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「くそっ、何も無いな」
清水は、苛立ちを吐き出した。
井手の部屋にある物を片っ端から引っくり返していたが、一向に手掛かりは得られない。
犯人に繋がる物も、井手の元妻に繋がる物も、全く見当たらない。
「清水刑事、これはどうですか」
生活スペースから事務所へと捜索の場を移していた米近が、ロッカーにあった黒い表紙の厚いファイルを持って来る。
「何だ、これは」
清水は受け取り、中を開く。
どうやら、探偵としての依頼案件や依頼主に関するデータのようだ。
「もしかすると、井手という男は依頼に関するトラブルで、事件に巻き込まれたのでは?」
米近が意見を述べる。
「いや、それはどうかな」
清水はファイルを閉じ、米近に返す。
「別の理由があると、清水刑事はお考えなのですか」
「いや、そこまでは分からんが」
「でしたら、このファイルを調べてみる価値はあるのではないでしょうか。依頼主の中に、人質を監禁した犯人がいる可能性もあると思いますが」
米近は強く主張する。
「それには賛成できないな」
「どうしてです?」
問い詰められて、清水は返答に困った。
彼が米近の推理に否定的なのは、井手がヒッチに関連することで事件に巻き込まれたと把握しているからだ。
依頼案件が云々という種類の事件ではない。
しかし、ヒッチという組織について、米近に説明することは出来ない。
森からも、絶対に喋るなと言われている。
ただし清水は、森に対する義理立てや約束を守ろうとする意識から、ヒッチについて語らないのではなかった。
それを第三者に話すのは得策ではないという考えが、虫の知らせのように脳裏にフッと飛び込んできたのだ。
「仮に依頼者の中に犯人がいるとして、絞り込むのは時間が掛かる」
清水は、米近の主張を撤回させるための理由を捻り出す。
「このファイルが全く必要の無いものだとは言わない。ただし、これを調べるのは後回しだ。もっと他に手掛かりが無いかどうか、探してくれ」
「了解しました」
意外に素直に、米近は引き下がった。
再び彼は、家宅捜索に戻る。
「しかし、このままでは、どうにもならんな」
清水は、独り言にしては大きな声を発した。
行き詰まりを感じた彼は、パソコンに目を向けた。
「こっちから攻めてみるか」
清水は、動画をチェックすることにした。
パソコンのデータを調べれば何か手掛かりが掴めるかもしれなかったが、清水にはそのことが全く思い浮かばなかった。
米近も気付かないのか、それを指摘しようとはせず、清水に命じられるままに家宅捜索を続けている。
ただし、井手のパソコンの中に、詠美に繋がる情報など何も無いので、例え調べていたとしても徒労に終わっていたが。
清水は再生ボタンを押し、動画に見入った。
まずは最後まで通して見終わった後、もう一度最初から再生を繰り返す。
その場所を突き止めるヒントが無いか、目を凝らす。
だが、室内には手掛かりになるようなものは見当たらない。
「外の景色が見られれば、手掛かりになりそうなんだがなあ」
清水は悔しそうに漏らした。
詠美が監禁されている部屋はカーテンを閉め切っているため、外が見えないのだ。
「くそっ、分からんな。署の方で、何か手掛かりは見つかっていないのか」
言葉を吐き捨ててから、清水は携帯電話を取り出した。
「清水刑事、署に電話ですか」
その動きに気付き、米近が声を掛ける。
「ああ、動画の分析がどうなっているのかと思ってな」
「それなら自分がやりますから」
米近は、清水の携帯電話を押さえ付けた。
「清水刑事は、自分の仕事を続けてください。自分が連絡します」
彼は清水の携帯を折り畳み、差し戻す。
そして、清水のスーツの内ポケットへ突っ込んだ。
「そうか、じゃあ頼む」
清水は、電話連絡を米近に任せることにした。
米近は自分の携帯電話を取り出し、ボタンを押して耳に当てる。
「あれっ、電波が悪いな」
彼は首をひねる。
「使えないのか?さっき、俺の携帯は普通に掛かったのにな」
清水も首をかしげる。
「すみません、ちょっと電波が悪いみたいなんで、外で掛けてきます」
米近は言いながら、もう清水に背中を向けている。
「ああ、分かった」
清水は、手で「行って来い」の合図を出す。
米近は髪をかき上げながら、部屋の外へと出て行った。
「電波が悪いんじゃなくて、お前の電話がポンコツなんじゃないのか」
清水は独り言を漏らしながら、動画のチェックを続ける。
慎重に目を凝らし、隅々まで細かくチェックする。
「何か見つかってくれよ、時間が無いんだからな」
祈るように、清水が言う。
何度か動画を見ている内に、米近が部屋に戻ってきた。
「すみません、電波の調子が」
ペコペコと頭を下げる米近。
「それはいいから、署の方はどうだったんだ」
清水は言葉を遮って質問した。
「ええ、動画の方は分析が進み、かなり場所が絞り込まれているそうです。もう一息だとか」
「もう時間が無いぞ、急いでくれないと」
人差し指でコツコツと机を叩きながら、清水が言う。
「それで、須藤博士の方はどうなっている?」
「そちらも今のところ、問題は無いそうです」
「そうか、分かった。こっちはこっちで、出来るだけのことをやるとしよう。お前は引き続き、家宅捜索に当たってくれ」
「了解しました」
米近はロッカーへ向かい、清水は動画に視線を戻す。
「頼むぞ、何か手掛かりをくれ」
独り言を口にしながら、清水は動画のチェックを繰り返す。
「んっ?」
清水の目が、気になるものを発見した。
マウスを動かしていた右手が止まる。
「今のは・・・・・・」
「何かありましたか」
森が振り向き、問い掛ける。
「ああ、ちょっと。こっちへ来て一緒に見てくれるか」
清水は米近を呼び寄せる。
動画の終了直前、19秒の辺りで静止させる。
「ほらっ、この辺りだ」
そう言って彼は、コマ送りで動画を再生した。
「何ですか」
米近が画面を覗き込む。
「動画が終わる直前に、一瞬だけカーテンが揺れて少し外が見えるんだ」
「でも外が見えると言っても、ほんの一部分だけですよ」
「それでも、何も無いよりはマシだ」
清水は顔を近付け、街灯に照らされた外の景色に意識を集中させる。
「これが突破口になってくれればいいんだが・・・」
時刻は10時27分。
タイムリミットまで、残り33分。




