水は頑固な態度を示した。

 森は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 「ええい、分かった、話そう」

 諦めたように言って、森は言葉を続ける。

 「井手と俺は、かつてヒッチのメンバーだったんだ」

 「だから、そのヒッチってのは何だ?」

 「ヒッチというのは、私設の情報組織だ」

 「私設の情報組織だと?バカな、そんな与太話を信じると思うのか」

 「信じようが信じまいが、事実は変えられん」

 森は、真剣な表情で言った。

 清水が、じっと凝視する。

 「どうやら、その目にウソは無さそうだな」

 「こんな状況でウソは言わん。笹島成人は知っているな。笹島が15年前、秘密裏に作ったのが私設情報部隊のヒッチだ」


 「私設情報部隊ってのは、どういうものなんだ?」

 「簡単に言えば、ジェームズ・ボンドが所属するMI6のような組織だ。笹島の指示を受け、情報を収集して危機を未然に防いだり、時には実力行使によって犯罪者を退治したりするのが仕事だ」

 「それは警察の仕事だぞ」

 「警察は事件が起きないと動けないが、ヒッチは事件の兆しで行動することもある。それに、警察が簡単に手を出せないような犯罪もある。例えば、政治や国際的な問題が絡んでいるようなケースではな」

 「なるほど」

 「そのヒッチでリーダーだったのが井手だ。俺もメンバーだったが、機械いじりと情報収集が専門だった」

 「井手は違うってことか」

 「彼は情報収集に飛び回るだけでなく、時には優秀なスナイパーとして犯罪者を射殺することもあった」

 「おい待てよ、刑事でもない奴が銃を扱っていたのか。そんなことが許されるのか」

 「笹島成人がバックに付いているんだ、それぐらいは大したことじゃない」

 森は事も無げに言う。

 「だが、そのヒッチは3年前に解散した。今は井手も俺も、そういった仕事はしていない」


 「うーむ」

 清水は、腕組みをしてうなった。

 にわかには信じ難い話だったが、森の態度は偽りを微塵も感じさせなかった。


 「これで納得したな。それじゃあ、しばらく黙っていてくれ。さっきのは携帯電話の会話だろう」

 森はボタンを押し、録音された音声を最初まで戻す。

 しばらく2人は押し黙り、井手と男の会話を聞いた。

 井手が1階へ行くよう指示されたところで、録音は終わっていた。



 「今の会話が本当なら、奴は須藤博士の暗殺命令を受けたってことか」

 会話を聞き終わり、森が停止ボタンを押すや否や、清水が声を発した。

 「そういうことだな。だが、それが自ら望んだことではないのも確かだ」

 「メールの動画がどうとか言っていたな」

 「ああ」

 森はパソコンでメールを確認し、添付ファイルを開いた。

 そして、その表情を堅くした。


 「これは・・・・・・」

 「どうした?」

 「ここに映っているのは、井手の別れた奥さんだ」

 「何だって」

 清水がパソコンに顔を近付ける。

 「元女房を人質に取られたのか」

 「それだけじゃない。MG=フィンを取り付けられている」

 「何なんだ、そのMG=フィンってのは」

 「詳しく説明しても分からんだろうが、ようするに時限式の毒物注射装置だ。タイマーがゼロになると、致死性の毒薬が注射される」

 「タイムリミットってのは、そういう意味か」

 清水は、眉を吊り上げた。


 「だが、MG=フィンはヒッチが犯人グループを壊滅させた後、現在は警察に保管されているはずなんだがな。あんな道具を、わざわざ新たに作ったのか。それとも、何者かが警察から持ち出したのか」

 森は独り言のように、そんなことを口にする。

 「まるで警察の人間が関与しているような言い草に聞こえるぞ」

 そんな清水の非難めいた言葉を無視するように、森はパソコンに正対する。

 「こちらの動きを敵が察知したら、彼女が殺されるかもしれない。ますます井手に連絡を取るのは避けた方が良さそうだな」

 森はマウスを動かしたりキーボードを叩いたりしながら、そんなことを言う。

 「何をしているんだ?」

 機械が苦手な清水は、森がパソコンを操作していることは分かったが、具体的に何をしているのかが理解できなかった。


 「そこまで説明する必要は無いだろう。それよりアンタ、そこでボーッとしていてもいいのか」

 「ボーッとしているつもりはない」

 清水は森を睨んだ後、携帯電話を取り出した。

 「ちょっと待った、どこへ掛けるつもりだ」

 森は清水の腕をグッと握った。

 「署に決まってるじゃないか。まさか、電話するなと言うつもりじゃないだろうな。それには従えんぞ」

 「掛けるのは構わない。だが、守ってほしいことがある」

 「言ってみろ」

 「あまり騒ぎ立てると、敵に気付かれる危険性がある。どうやら見張りはいないようだから、ここに仲間を呼ぶのはいい。博士の方に刑事を行かせるのもいい。だが、計画を察知したことは気付かれないように、慎重にやってくれ」

 「ああ、分かった」

 「それと繰り返すが、ヒッチのことは誰にも言うな。アンタに話したのも、本当ならルール違反なんだからな。それから、俺がここにいることは隠しておけ。話がややこしくなるだけだ。どうせ俺は、すぐに出て行くしな」

 「出て行く?どこへ行くつもりだ。捜査に協力してもらわないと困るぞ」

 「俺は井手を助けたい気持ちはあるが、全面的に警察に協力する気は無い。俺なりのやり方で、井手を助けるために動く。そっちはそっちで頑張ってくれ」

 「勝手な奴だ」

 舌打ちをしてから、清水は電話を掛けた。


 「もしもし、清水だ」

 「ああ、清水刑事」

 城南署で応答したのは、後輩の米近経敏だった。

 清水は事情を手短に説明し、隠密に行動するよう指示した。

 森に言われた通り、彼のことは伏せておいた。

 「俺はここに留まって人質救出のための手掛かりを探すから、何人か応援をよこしてくれ。須藤博士の方は、そっちで頼む」

 「了解しました。それと清水刑事、こちらで動画を分析しますから、送ってもらえますか」

 「えっ、あっ、ああ」

 清水は言葉を濁しながらも、一応は承諾と取れる返事をした。

 「それでは」

 米近が電話を切った。


 清水は携帯電話をポケットに戻し、森に話し掛ける。

 「お前、動画を送るって出来るか?」

 「警察署に送りたいんだな。ちょっと待て」

 森は淡々と言い、キーボードを手早く操作する。

 「ほら、これで完了だ」

 「もういいのか」

 「動画を送るだけだからな」

 森はそう言って、玄関へ向かう。

 「行くのか。行き先は教えてくれないのか」

 「充分すぎるほど、アンタとは喋ったよ」

 森は振り返らずに言葉を発し、ドアを開いて出て行った。

 「良く分からない連中だな、あいつにしろ、井手にしろ」

 清水は愚痴っぽく言いながら、部屋の中を調べ始めた。



 城南署では、電話を切った米近が大きく息を吐いていた。

 そこへ、課長の東武がやって来て、後ろから声を掛けた。

 「どうした、米近」

 「あっ、課長」

 米近はビクッと肩を上げて振り返る。

 「そんなに驚くこともないだろう。それより、誰かから電話だったようだが」

 「あっ、ええ。今のは、清水刑事からの電話です」

 「清水からか。何かあったのか」

 「ええ、そうなんです」


 そう言いながら、米近は時計を見やった。

 時刻は9時50分。



 タイムリミットまで、残り1時間10分。


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