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タイムリミット7200  作者: 古川ムウ
14/23

<14>

 井手は、高級住宅街に入っていた。

 閑静な佇まいを勝手に想像していた彼は、一箇所だけが、やけに騒がしいことに驚いた。

 その騒がしさの原因は、ある一軒の家でガーデン・パーティーが行われていることにあった。

 門からチラッと中を覗くと、着飾った女性達が甲高い声で喋っている様子が見えた。

 その家の3軒隣が、須藤博士の邸宅だ。

 (よりによって、こんな近くで、こんな日にパーティーか)

 井手は眉をしかめる。

 その後、すぐに何かに気付いた表情になる。

 (もしかすると、敵はそこまで計算に入れていたんじゃないだろうな)

 つまり、仮に須藤博士の家で大きな音がしても、パーティーの音に紛れて聞こえなくなることを想定していたのではないか、という推理が、井手の脳裏をよぎったのである。

 だが、例え騒がしかろうと静かであろうと、これからの井手の行動に変わりは無い。


 「もうすぐ、須藤博士の家だな?」

 男の問い掛けが来る。

 「ああ、もう目の前だ」

 一旦、井手は電柱の陰に身を隠した。

 「それより、どうしたんだ、小便にでも行っていたのか」

 井手は、男に尋ねた。

 しばらく向こう側からの言葉が無くなり、こちらから呼び掛けても応答が無い時間が続いたのだ。

 もちろん、井手は男が美奈や養陸と通話していたことは知らない。

 だが、何か計画に関することで動いていたのだろうと推測している。


 「こちらも、お前の相手だけをしているわけではないんでな」

 男は井手の質問の意味を理解したらしく、そんな言葉を返す。

 「私のことを気にする暇があったら、自分の仕事に集中したまえ」

 「集中はしているさ」

 井手は言いながら、電柱から顔だけを出した。

 視線の先に、須藤博士の豪邸を捉える。

 正面には鉄製の大きな門があり、その前には2人の屈強なボディーガードが立っている。

 片方は五分刈り頭、もう片方は眉の上に深い傷のある男だ。

 井手は須藤と何度も会ったことがあるが、自宅を訪れるのは初めてだった。


 「さあ、いよいよ本番だぞ。しっかりやってくれ」

 イヤホンから声が届く。

 「どうせ言っても無意味かもしれないが、念のために聞いておきたい」 

 「何だ?」

 「このイヤホンは、ボディーガードに気付かれる恐れがあるんじゃないのか」

 井手は、そのことが気になった。

 「博士の家に入る時は、外していいんだろうな」

 「いや、付けたままだ」

 男は、即座に言った。

 それは、井手の想定していた答えだった。

 たぶん拒否されるだろうと分かっていたが、一応、問い掛けてみたのだ。


 「しかし、もしも見つかったら、ボディーチェックを要求される危険もある。どうするんだ?」

 「さあ、どうなることやら」

 まるで楽しむかのように、男が言う。

 (もしかすると、わざと怪しまれるように行動させているのか?)

 そんな考えが、井手の脳裏に浮かんだ。

 だが、だとしても、その目的が分からない。

 「怪しまれた場合、叩きのめしてしまったらどうだ?」

 男は言う。

 「見物人は、簡単に言ってくれるぜ」

 井手は2人のボディーガードを視線の先に入れながら、言葉を返す。


 もしもボディーガードと格闘になった場合、捻じ伏せることは難しくないだろうと井手は考えていた。

 彼はヒッチ時代、元IBFヘビー級の世界ランカーを一発のパンチで倒したこともある。

 (しかし、出来ることなら無駄に騒ぎを大きくすることは避けたい)

 そんな井手の願いなどお構い無しで、男は微笑しながら言う。

 「ここから博士の暗殺が終わるまで、私は黙って見守ろう。健闘を祈るよ、井手君」

 「くそったれが」

 井手は罵る。


 彼はイヤホンのコードを耳の後ろに回し、なるべく見えにくいようにする。

 それから覚悟を決めて、須藤邸へと歩いていく。

 背筋を伸ばして真っ直ぐに歩みを進め、井手は正門へと接近する。

 すぐに2人のボディーガードが立ちはだかった。


 「失礼ですが、どちら様ですか?」

 五分刈り頭のボディーガードが、事務的な口調で尋ねてきた。

 「須藤博士の友人で、井手という者です」

 井手は穏やかな調子で告げる。

 「ご用件は?事前にお約束はされていますか」

 「久しぶりに博士が帰国しているということで、会いに来ました。アポイントメントは取っていません」

 井手は、ボディーガードの首の辺りに視線を向けて話した。

 目を見て話すと眼光の鋭さが不審に思われるだろうし、無闇に目を反らすのも怪しまれるだろうと考えたのだ。


 眉上に傷のあるボディーガードが、レシーバーを取り出した。

 室内にいる秘書・肘井慶里と連絡を取り、本当に井手が須藤博士の友人かどうかを確認しようとしたのだ。

 その一方で、五分刈り頭の男は井手をジロジロと見回す。

 男の視線が、井手の耳元でピタリと止まる。

 (怪しまれたな)

 井手は、察知した。

 五分刈り男は、肘井に連絡しようとしていた相棒に近付き、何か小声で告げる。

 「見ろ、あれは明らかに妙だ」

 「そうだな、先に調べた方が良さそうだな」

 そんな会話を、井手の鋭い聴覚が拾う。

 (これはマズいな)

 焦りながらも、井手は平静を装う。

 だが、不安は的中する。


 「失礼ですが、身体検査をさせていただきます」

 五分刈り頭のボディーガードが言う。

 「しかし、私は須藤博士の友人です。博士に確認してもらえれば分かると思いますが」

 落ち着いた口調で、井手は告げる。

 「念のためですから、ご協力ください」

 丁寧だが高圧的な言葉が、眉上に傷を持つ男の口から発せられる。

 「では、失礼して」

 五分刈り男が、井手に両手を上げるよう求めた。

 (止むを得ないな・・・・・・)

 井手の体に、緊張が走る。

 どう考えても、何事も無く通過するのは無理だ。

 井手は、ボディーガードとの格闘を覚悟し、瞬時に殴り掛かれるよう集中を高めた。

 騒がれないよう、一瞬で2人を倒さねばならない。

 拳の用意をした、その時。


 「あの、井手さんですよね」

 門の向こう側から、声がした。

 井手も2人のボディーガードも、その方向に目をやる。

 玄関から現われたのは、肘井だった。

 「井手不二雄さん、ですよね」

 肘井は近寄りながら、尋ねてきた。

 「ええ、そうです」

 井手はボディーガードに対する警戒を保ちつつ、返答する。

 肘井は深くうなずき、ボディーガードに指示を出す。

 「君達、この人のボディーチェックは必要無い」

 「いや、しかし・・・・・・」

 「いいんだ、博士の友人だから心配いらない」

 肘井はボディーガードの言葉を制する。

 そして納得いかない様子の彼らを尻目に、門を開けた。

 「さあ井手さん、どうぞ上がってください」

 「では、遠慮なく」

 軽く会釈して、井手は足を踏み入れた。


 肘井は、長い石畳を先導して歩いていく。

 広い庭や飾られた池は、初めての訪問者に感嘆のため息をつかせるだけの豪華さを誇っている。

 「夜分遅くに、すみません」

 井手は謝罪の言葉を述べた。

 「いえ、とんでもない。博士も井手さんが来てくれて喜ぶと思います」

 「どこかで、会ったことがありましたかね?」

 後を付いていきながら、井手は尋ねた。

 肘井が自分の存在を知っていたことが気になったのだ。

 博士に関わる仕事はしたことがあったが、肘井の顔に見覚えは無かった。

 もちろん、その当時はまだ肘井は秘書ではなかったので、見覚えが無いのは当然なのだが。


 「いえ、初めてお目に掛かります。そうですね、ご紹介が遅れました。私は須藤の秘書で、肘井慶里と申します」

 肘井は立ち止まり、振り返って丁寧に挨拶した。

 「どうして、俺のことを?」

 「須藤博士から話は聞いていますから。恩人だそうですね」

 「へえ、博士が。どうやら、随分と信頼されているようですね」

 「私は博士と一心同体のつもりですから」

 肘井は、胸を張って告げた。

 「博士は、仕事中ですか?」

 「書斎で仕事をなさっています。応接室でお待ちください。呼んでまいりますから」


 「いえ、それよりも」

 井手は、肘井の言い終わりに被せるように口を開く。

 「出来れば書斎に行って、2人きりで話がしたいのですが」

 「書斎に、ですか?」

 肘井は、いぶかしげな表情になった。

 井手も怪しまれるだろうと充分に承知していたが、その申し入れは、仕事をこなすためには必要なことだった。


 「ちょっと個人的な話があるもので」

 言葉を補うことで、井手は承諾を得ようとする。

 「そうですか。分かりました」

 肘井は、あっさりと受け入れた。

 「頼みます」

 井手は軽く頭を下げ、腕時計に目をやった。

 時刻は10時11分。



 タイムリミットまで、残り49分。


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