表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
23/23

<23>

 午後11時20分。

 井手は『フィッシャー』事務所のドアをノックする。


 しばらくして戸が開き、尾西が顔を出す。

 「こんな遅くに誰かと思えば、井手じゃないか」

 尾西が大げさに驚いた様子を見せる。

 「入るぞ」

 井手は挨拶も抜きに、無表情で中へと足を進める。

 「何だよ、強引な奴だな」

 尾西は文句を言うが、井手はお構いなしだ。


 事務所は10畳ほどのスペースだが、半分以上は荷物で埋まっている。

 机の上は綺麗だが、床にはビールの空き缶とゴミ袋が散乱している。

 奥の棚には軍事関係の書物が何冊も並んでおり、その隣には複数の計器類が置いてある。


 「1時間ぐらい前に、森から連絡があったぞ。お前、こんな場所で油を売っていてもいいのか」

 尾西が尋ねる。

 「いったい何のことだ?」

 「何って、奥さんを人質に取られたんだろう?」

 「正確には元妻だ」

 「そこは、どっちでもいいじゃないか。俺も森から協力を求められて、動画を調べていたところだ」

 尾西は机の上のパソコンを指差す。

 そんな言葉を、井手は適当に聞き流し、室内を見回している。

 向かって左側に、金属製の扉がある。

 「そこからガレージに入れるんだな」

 井手は冷めた目でチラッと見やる。


 「おい、人の話を聞いてるのか」

 尾西が腰に手を当てて、文句を言う。

 「とりあえず、キーホルダーを返してくれ」

 井手は視線を合わさず、そう言った。

 「えっ?ああ、あれか」

 尾西はポケットに手を突っ込み、キーホルダーを取り出した。

 「すまなかったな、お前が助けを求めているサインだとは気付かなくて」


 「尾西よ、理由を教えろ」

 井手はキーホルダーを受け取り、質問を投げた。

 「はっ?理由って何の?」

 「お前が今回の作戦を実行した理由だよ」

 井手は向き直り、尾西を鋭く見据えた。

 「何を言っているんだ?」

 尾西は、乾いた笑いを発する。


 「もうシラを切っても無駄だぞ、尾西」

 「シラを切るも何も、お前が何を言いたいのか分からないな」

 一瞬にして、尾西が真顔に変わる。

 「そうか、まだ無関係を装うのか」

 そう言うが早いか、井手は金属製の扉を開けてガレージに入る。

 事務所から差し込む明かりの中で壁のスイッチを見つけ、それを切り替える。

 ガレージの照明が点灯した。

 中には野戦服やヘルメット、ブーツや記章など様々なミリタリー用品が並んでいる。


 井手はガレージ全体を見回し、ショーケースの裏側で身をかがめている女を発見する。

 賀庄美奈だ。

 「そこの女、両手を挙げて立つんだ」

 井手はワルサーPPKを取り出し、構える。

 「立たないと撃つぞ」

 怯えた顔をして、美奈が静かに立ち上がる。


 「どうやら武器は持っていないようだな」

 井手はツカツカと歩み寄り、いきなり美奈の首筋に手刀を落とす。

 「ひっ」

 甲高く短い悲鳴を上げて、美奈の体が崩れ落ちた。

 気絶したのだ。

 「悪いが、しばらく眠っていてくれ。話をするのに邪魔だからな」

 井手は、振り返る。

 扉の傍らで、尾西が忌々しげに眺めている。


 「これでも、シラを切り通すつもりか?」

 「いや、もう無理だろうな」

 尾西が重厚な物言いをする。

 「だが、どうして彼女がここにいると分かった?」

 「こういうのは、お前の専売特許じゃないんだぜ」

 井手は美奈の腰の辺りを探り、取り付けてあった発信機を見せた。

 「いつの間に?」

 「ジャズバーで拳銃を渡された時に、付けさせてもらった」

 「ってことは、部屋を出る際に発信機を持って行ったのか」

 「役に立つこともあるかもしれないと思って、念のためにな」

 「なるほど、さすがは元ヒッチのリーダーだ」

 硬い表情で尾西が言う。


 「途中でお前じゃないかという疑惑は浮かんだが、間違いであって欲しかったよ」

 井手は、無機質な口調で告げた。

 「俺に疑いを?」

 「ああ。犯人がヒッチの関係者だろうとは思ったが、時間の経過と共に、お前に絞り込まれていった」

 「どうして、そう思った?」

 「こんな大胆な計画を立て、一方でつまらないミスをやらかすような間抜けは、ヒッチのメンバーではお前ぐらいしかいない」

 井手は真剣な顔で告げる。

 「言ってくれるぜ」

 尾西は苦い笑みを浮かべた。


 「富士見捨夫を自殺に見せ掛けて殺したのも、尾西、お前だろう」

 「ああ、そうだ」

 尾西はうなずいた。

 「あいつは昔から俺を慕っていたからな。ヒッチの仲間では唯一、今回の計画に誘ったんだ。だが、断りやがった」

 「計画を知っているので、口封じに殺したというわけか」

 「そういうことだ」

 「この計画が成功した後で、俺も殺す気だったのか」

 「当然だろう、それ以外に選択肢があるのか」


 「なぜだ?なぜ俺を罠に掛け、須藤博士を狙わせた?博士の家に来た男を使えば済んだことじゃないのか」

 「養陸のことか。奴の本職はクリーニングだ。それに、奴には今後も働いてもらわないといけないからな。使い捨てにするには、他の人間を使った方がいい」

 尾西はニヤリと笑う。

 「だが、その使い捨ての対象が、なぜ俺なんだ?」

 「お前を使ったのは、それが最も確実だと思ったからだ。その道のエキスパートを使った方がな」

 「理由は、それだけかな」

 「というと?」

 「お前の中で、俺に対して特別な感情があるように思えたがな」

 「なるほどな」

 尾西は、深くうなずいた。


 「確かに、お前に対する妬みの気持ちがあったことは、否定できないな」

 「妬み?」

 「ヒッチの頃、お前は常に優秀で、わずかなミスも犯さなかった。俺はヒッチのトップに立ちたかったが、お前を抜くことは出来なかった」

 「トップに立つ?そんなことを考えていたのか」

 「ああ、そうさ。そして、その頃から、一度でいいからお前に屈辱を味あわせたいと、心のどこかで思っていたんだろうな」

 「そんなことで、そんなつまらない理由で、詠美まで巻き込んだのか」

 井手は、愕然とした。

 「だったら尾西、今回の計画が失敗したことで良く分かっただろう。お前がトップに立てなかった理由が」

 「どうだろうな」

 尾西は、とぼけたような言い方をした。


 「それより、詠美さんは、どうなった?」

 「病院にいる。精神的な疲労は大きかったようだが、しばらく休めば元気になるだろう」

 「そうか、それは良かったな」

 尾西は何の感情もこもっていない言葉を口にする。

 「須藤博士を狙った理由は、金だな?誰かに雇われたんだろう」

 感情の爆発をこらえて井手が聞く。

 「ご名答。さすが探偵だ」

 「お前が博士を殺しても、何の利益も無いからな」

 井手が言う。


 「だが、それで利益を得られる人もいるはずだ。たぶん、アメリカで博士を狙ったのと同じ人物だな。いや、人物ではなく、もっと大きな組織だな」

 「博士が開発中の解毒薬を完成させると、迷惑を被る組織もあるってことさ」

 「なるほどな、そこの絡みか」

 井手は納得した。

 「なぜ博士の家に正面から入らせたのか、分かったよ。ボディーガードを目撃者にするためだな。そして、俺が殺人犯として警察に追われるように仕向けたわけだ」

 「ほう、相変わらず優れた推理力だな」

 そう言って、尾西は冷やかすように短く口笛を吹く。

 「今回の仕事は、博士を殺すだけではなく、犯人が明確に分かるような形にする必要があった。そういう依頼なんでな」


 「犯人が特定されなければ、アメリカでの暗殺未遂もあって、その依頼主に捜査の手が及ぶ可能性が無いとは言えない。それを嫌ったんだな」

 「その通りだ」

 「だから警察が俺を犯人と断定した後で、自殺か事故にでも見せ掛けて始末する予定だった。そして個人的な人間関係のトラブルを、犯行理由としてデッチ上げるつもりだった。そういうことだな」

 「そこまでお見通しとはな。新しい仕事に私立探偵を選んだのは、正解だったようだな」

 尾西は、皮肉めいた言い方をした。


 「そんな話に乗るとは、よほど高い報酬を貰ったんだな。だが尾西よ、金に転ぶとは、お前も落ちぶれたものだ」

 「落ちぶれたわけじゃないさ。むしろ、今までが落ちぶれていたんだ。つくづく痛感したよ、情報部員ってのは潰しの利かない職業だってな」

 「そんなことはない、現に俺は私立探偵をやっているし、お前だって店を持っているじゃないか」

 「だが、そこに充実感があるか?俺は無いね。この店を始めた後、俺は自分の能力を発揮できずに悶々としていたんだ。そんな時、この話が舞い込んできた。またヒッチの時と同じように、充実感を満喫できる場所に戻れるチャンスだ。俺は一も二も無く飛び付いたさ」

 「何が充実感だ。悪党の手先になることを、ヒッチと同じにするな」

 「やってることは大して変わらんさ」


 「どうやら、考え方に相違がありそうだな」

 「その違いは、幾ら語り合っても埋まらないぞ」

 「なるほど、完全に黒く汚れたらしい」

 「ほざけ。俺は俺なりの生き方を選んだだけだ」

 「呆れた奴だよ、全く」

 井手は、不快感を露にした。


 「さて井手よ、どうするつもりだ?」

 尾西は、すました顔で尋ねた。

 「俺を殺すか」

 「かつての仲間だ、どれだけ悪党であっても、命まで奪いたくはない」

 「だったら、見逃してくれるか」

 「そういうわけにはいかない。警察へ行って、全て話してもらおう」

 「ははっ、バカなことを」

 尾西は、大口を開けて笑う。

 「警察で全てを話す?そんな要求、俺が飲むと思うのか」

 「限りなくゼロに近い可能性だと思っていた。だが、一応は確かめておかないとな」

 「俺は警察の世話になどならん。誰にも捕まらん」


 「国外にでも逃亡するか?」

 井手は言いながら、尾西の手の動きに意識を集中させている。

 尾西の右手は、扉の向こう側に隠れている。

 「そうだな、それが一番の方法だろう」

 そんな言葉を返した尾西も、井手がダラリと下げた手の先にあるワルサーPPKを気にしている。


 「だが尾西、ここから逃げるには、俺が邪魔になるぞ」

 「黙って通してくれると嬉しいんだがな」

 「それは出来ない相談だ」

 「だろうと思った」

 そう言い終わると同時に、尾西は右手を伸ばし、隠し持っていたグロック17を構えた。

 尾西が井手に銃口を向ける。

 引き金に掛けた指に力を入れる。

 そこまで辿り着いたところで、彼がイメージした動作は破綻した。

 一瞬早く、井手のワルサーが発射音を上げたのだ。

 「ぐむっ」

 潰れたような声と共に、額を撃ち抜かれた尾西が、膝からグニャリと崩れ落ちた。


 井手は拳銃を構えたまま、慎重に尾西の元へ歩み寄る。

 見下ろした視線の先に、愚者の成れの果てが転がっていた。

 即死であった。

 「バカ野郎が・・・・・・」

 井手はポツリとつぶやき、唇を噛む。


 それから彼はガレージの隅へ行き、シャッターの自動開閉スイッチを押す。

 ゆっくりとシャッターが上がっていく。

 井手は、シャッターの上昇と共に下から覗くアスファルトに目を移す。

 腰の辺りまでシャッターが上がったところで、井手は腰をかがめて潜り抜け、外へ出る。

 ガレージの外では、清水と森が待っていた。


 「やはり、撃ち合いになったか」

 森が重々しい口調で尋ねる。

 「ああ」

 井手は短く答える。

 「尾西は、死んだか」

 「ああ」

 「女はどうなった?女も死んだのか」

 今度は清水が質問する。

 「いや、気絶して倒れているだけだ」

 「そうか」

 清水は、うなずく。


 「さて刑事さん、俺を捕まえるか?」

 井手は拳銃を見つめながら、質問を投げた。

 「俺は、アンタの目の前で人を殺している。しかも二度もだ。明らかに殺人犯だよな」

 「逮捕してほしいのか?」

 「いや、出来れば遠慮したいところだ」

 「だったら、行くがいいさ」

 清水は言った。


 「いいのか」

 「お前を捕まえても、この事件の全貌が明らかになるわけでもない。それに、どうやら迷宮入りしそうな匂いがプンプンしてくる事件だ。お前一人を見逃したところで、どうってことはないだろう」

 「寛容なんだな、刑事にしては」

 森が、感心したように言う。

 「まあ命を救ってもらったからな。お返しだよ。貸し借りは無しにしておきたい」

 清水は、ぶっきらぼうに告げる。

 「では、遠慮なく好意に甘えさせてもらおう」

 井手はハンカチを取り出し、ワルサーPPKの指紋を拭き取った。

 そして、拳銃をガレージの中へと滑り込ませる。


 「悪いが、いつか町で会うことがあっても、他人のフリをさせてもらうぞ」

 井手は清水に言う。

 「どうせ他人だろ」

 清水がすかさず言い返す。

 「違いないな」

 井手は小さく笑い、腕時計に目をやった。



 時刻は11時30分。



 タイムリミットは、もう無い。



 【完】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ