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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
18/23

<18>

 「そろそろ、いいだろう」

 肘井は応接室の柱時計を見て時間を確認し、つぶやいた。

 ソファーから腰を上げ、応接室を出る。

 階段を上がり、書斎の前に立つ。

 肘井は緊迫した表情で、ドアを静かに開ける。

 須藤が椅子にもたれ掛かり、こちらに背を向けて座っている。


 「博士」

 肘井が歩み寄りながら、そっと声を掛ける。

 「おお、肘井君か」

 博士が、椅子ごと向き直る。

 「うわっ」

 大きな声を発し、肘井は一歩後ろへ下がる。

 「どうした、肘井君?」

 須藤は、けげんな表情を浮かべる。

 「何を驚いているんだ?」

 「いえ、別に」

 肘井は、激しく首を振る。


 「ところで君、ドアはノックしたかね?聞こえなかったように思うが」

 「ええ、ちゃんとノックしましたが」

 肘井は動揺を抑えながら、嘘を口にする。

 「そうか、私が気付かなかったのかな。そうだ肘井君、あまり詳しくは言えないが、私はしばらく死んだことにしておきたいのだ」

 須藤が言う。

 「死んだことに?」

 「だから、電話があっても取り次がないでほしい。もし来客があったら、全て追い返してくれ」

 「わ、分かりました」

 肘井は頭を下げ、書斎を出た。

 彼は階段を早足で下り、応接室へ戻って携帯電話を取り出した。


 「もしもし、肘井です。大変です、須藤博士は死んでいません」

 「何だと?」

 電話の相手は、静かに驚きを示した。

 「撃たれた形跡も無く、元気にしています。どうしますか、リーダー」

 肘井が聞いた。

 そう、電話の相手は、井手を脅している男と同一人物である。

 「井手の奴め・・・・・・」

 電話の向こうで、男がうなった。


 「須藤博士を始末しないと、今までのことが全て無駄になってしまいます」

 「分かっている、しばらく考えさせろ」

 男は、苛立ち混じりに言う。

 「リーダー、こうなったら、私自身の手で始末します」

 「何を言い出すんだ。そういうことを避けるために、わざわざ井手を利用したんだぞ」

 「分かっていますが、もう他に方法がありません」

 肘井は、切羽詰まった様子で告げる。

 「任せてください、必ず成功させますから」

 「おい、待て」

 肘井は男の言葉に耳を貸さず、電話を切った。

 激しい動揺のせいで、彼は完全に冷静さを失っていた。



 バイクを走らせていた養陸は、バイブ機能にしてあった携帯電話の着信に気付いた。

 彼は停車してヘルメットを脱ぎ、携帯電話を取り出した。

 「もしもし」

 「俺だ」

 電話の向こうで、低い声がする。

 「ああ、リーダーですか。もうすぐ到着しますが」

 「勲、少しだけ計画が狂った。まだ須藤博士が生きている」

 「えっ?」

 養陸の顔が険しくなる。

 「井手の奴が、騙しやがった。射殺しなかったんだ」

 男が憎々しげに言う。


 「その井手はどこに?」

 「既に須藤博士の家を後にしている。今頃は女房を捜しているんだろう」

 「どうします?」

 「そちらは何とかする。お前はそのまま予定通りに行動しろ」

 「しかし博士が生きているとなれば、予定が大幅に狂います」

 「いや、何を血迷ったか、肘井が博士を殺すと言って来た」

 「肘井が?」

 「止めようとしたが、電話を切ってしまった」

 「バカな奴だ。しかし、どうしましょうか?」

 「今さら止めようとしても遅いだろう。まあ何しろ秘書だから、殺し自体は簡単に成功するはずだが」

 「肘井め、勝手なことを」

 養陸は呆れたように言い、ヘルメットをバシッと叩く。

 「お前は気にせずに行動しろ」

 男が養陸に指示する。

 「ただし、1つ仕事が増えるぞ」

 「了解しました。それで、何をやればいいんですか?」

 周囲を見回しながら、養陸が聞く。



 「やってやるさ」

 肘井は床に視線を落とし、つぶやいた。

 それから応接室に置いてあったアタッシェケースを開け、書類の束を外に出す。

 アタッシェケースは二重底になっており、シグ・ザウエルP228が隠してあった。

 唇を舐め、肘井はシグ・ザウエルに銃倉をセットする。


 「もう、やるしかない」

 肘井は張り詰めた表情でつぶやく。

 そして足早に、書斎へと向かう。

 肘井は、乱暴にドアを開けた。

 驚いた様子で、須藤が立ち上がる。

 「どうしたんだ肘井君、ノックも無しに」

 「ここで死んでもらう」

 肘井は須藤に対して、初めて敬語を使わずに言った。

 「何を言って・・・・・・」

 須藤の言葉が途中で止まる。

 肘井がシグを構えるのを目にしたのだ。


 「なぜだ?私に恨みでもあるのか」

 肘井の目に宿る殺意に怯えつつも、須藤は問い掛ける。

 「恨みなど無い。ただ、博士が死んでくれないと、全てが水の泡だ」

 「むうっ・・・・・・」

 須藤が後ずさる。

 「死ねっ」

 肘井が鋭く言い放つ。

 須藤は体を硬直させ、観念する。

 そして銃声。


 しかし、それは須藤が思っていたより小さな音だった。

 銃声とほぼ同時に、うめき声が発せられた。

 その声を発したのは須藤ではなく、肘井だ。

 肘井は腕を押さえ、苦痛の表情を浮かべた。

 「むうっ・・・・・・」

 その視線は、ドアの方へと向けられている。


 「い、井手君」

 須藤が目を見開き、言葉を発した。

 その視線も、ドアへ向いている。

 そこには、ワルサーPPKを構えた井手が立っていた。

 先程の銃声は、彼が肘井の手を狙撃した音だった。

 床には肘井のシグが転がっている。


 「井手・・・・・・なぜ、ここに?」

 肘井が狼狽する。

 「お前が何かやらかすんじゃないかと思って、戻ってきたのさ」

 井手は言いながら、部屋の中に入る。

 「人が出て行ったら、ちゃんと玄関の鍵は掛けることだな。計画に夢中で忘れたのか。まあ、仮に鍵を掛けたとしても、俺は簡単に開けることが出来たがな」

 鍵開けの技術も、井手はマスターしている。


 「私を、疑っていたのか」

 肘井は後ずさりながら尋ねる。

 「博士が俺のことを話すとしても、昔の関係まで明かすはずが無い。それに、俺の顔まで知っているのはおかしい。そこで怪しいと感じた。それでも犯人グループかどうかは断定できなかったし、一旦は立ち去ろうとしたんだが、帰る時の挨拶を思い出してな」

 井手は肘井から目線を外さず、落ちているシグを向こうへ蹴り飛ばす。

 「挨拶?何のことだ」

 肘井は、右手首から垂れる血を気にしながら尋ねる。

 「何気無く言ったつもりだろうが、『ご苦労様』という表現は不可解だ。それは、犯人グループだからこそ口を突いて出てくる言葉だと確信した。それで戻ってきたのさ。もう博士が死んだと思って、気を抜いていたのか」

 「なるほど、それは失敗だったな」

 肘井は唇を噛む。


 「1つだけ感謝しておこう。お前が身体検査を中止して家に通してくれたおかげで、戻ってくる時は楽だった。忘れ物をしたと言ったら、ボディーガードは簡単に入れてくれたよ」

 「スムーズに暗殺計画を実行させるために、身体検査を止めたのに、それが裏目に出たわけか」

 「さあ、教えてもらおうか。詠美の居場所はどこだ?」

 井手が鋭く尋ねる。

 「それを教えると思うのか」

 肘井は、強がりの笑いを浮かべた。

 井手は無表情でワルサーを構え、彼の左足を撃った。

 「ぐあっ!」

 その場に倒れ込み、のた打ち回る肘井。

 須藤が机の向こうで、顔を背ける。


 「じわじわと脅しを掛けている時間の余裕は無いんだ。教えないのなら、次は右足を撃つぞ」

 井手は、再び引き金を絞る。

 「わ、分かった」

 それまで強気だった肘井は、一気に弱腰になった。

 「さあ、早く言え」

 井手が催促する。

 だが、すぐに彼は、

 「ちょっと待て、静かに」

 と唇に人差し指を当てた。

 不審な気配を感知したのだ。


 「誰か入ってきたな」

 井手はささやく。

 その“誰か”の気配は、玄関とは真逆の方向にあった。

 井手は、そこに殺気を感じ取っていた。

 「博士、こっちに裏口はありますか?」

 井手は気配のする方向を指差し、小声で尋ねた。

 「ああ、しかし全く使わないし、鍵が掛かっている」

 須藤も小さな声で返答する。

 だが、鍵を開けるような音はしなかった。


 瞬時に井手は推察し、肘井に視線を向ける。

 (こいつが裏口の鍵を開けて、仲間が入れるようにしておいたんだな)

 井手は素早く肘井の口を押さえ、銃床を首の後ろに叩き付ける。

 ガクッと肘井の頭が下がり、座った姿勢のまま失神した。

 そのままだと、肘井が叫んで仲間に井手の存在を知らせるだろうと考え、気絶させたのだ。


 「博士、隠れて」

 井手は小声で須藤に指示を出す。

 言われた通り、須藤は机の下に隠れて体を小さくする。

 井手はドアに近付き、開いた時に陰になる場所に隠れた。

 何者かが、ドタドタと足音を立てて階段を上がってくる。


 (無防備に足音をさせるということは、俺がいることには気付いていないな)

 井手は考えを巡らせながら、体勢を低くしてワルサーを構える。

 ノブが回り、ドアが開く。

 侵入者が部屋を見回す。

 ベレッタM92を手にした養陸だ。

 だが、特に警戒して銃を構えているわけではなく、無造作に手に持っているだけだ。

 まさか、室内に井手がいるとは思っていない。


 「おい、どうした?」

 肘井を見た養陸が、駆け寄ろうとする。

 ドアの陰に隠れた井手の視界に、養陸の姿が入る。

 井手がワルサーの引き金を引く。

 「うっ」

 弾丸が命中した音に、養陸のうめき声が重なる。

 狙い通り、右手の付け根に弾は命中し、養陸はベレッタを落とす。

 井手は素早くドアの陰から出て、養陸の背後に回る。

 養陸のこめかみにワルサーを突き付け、足でドアを閉める。


 「動くなよ」

 「い、井手・・・・・・。なぜ、ここに?」

 養陸が憎々しげな顔をする。

 「お前は質問できる立場に無い」

 井手はピシャリと言い放った。

 「肘井の仲間だな。だが、お前の役目は何だ?博士を殺すのに、肘井では力不足というわけか」

 「俺の仕事はクリーニングだよ」

 意外にも、養陸は素直に答えた。

 「クリーニング?ああ、殺人現場の後処理か」

 すぐに井手は理解した。

 「しかし残念ながら、須藤博士は死んでいないぞ。その前に、俺が戻ってきたからな」

 「くそっ、肘井の役立たずめ」

 養陸が苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。


 「さあ、詠美がどこにいるか、教えてもらおう」

 井手は銃口を押し付ける。

 「女の居場所か・・・・・・」

 そう言うや否や、養陸の体がスッと沈み込んだ。

 続けて、井手の右手首にパンチを突き上げる。

 「うっ」

 不意をつかれ、井手の手からワルサーがこぼれ落ちる。

 すかさず養陸は、振り返りながら腰の捻りを利用して左フックを放った。

 井手はスウェーバックでかわし、ボディー目掛けてアッパーを打ち込む。

 しかし養陸は、その拳を大きな両の掌でキャッチし、頭突きを見舞う。

 「ぐおっ」

 井手の体がよろめく。


 間髪入れず、養陸は眼球を狙ってストレートを打つ。

 ダッキングで回避した井手は、胴タックルを仕掛ける。

 バランスを失った養陸の体が、井手に押されて背中から倒れ込む。

 ズシン、と床が重い鳴りを発する。

 すぐに井手は体勢を起こし、落ちているワルサー目掛けて飛び込む。

 養陸も床を転がり、ベレッタに手を伸ばす。

 井手が一瞬早く拳銃を握り、引き金を引く。

 わずかに遅れて、養陸も発砲する。

 井手の弾丸は、養陸の腹部に命中した。

 「ぐはっ」

 養陸がうめく。


 一方、養陸の銃撃は狙いを外していた。

 「しまった」

 その声を発したのは養陸ではなく、井手だった。

 慌てて井手は、肘井に駆け寄る。

 養陸の放った弾丸は、肘井の胸を貫いたのだ。

 「おい、しっかりしろ」

 肘井の肩を抱き上げ、井手は呼び掛ける。

 だが、肘井の返事は無かった。

 即死していたのだ。


 「貴様、なんてことを」

 井手は振り返り、養陸を睨み付ける。

 「はっ、どうせ肘井は始末するつもりだった。ちょうどいい」

 腹からドクドクと血を溢れさせた養陸が、苦しそうに息をしながら強がってみせる。

 「お前が博士を殺していれば、そいつも死なずに済んだのにな、井手よ」

 「詠美はどこにいるんだ?教えたら医者を呼んでやる」

 井手は瀕死の養陸に近付き、尋ねる。


 だが、撃った張本人の井手は、相手が助からないことを知っている。

 そもそも、生かすつもりで撃ったのではない。

 情報を聞き出すには肘井がいればいいと判断し、殺す意図を持って撃ったのだ。

 「へっ、お前の奥さん、いい女だよな・・・・・・」

 それだけ言って、腹を真っ赤に染めた養陸は息絶えた。

 「くそっ」

 井手は自分の行動が招いた最悪の結果に、苛立ちを爆発させる。


 そこへ、階段を駆け上がる騒がしい足音が聞こえてきた。

 ドアが乱暴に開き、2人のボディーガードが姿を現す。

 ベレッタの銃声を耳にして、駆け付けたのだ。

 室内の様子を見て、彼らはうろたえる。

 「こ、これは・・・・・・」

 拳銃を持った井手を見て、彼らは警戒した様子を示す。

 「いや、彼は違うんだ」

 須藤が机の下から姿を現し、井手の代わりに釈明しようとする。

 そんな状況が全く視野に入っていないかのように、井手は苦悩の中に落ちていた。

 「こんなことになるとは・・・・・・」

 言葉と視線を床に落とし、井手は焦燥感を募らせる。



 時刻は10時37分。



 タイムリミットまで、残り23分。


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