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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
7/23

<7>

 清水は、井手のメモに記されていた有布アパートを訪れた。

 月極駐車場の横の細い道を入り、その奥にある建物だ。

 かなり古びた2階建ての木造アパートである。


 1階と2階に、それぞれ4つずつの部屋がある。

 部屋は6畳の和室と2畳の台所で構成されており、風呂とトイレは共同だ。

 1階が1号室から5号室、2階が6号室から10号室だ。

 4号室と9号室は存在しない。

 5号室の隣に風呂とトイレがあるが、明らかに後から設置したものだ。


 アパートの前の敷地は、雑草が生え放題になっている。

 清水は、メモにあった“3”が3号室のことだろうと考えた。

 3号室の前に行くと、ドアの隣にある小窓から明かりが漏れている。

 住人は中にいるようだ。

 だが、表札が無いため、それが森という人物かどうかは分からない。


 清水はドアをノックする。

 返事は無い。

 もう一度、清水はドアをノックした。

 しばらく待つと、少しだけドアが開いた。

 チェーンを掛けたまま、中から男の顔が半分だけ覗く。


 「誰だ?」

 男は極度に警戒した様子で、清水をジロジロと見る。

 「お前が森か?」

 清水が尋ねた。

 その途端に、男はバタンとドアを閉めた。

 すぐに鍵を掛ける音がする。

 「おい、開けろ」

 清水はドアノブを回すが、もちろん施錠されているので開くはずもない。


 「森、ここを開けるんだ」

 激しくドアをノックするが、返事は無い。

 「くそっ、何なんだ」

 清水は、顔をしかめる。

 「おい森、井手のSOSだ」

 メモの言葉を思い出し、清水はドア越しに叫んだ。

 すると数秒後、ガチャリと開錠の音がして、再びドアが少しだけ開いた。

 ただし、まだチェーンは掛けられた状態だ。


 「今、井手のSOSと言ったのか?」

 男は、清水に疑惑の眼差しを向ける。

 「ああ、これを見ろ」

 清水はポケットからメモを取り出し、男の前に掲げた。

 男はドアの隙間から手を伸ばしてメモを奪い取り、三白眼で凝視する。

 「なるほど、確かに井手の字のようだ」

 彼は、小さくうなずいた。

 「どうやら、無視して追い払うわけにはいかないようだな」

 そう言って男はチェーンを外し、ドアを大きく開けた。

 「とりあえず、入ってくれ」

 男は清水を招きいれた。



 清水が中に入ると、玄関には本が山積みになっている。

 ほとんどは洋書だ。

 それも文学作品ではなく専門書のようだが、清水には良く分からない。

 玄関は本に占領されており、何とか1人が通れる程度のスペースしか無い。


 「倒さないでくれよ。それでも一応、整理してあるんだ」

 男は清水に注意を促す。

 「どうして玄関に本がたくさんあるんだ」

 「部屋に入り切らないから、仕方が無い」

 そう言われて奥へと目を向けた清水は、納得した。

 部屋の中は、幾つもの機械で埋め尽くされている。

 しかし機械に詳しくない清水には、何がどういう装置なのか全く見当も付かない。

 パソコンが3台あることだけは、清水にも分かった。


 「悪いが、話は台所でしてもらおう」

 森は玄関を入って左側の台所へ、清水を手招きした。

 「向こうへ入れるわけにはいかない。機械類を変にいじられて、壊れたら大変だからな」

 「それは俺も勘弁だな」

 清水は同意し、靴を脱いで、狭い台所へ入る。

 「お前が森で間違いないんだな」

 「ああ」

 森は小さくうなずいた。


 彼は森秀嘉、48歳。

 ギンガムチェックのネルシャツにスラックスという服装。

 無精ヒゲを生やし、髪はボサボサだ。


 「それでアンタは何者だ?井手とは、どういう関係だ?」

 森が尋ねる。

 「俺は清水剛一。城南署の刑事だ」

 「刑事だと?冗談だろう」

 森は、大げさに反応した。

 「本当だ、ほら」

 清水は警察手帳を提示した。

 「なるほど、本物のようだな」

 森は顔を近付けて確認した。


 「それでアンタ、井手とどういう関係だ?」

 「それほど親しいわけじゃない。捜査の絡みで2度会っただけだ」

 「それだけの関係か。友人でも何でもないんだな」

 「ああ、奴とは少々の因縁があるが、赤の他人と言ってもいいぐらいだ」

 「あの井手が、ほとんど知らない間柄の刑事に助けを求めるとはな」

 森は意外だという顔をした。


 「それで、お前は井手とどういう関係なんだ?」

 今度は逆に、清水が聞く。

 「まだ今のところ、それは言えないな。そこまでアンタを信用できない」

 森は回答を拒否する。

 「それより、このメモだ。どういう経緯で手に入れた?」

 「刑事に対して、一方的に質問ばかりする態度はどうなんだ?」

 清水は、少し苛立った。

 「いいから早く教えろ」

 「分かった、教えてやる」


 清水は手短に事情を説明した。

 はね付けても良かったのだが、井手の残した“SOS”の言葉が頭をよぎり、とりあえずは森に事情を語った方が賢明だろうと判断したのだ。

 ただし事情と言っても、詳しいことは分からない。

 清水が話したのは、町で井手に出会い、相手がいきなり握手を求めてきてメモを渡し、逃げるように去ったということぐらいだ。



 「なるほど、そうか・・・・・・」

 森は額に手を当てて、考え込んだ。

 「どうやら、ヤバいことになっているようだな」

 「どういうことだ?俺には何が何だか、サッパリ分からん」

 清水は、素直な心境を口にした。


 「井手が刑事に助けを求めるのは、普通なら有り得ない。それも、ほとんど面識の無い刑事に助けを求めるというのは異常だ」

 「一般人が刑事に助けを求めるのは、当然のことだがな」

 「世の中には刑事を嫌っている奴も一杯いるぜ」

 「井手もそういう人間ってことか」

 「いや、警察への不信感もあるだろうが、それだけじゃないな。井手は一般人であって、一般人ではないのさ」

 「意味が分からん。奴は何者だ?」

 「それも今は言えないな」

 また森は回答を拒否する。


 「それより、このメモの字を見ろ。この文字は明らかに殴り書きだ。ということは、落ち着いてメモを書くことさえ出来ない状況にあるということだ」

 「どういう状況なんだ、それは」

 「もしかすると、見張られているのかもしれないな」

 森は腕組みをする。

 「奴は何の助けを求めているんだ?何をして欲しいんだ?」

 「それが分かれば苦労はしない。それを調べるために、行動すべきだろうな」

 そう言いながら、森は玄関へ足を向ける。


 「だったら、まず奴に電話を掛けたらどうなんだ?」

 後ろから、清水が尋ねる。

 「いや、それは避けた方が良さそうだ」

 「なぜだ?」

 「井手が異常な形で俺に助けを求めてきたということは、その動きを何者かに知られたくないのだろう」

 「それで?」

 「こちらが電話を掛けることで、井手が助けを求めたことが、その何者かにバレる危険性がある。詳しいことが分からない段階で、電話を掛けるのは危険だ」

 「だったら、どうするんだ?」

 「まずは、あいつの事務所に行ってみるとしよう。さあ、行くぞ」

 森は、玄関のドアを開けた。



 時刻は9時34分。



 タイムリミットまで、残り1時間26分。


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