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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
2/23

<2>

 「それで、その『AJ』へ行って何をすればいいんだ?」

 井手は歩きながら、マイクを通して男に尋ねる。


 「仕事に使う道具を渡す」

 「武器だな。ライフルか、それとも爆弾か」

 「待て。言葉には注意しろ」

 男が厳しい口調で命じる。

 「何のことだ?」

 「通りすがりの人々が不審に思っては困る。爆弾だの、殺人だのと、物騒な言葉は使わないようにしろ」

 「そっちは自由に喋って、俺には禁止事項があるのか」

 「立場が違うからな。それと、あまり大きな声で喋るな」

 「注文が多いな」

 「何しろ事が事だけに、注文も多くなってしまうのだ。守ってもらえるだろうな?」

 「ああ、守ってやるよ」

 井手はしかめ面をしながらも、声を潜めて返答した。


 「それで、道具ってのは何だ?」

 「それは行けば分かる」

 「どういう方法を取るのか、教えてくれないのか」

 「せっかちな奴だな」

 「早く教えてもらわないと、行動の計算が立たない」

 「それは殺しの計算かな。それとも、この仕事から逃げるための計算かな」

 男は、含みのある言い方をする。


 「お前が俺に求めているのは、どういう仕事か分かっているのか」

 井手は質問には答えず、言葉をぶつける。

 「いきなり準備も無しに赴いて、簡単に出来るようなことじゃないんだぞ」

 「そんなことは、君に説教されなくても分かっているよ」

 淡々とした口調で男が述べる。

 「だが、あまり早い段階で計画を全て明かすと、君は別の計算を始める危険性があるのでね」

 「そんなことを言って、本当は何も考えていないというオチじゃないのか」

 井手は挑発するように言う。

 しかし、男は全く挑発に乗って来ない。

 それどころか、ますます落ち着いた物腰になる。


 「まあ、君はこちらの指示に従っていればいい。それで全ては上手く運ぶ」

 「そう願いたいものだな」

 井手は言いながら、辺りをキョロキョロと見回す。

 自分を監視している人物がいないかどうか、確かめるためだ。



 携帯電話を持って行こうとした時、男はそれを見抜いたかのような言葉を口にした。

 それは、井手の近くに見張りがいたからなのか、それとも行動の先読みが当たっただけなのか。

 少なくとも、その時点で見張り役らしき人物は見当たらなかった。

 だが、瞬時に身を隠したのかもしれない。

 見張りがいる疑いは、まだ完全に解消されたわけではない。

 雑居ビルを出てからずっと、井手は辺りを注意深く観察している。


 人通りは、それほど多くない。

 それは、井手がそういうルートを選んで歩いているからだ。

 もしも人通りが多いと、監視役がいても判別することが難しい。

 井手は背後を歩く男に気付き、警戒心を強める。

 だが、その男は早足で井手を追い越し、脇目も振らず去って行く。

 何の関係も無い人物のようだ。


 その男が去った後、周りに人通りは無くなった。

 井手は周囲の建物を注意深くチェックするが、自分に視線を向けている人物は見当たらない。

 遠くの建物に見張りがいるケースも無いとは言えないが、その可能性はゼロに近いだろう。

 移動する井手を常に監視するためには、同じ場所に留まっていたのでは難しい。

 相手も移動する必要があるはずだ。



 (やはり、見張りの存在は無いようだな)

 井手は、確信に近い考えに至った。

 だとすれば、携帯電話に関する男の言葉は、偶然にも的中しただけということになる。


 (いや、単なる偶然とは言い切れないな)

 自分ならそういう行動を取ることを、相手が熟知していたのではないかと井手は考えた。

 しかし彼は、そのことに関する思考を中断し、ある目的を持った行動を開始する。


 井手は、『AJ』へ向かう道を外れた。

 見張りがいないとすれば、マイクがあるので声や音に注意する必要はあるが、動きに関しては大丈夫だろうと考えたのだ。

 彼は早足になり、自らの目的地へと向かう。

 しばらく歩き、井手は目指す場所に接近した。


 その時、イヤホンに男の声が聞こえてきた。

 「おい、どこへ行くんだ?」

 「どこって、『AJ』へ向かうんだろう?」

 井手は落ち着き払った態度で答える。

 それに対して、男は冷静に指摘した。

 「だが、そっちに『AJ』は無いぞ」

 その言葉を聞き、井手の動きが止まった。


 (バレている・・・・・・?)

 井手は、また辺りを見回した。

 だが、周囲に人の姿は全く無い。

 遠くのビルやマンションへも視線を向けたが、それらしき人影を見つけることが出来ない。

 (だとすると・・・・・・)

 井手は胸ポケットから箱型の装置を取り出し、凝視した。


 「そうか、発信機だな」

 「その通り」

 男は小さく笑った。

 「君に渡した装置には、発信機が取り付けてある。どこに行っても分かるぞ」

 「用意がいいな」

 「まあな。それで、どこへ行く気だった?誰かに助けでも求めようとしたのか」

 「小便がしたくなったから、公衆トイレに寄ろうとしただけだ」

 井手は心の動揺を悟られないように努めながら、釈明の言葉を捻り出した。

 「ほう、なるほど」

 男は、ゆったりとした口調で言う。

 「しかし、ミリタリー・ショップは公衆トイレではないぞ」

 「むっ」

 井手は、うなった。


 確かに、井出が辿り着いたのは、ガレージを改造したミリタリー・ショップだった。

 ミリタリー・ショップ『フィッシャー』は既に営業時間が終わり、シャッターが閉まっている。

 ガレージの左横には、縦に細長い店の事務所が隣接している。


 「ふふっ、発信機に気付いたところまでは良かったが、それだけではないのだよ」

 男が不敵に笑う。

 「何だと?」

 「ピンバッジ型のカバーに、超小型カメラが内蔵されているのだ」

 井手は、視線をピンバッジ型カバーに落とす。

 良く見ると、極小の穴が開いている。


 「君ほどの男が、発信機にも隠しカメラにも気付かないとはな」

 男は嬉しそうに言う。

 「ヒッチを辞めて、感覚が鈍ったのかな」

 「そうかもな」

 井手は唇を歪める。

 しかし発信機やカメラがあるのなら、道を外れた時点で分かったはずだ。

 男は『フィッシャー』に辿り着くまで、わざと泳がせたということになる。


 (こいつ、遊んでいるのか・・・・・・)

 井手の脳裏に、顔の見えぬ相手の得意げな様子が浮かぶ。

 「もう、妙な真似はするなよ。5秒以内に、そこから走って離れるんだ」

 男の冷徹な命令が届いた。

 「・・・・・くそっ」

 井手は苛立ったように声を上げ、拳を壁に叩き付けた。

 そして男に命じられた通り、その場から走り去った。



 井出が去った直後、『フィッシャー』の事務所のドアが開いた。

 中から、オレンジ色のスカジャンにジーンズ姿の男性が現われる。

 『フィッシャー』の店主、尾西常斗だ。

 大きな耳と鉤鼻が特徴的な、53歳の男である。


 井手が壁に拳を叩き付けたのは、苛立ちから来る行動ではなかった。

 そう思わせて音を立て、中にいる尾西に気付かせるためだったのだ。


 尾西はガレージの前に出て、窪んだ目で辺りを見回す。

 そして彼は、地面に落ちているキーホルダーを発見した。

 革細工にモルガンコインが付いたキーホルダーだ。

 尾西はキーホルダーを拾い上げ、つぶやく。

 「これは、井手の物だな・・・・・」



 この時、9時12分。


 タイムリミットまで、残り1時間48分。


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