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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
20/23

<20>

 名砂恵理のフェラーリは、街の中心部から郊外へ出た。

 車は真っ直ぐに伸びる道を走る。

 後部座席に座った森は、長く続く左側の壁を眺めている。

 それは、笹島邸の壁である。

 敷地面積は東京ドーム3つ分という大豪邸である。


 「久しぶりに来たが、相変わらず大層な家だな」

 森秀嘉は、苦々しい表情で言葉を吐く。

 「こんなにデカくても、使い切れないだろうに」

 「それは妬みかしら?」

 恵理が、バックミラーを見ながら告げる。

 「はっ、冗談だろ。俺はこんな家に住みたいとは思わないね。気疲れするぜ」

 「人それぞれに、気質があるでしょうからね」

 そんなことを話している内に、正面玄関が迫ってきた。


 「おっと、そろそろ俺は隠れるぜ」

 森は座席の下に寝転がり、体を小さく畳む。

 「そんなことしなくても、普通に入れると思うけど」

 恵理は呆れたように言う。

 「俺のやりたいようにやらせろ。いいか、バラすなよ。今さら裏切るんじゃないぞ」

 「はいはい、ちゃんと承知しているわよ」

 面倒そうに、恵理は返答する。


 巨大な門の前で、フェラーリは停車する。

 大理石の表札に、「笹島」の文字が彫り込まれている。

 恵理は車を降りて門に近付き、カメラ付きインターホンを押す。

 「私です、名砂恵理です」

 顔をカメラに近付けた恵理が、そう告げる。

 「どうぞ」

 事務的な女性の声が、インターホンから聞こえた。

 すぐに、両開きの門がゆっくりと開かれる。

 邸宅の中から機械で操作しているのだ。


 恵理は運転席に戻り、再びハンドルを握る。

 そしてフェラーリを笹島邸の敷地へと滑り込ませる。

 門を通過したところで、森は体を起こし、座席に座り直す。

 「あら、もういいの?」

 恵理が聞く。

 「中に入ってしまえば、後は何とかなる」

 森が身を乗り出して答える。

 それから彼は、周囲を見渡す。


 敷地に入っても、屋敷までは随分と距離がある。

 屋敷までの間に広がる庭には、ゴルフ練習場やテニスコートが設置されている。

 それは笹島本人が遊ぶために作ったというよりも、来客用の施設だ。

 とは言っても、最近は来訪者も皆無に等しいらしいと、森は噂に聞いている。


 「笹島はいるんだろうな。ここまで来て、留守ということは無いだろうな」

 森が確認する。

 「間違いなく在宅よ」

 「電話して確かめたわけでもないのに、良く言い切れるな」

 「まだ私を信用してないの?」

 「現時点では、誰も完全に信用することは出来ない。井手以外はな」

 「ヒッチの絆は深いのね」

 「そういうことじゃない、俺が井手を信用しているだけだ。ヒッチのメンバーが全て絆で結ばれているわけじゃない」


 「ともかく、疑い深くなる事情も分かるけど」

 恵理は、顔だけを後ろに向ける。

 「笹島が在宅なのは確かよ」

 「分かった、ともかく前を見て運転してろ」

 森は突き放すように言う。

 「ちゃんと運転してるわよ」

 恵理は口を尖らせ、正面に向き直った。


 車は、敷地内の道を走っていく。

 道の両側は、赤茶けたレンガで縁取られている。

 ようやく、笹島の屋敷が近付いてきた。

 木造平屋建て、純和風の屋敷だ。

 外観は、どこか高級料亭のようにも見える。


 「よし、いよいよだな」

 森は、座席に座り直した。

 「警戒する必要は無いわ。あの人は何も危害を加えたりしないから」

 「それは実際に会って、俺が判断する。警備の人間は、どれぐらいだ?」

 「そんなの、いないわよ」

 「笹島ほどの男が、警備はゼロだと?」

 「ええ、そうよ。昔と違って、今の彼は狙われる心配も無い程度の存在になったのよ」

 「にわかには信じ難いが、それも行けば分かることだな」

 森は息を吐き、気合いを入れた。


 恵理が屋敷の前に車を停めるや否や、森はドアを開けて外へ出る。

 「ちょっと、焦らないでよ」

 後ろから聞こえる言葉に耳を貸さず、森は玄関へ向かう。

 いきなりガラスの入った格子戸を開けようとするが、全く動かない。

 「くそっ、鍵が掛かっているのか」

 「当たり前でしょ、そんなの」

 恵理が車を出て駆け寄り、インターホンを鳴らす。


 「はい」

 スピーカーから女性の声がする。

 「名砂恵理です、開けてもらえますか」

 「はい、今行きます」

 声が聞こえて間もなく、中年女性が玄関に現われた。

 「あれは笹島の女か?」

 森が小声で恵理に尋ねる。

 「バカね、女中さんよ」

 恵理はたしなめるようにささやく。


 女中が格子戸越しに森を見て、不信感に満ちた表情になった。

 「あの、この方は?」

 「この人は私の連れだから、大丈夫よ。笹島も彼のことは知っているわ」

 恵理は格子戸に近付き、大きめの声で女中に説明する。

 やや疑いが残っているような様子ではあったが、女中は開錠し、格子戸を開ける。


 「挨拶は後回しにさせてもらうぞ」

 森は女中を押し退けるようにして、土足のまま屋敷に上がり込む。

 「あっ、ちょっと」

 「森さん、靴ぐらい脱ぎなさいよ」

 2人の女性の声を無視し、森は屋敷の奥へズカズカと入っていく。

 「どこだ、笹島」

 森は叫びながら、手当たり次第に障子を開けていく。

 だが、どの部屋にも笹島の姿は無い。


 森は広い屋敷を突き進み、金の縁取りがされた障子に辿り着く。

 「ここか、笹島」

 勢い良く障子を開けると、そこは30畳の和室だった。

 その一番奥に、和服姿の老人が鎮座している。

 座布団の上で胡坐をかいているのは、紛れも無く笹島だった。

 「いたな」

 森は和室に上がり込み、笹島に近付く。

 「全て吐いてもらうぞ」

 しかし、笹島は微動だにしない。

 「おい、聞いてるのか」

 森は笹島の胸倉を掴む。


 「無駄よ」

 追い掛けてきた恵理が、鋭く告げる。

 「無駄なことがあるか」

 振り返り、森が言い返す。

 「本当に無駄なのよ、良く見て」

 恵理は、悲しげな表情になった。

 森は笹島に向き直る。

 高ぶった感情を抑え、冷静に相手の様子を観察する。

 笹島は口をポカンと開き、呆けた表情でヨダレを垂らしている。

 うつろな目は、どこも見ていないように感じられた。


 「これは・・・・・・」

 森は、笹島の胸元から手を離した。

 「半年ほど前から、そういう状態なのよ。何を言っても理解できないわ」

 恵理は、ゆっくりと森に歩み寄る。

 「これじゃあ、まるで廃人じゃないか」

 「その廃人なのよ」

 「まさか」

 「大病を患ったのは、報道されたから知っているでしょ。それは何とか治ったけど、後遺症でそうなったの。公表していないから、ごく少数の人間しか知らないけれど」

 恵理は笹島に歩み寄り、ハンカチを取り出してヨダレを拭いてやった。

 「こんな状態で、大それた計画を実行することが出来ると思う?」

 「・・・・・・」

 森は無言だったが、答えは決定的だった。

 もちろん、そんなことは不可能だ。


 「犯人が誰なのかは知らないけれど、笹島ではないわ」

 「もう言うな。そんなことは分かっている」

 森は、鋭い言葉を発する。

 確信を持っていただけに、ショックは大きかった。

 「だったら犯人は誰なんだ?井手の奥さんは、どこにいるんだ?」

 焦りが森に襲い掛かる。

 「ここに来て行き止まりかよ・・・・・・」



 時刻は10時47分。



 タイムリミットまで、残り13分。


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