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プレハブ小屋のドアが、激しくノックされた。
「開けろ、警察だ」
清水が叫ぶ。
だが、中には気絶状態の詠美しかいない。
美奈はリーダーの指示を受け、既に退去していた。
「おい、開けろ」
清水がドアノブをガチャガチャと回すが、詠美は目を覚まさない。
直後、窓が大きな音を立てる。
ガラスの割れる音だ。
割れた窓から、井手が室内へ飛び込んできた。
井手は詠美を見つけ、素早く接近する。
「おい、詠美」
微動だにしない詠美を見た井手は、慌てて彼女の脈を取り、生きていることを確認する。
詠美の首に目を向けると、MG=フィンのタイマーは残り4分を切っている。
「待ってろ、すぐに助けてやるからな」
井手は首輪の後方にあるダイヤルに手を伸ばす。
ほぼ同時に、ドアから銃声、そして鈍い金属音がする。
清水がドアノブを壊し、乗り込んでくる。
ニューナンブM60を構えた清水は、すぐに井手へと駆け寄る。
「それがMG=フィンか」
「しばらく黙っていてくれ」
井手は厳しい口調で告げる。
そして1つ目のダイヤルをゆっくり回し、解除ナンバーを探る。
ヒッチ時代にも、彼はMG=フィンを外す作業をやった経験がある。
設定された解除ナンバーにダイヤルをセットすると、他の数字とは違う感触、わずかに引っ掛かる感触があるのだ。
それは素人では判別不可能な違いだが、井手には分かる。
いや、詠美を助けるためには、絶対に分からねばならない。
その時の感触を思い出しながら、井手は慎重に、かつ急いで事を進める。
1つ目、井手は“1”で違う感触を覚え、ダイヤルをセットする。
タイマーは残り3分を切っている。
すぐに井手は2つ目のダイヤルに移る。
ゆっくりと回し、感触を確かめ、“2”でダイヤルをセットする。
続いて3つ目。
“1”でセット。
タイマーの残り時間が2分を切る。
最後の4つ目。
“1”に引っ掛かる感触。
全てセットし、ダイヤル部分で首輪を横に引っ張ろうとする。
しかし、井手は嫌な予感に見舞われ、手を止める。
「本当に、これで合っているのか・・・・・・?」
間違っていれば、詠美の命は無い。
井手が焦る。
「急げ、時間が無い」
清水が叫ぶ。
タイムリミットまで残り1分を切る。
試しに井手は、4つ目のダイヤルを“2”に合わせる。
すると、“1”の時と同じ引っ掛かりがあった。
「まさか」
すぐに井手はダイヤルを“3”に合わせる。
またも同じ感触だ。
「くそっ、どうなってるんだ」
井手は他の数字も確認してみたが、どれも同じように引っ掛かる感触があった。
「むうっ・・・・・・改良してあるのか・・・・・・」
タイムリミットまで残り30秒。
井手の額に冷や汗がにじむ。
「おい、何をしてるんだ」
清水の声が上ずる。
残り20秒。
そこで井手の脳裏に、ある推測が浮かぶ。
「待てよ、121と来て、ひょっとすると・・・・・・」
井手は、4つ目のダイヤルを“4”まで回す。
残り10秒。
「頼むっ」
井手は目を閉じ、思い切って首輪を横に引っ張る。
するとMG=フィンは、詠美の首から外れた。
「おおっ」
見守っていた清水が、思わず大きな声を出す。
タイマーは残り5秒で停止していた。
井手は首輪を部屋の隅に放り投げる。
「1214か。ふざけた解除ナンバーを設定しやがる」
そう言って、井手は深く息を吐いた。
「その1214という数字に、何か意味でもあるのか」
清水が尋ねる。
「俺の誕生日が12月14日だ。くそったれめ」
井手が吐き捨てた。
その時、詠美の目がボンヤリと開いた。
ようやく、目を覚ましたのだ。
「えっ・・・・・不二雄さん・・・・・・?」
うつろな目で、彼女は目の前の男を確認しようとする。
「ああ、俺だよ。詠美」
井手は心を抑制し、安心させるために穏やかな態度で話し掛ける。
「もう大丈夫だ、何も心配しなくていい」
「そう・・・・・・」
詠美の口元が、わずかに緩む。
「あなたが来たのなら、もう安心ね」
その言葉に、井手の胸は締め付けられる。
彼は痛切な表情で、詠美をギュッと抱き締めた。
「ごめんな、こんなことに巻き込んで」
「いいのよ・・・・・・」
詠美は、逆に井手を励ますかのように言った。
「いいシーンだな、この野郎」
清水は、照れ隠しのようにそう言った。
「刑事さん、詠美を病院に運びたいんだが」
井手は詠美を抱き締めたまま、そう清水に告げる。
「彼女は衰弱しているだろうし、このまま家へ返すわけにはいかないだろう」
「そうだな。そうしよう」
清水は携帯を取り出し、電話を掛ける。
「俺だ、清水だ。急いで救急車をよこしてくれ。詳しいことは後で説明する」
簡潔に住所だけを告げ、清水は電話を切った。
「すぐに救急車が来る」
清水は、井手に告げる。
「そうか、良かった」
井手は詠美の髪を優しく撫でながら、深くうなずいた。
「後は、最後のカタを付けるだけだな・・・・・・」
「カタを付ける?」
「ああ」
井手は、遠くを見据えて言った。




