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「清水刑事」
探偵事務所のドアが開き、声がした。
清水が振り向くと、濃紺の3ボタンスーツを着た男が、そこに立っている。
「おう、米近」
清水が軽く手を上げる。
事務所にやって来たのは、清水の後輩刑事・米近経敏だ。
「どんな状況ですか」
米近は前髪をかき上げながら尋ねる。
「お前、その癖はやめろ」
清水は見咎めた。
米近は緊張するとすぐに前髪をかき上げる癖があるのだが、それが清水は気に入らない。
いつも注意しているのだが、なかなか直らない。
「ああ、すみません、つい」
米近は、慌てて右手を隠すような仕草を見せた。
「大体、そんなに緊張するような状況じゃないだろう」
「しかし、急を要する事件ですので」
堅い表情で、米近は言葉を返す。
米近は30歳、城南署に配属されて2年目になる。
アイドル風の甘いマスクで署内の女子からも人気が高いが、未だに独身だ。
まだまだ清水からすると刑事としては半人前だが、意欲の高さは伺える。
そこを清水は買っており、何かと良く面倒を見ている。
過激な考えを口にすることも多い男だが、それは熱い正義感から来るものだと清水は受け取っている。
「それにしても、お前だけなのか、応援に来たのは」
清水は、不満そうな表情で米近に尋ねた。
「ええ、東武課長の指示で、そういうことになりました」
「課長が?どういうつもりなんだ、あの人は」
「何しろ隠密に行動せよという清水刑事からの指示でしたので、こちらは1人で充分だろうということに」
「充分ってことは無いんだがな」
清水は頬を引きつらせる。
「いえ、充分というのは言葉のアヤですが」
米近は慌てて弁明する。
「しかし署の方では送られた動画の分析を急いでいますし、それに須藤博士の方にも人員が回っていますので」
「そういう都合は分からないではないが、しかしなあ」
「須藤博士の所で、現われた井手の身柄を確保すれば、犯人や監禁場所に繋がる手掛かりが得られると思います。早急に行動すべき中で優先順位を考えた結果、こちらに回す人員は最小限になったということです」
「まあいい。その辺りで説明は終了しろ」
清水は、さらに説明を続けようとする米近を制した。
「時間に限りがあるんだ。ゆっくり喋っている時間は無い」
「確かに、そうですね」
米近はうなずく。
「暗殺者が井手だけと仮定すれば、警官の人数の方が遥かに多いはずだから、博士の安全は確実だろう」
清水が言う。
「ええ」
「俺たちが最優先すべきことは、人質の監禁場所を突き止めることだ。そのために、部屋を調べて手掛かりを探しているんだが」
「何か見つかりましたか?
「いや、まだ目ぼしい情報は全く見当たらん。せめて奥さんの住所ぐらい分かればいいんだがな。お前も手伝ってくれ」
「分かりました、では私は奥の方から探します」
米近は、井手の生活スペースへと入っていく。
「ああ、その前に」
清水は米近を呼び止めた。
「何です?」
「こっちでも監禁場所の動画をチェックしたいと思ったら、どうすればいいんだ?」
「どうすれば、とは?」
米近は、聞き返した。
「つまり、動画を再生するにはどうすればいいんだ?」
「再生ですか」
けげんな表情で、米近がパソコンに近付く。
「それなら、マウスでこのボタンをクリックすればいいだけですが」
米近は、実際にやってみせた。
「ああ、そうか。それと、この動画は途中で止めることも出来るのか」
「もちろん出来ますよ」
米近は一時停止やスロー再生など、幾つかの簡単な操作方法を教えた。
「なるほど、分かった」
「清水刑事、そこまで機械音痴なんですか」
「悪かったな」
「いえ、別に悪くはありませんけど。ただ、それでよく動画を署のパソコンに送ることが出来ましたね」
「んっ?ああ、その操作だけは偶然にも知っていたんだ」
清水は、目を反らしながら取り繕った。
「さあ、そんなことより急がないと。人命が懸かっているんだぞ」
清水は強い口調で告げる。
時刻は10時00分。
タイムリミットまで、残り1時間。




