8 それぞれの『久しぶり』
明日の夏休みを目前に控えた終業式が終わり、3年F組は一気にハイテンションになっていく。その中でも特に盛り上がった男女が勝手に企てた計画が、『菅沼先生んちでバーベキュー』だった。
「えっ!?マジマジ?やりてー!」
これが受験生の先生だとは思えない。この教師は生徒の意見にノリノリになってバーベキュー計画に乗っていく。
成瀬弘樹は教室の片隅で彼らの会話を聞きながら、半分は自分に関係ないものだと思っていた。もし自分が克也の家へ行ったら、唯に会う可能性がある。今までどおりに話したいのだが、たぶん気まずくなってしまうのがオチだった。
「よっしゃ!じゃぁ、夏休みに超暇なヤツは俺んち集合!特別に参加費はタダにする!知らない友達とかも誘っていいぞ!」
克也の一声に、わぁっとクラス中が歓声に溢れた。
結局、その後行きたい人だけ黒板に名前を書くことになり、帰りがけに弘樹が見ただけでクラスの半分以上がバーベキューに行くことになっていた。
「来るよな?」
科学実験室で宿題をやっていると、まるで当たり前なことを確認するかのように克也が尋ねてきた。
「なに?」
「バーベキュー。大勢いたほうが楽しいだろ?」
「行くかよ。これでも受験生なんだよ。そんなことやってる暇なんてないし」
つっけんどんに言ってやると、克也は指で赤ペンをぐるぐる回しながらキャスター付きのイスを転がして弘樹の傍までやって来た。
「顔出すくらいならいいだろ。まぁ俺としては、弘樹が来なかったらこないだお前と坂井がチューしてたこと話せるからいいんだけど」
「・・・!なんで知ってんだよ!?」
さすがに恥ずかしくなって大声で反抗すると、克也はニヤニヤと笑って、
「玉木先生から。あの後どうなりました?って聞いたら教えてくれました。あー夏休みが楽しみだねぇ・・・」
完全に面白がる気でいるこの性格破綻者にとうとうあきらめて弘樹はため息をついた。
「わかったよ。行くから・・・行くからそのことは忘れろよ」
克也は答えずに自分が元いた場所へ戻っていく。嫌な感じだ。
▽
「あっ!玉木先生、ちょっといいですか?」
職員室から出た直後、ちょうど廊下にいた弘樹に言われて玉木有子は人気のない印刷室へと連れ込まれた。その尋常ではない様子に、何かトラブルでもあったのだろうかと心配になってしまった。
「成瀬君・・・?どうしたんですか?」
「あの・・こないだの・・・・・・・・・・だぁぁぁ!もういいです!!」
なんだかよくわからないが、何かを言いたかったが途中でそれをやめたというところだろう。弘樹は深々とため息をついて玉木に向き直る。
「先生はいつ克也に告るんですか?」
その言葉のほうがよっぽど衝撃的だった。
「こここ告るなんて・・・!そんな滅相もない!むむ無理です・・・」
「あいつ、絶対自分から告白なんてしませんよ。今までずっとそうだったみたいだし」
「そっそうなんですか・・・」
やっぱりあれだけかっこいいだけある。自分から告白したことがないなんてまるでドラマやマンガの世界の話で、玉木には想像できなかった。
だけど、告白なんてできない。だって玉木は自分がフラれてしまうことがなんとなくわかっていたからだ。克也は玉木や保健室の尾崎と話しているとき、目の前の相手ではないどこか遠くの人を見ている気がするのだ。
「今度、克也んちでバーベキューやるみたいなんです。先生も行こうよ。克也と話せるかもしんないし」
「はい・・!絶対行きます!」
それでも少しでも克也と話せる機会があるのなら絶対行きたかった。玉木はまるで子供のように顔をほころばせながら何度もこくんと頷いた。
▽
8月のお盆前、クラスメートがそれぞれに持ち寄った食材でバーベキューが行われた。
菅沼家の庭は思った以上に広い。クラスの半分以上が集まってバーベキューをするのに十分な広さだった。
「よっしゃー!肉焼くぜー!」
成瀬弘樹が到着した頃にはすでにバーベキューは始まっていた。みんな食材を持ってきていることに驚きながら、自分は率先して肉を狙った。どうせタダならとたらふく食べまくった。くどいようだが、弘樹は何も食材を持ってきていない。
一段落ついてふと辺りを見渡すと、知らない人も大勢いることに気づいた。その中に唯がいるかもしれないなと、どこか他人事のように考えた。
と、そのとき、弘樹の座る隣のイスに座ろうとする気配があった。無意識にその人物を目で追って・・・驚いた。
「久しぶり」
野球帽に、今日はサングラスではなくて黒縁眼鏡をかけた坂井真琴だった。彼女は焼肉のタレの入ったアルミの皿を持って弘樹に笑いかけた。
「スガヤンに誘われたんだ。バーベキューやるから暇だったら来ないかって」
「暇だったんだ」
「今日は午前中で終わり。っていうか、来たかったから何も入れなかったの」
そう言っておいしそうに焼肉を食べる。暗くなってきたので、彼女が坂井真琴だと気づく者はいないようだ。だから、サングラスをかけてこなかったんだろう。
「少年にお礼しなきゃだもんね。今度ご飯でも奢らせてよ」
まるでデートにでも誘われているかのように思えて弘樹は照れくさくなってしまった。慌ててなんでもない素振りでこくんと頷いておく。それでも真琴の視線を感じて、挙動不審にあさっての方向を見ようとした。
「あ・・・」
思わず固まった。そこにはここ3ヶ月間、まともに顔を合わせていなかった好きな人の姿があったのだ。唯も弘樹に気づいているようで、目が合った瞬間、露骨に顔をそむけられた。
「ごめん。俺ちょっと・・・」
「えっ・・弘樹!」
初めて名前で呼んでくれたことにも気がつかずに弘樹は飛び出していた。どうしても唯と話したくて・・・・
会って何を話せばいいのかわからない。ただ唯を困らせるだけなら行かないほうがいいのかもしれない。だけど、この足はもう止まらなかった。
「唯!」
菅沼家の玄関前でようやく呼び止めると、唯はおそるおそる振り返った。その表情はなんだか気まずそうだった。弘樹は唯に会いたいがために早起きしていた自分を思い出した。例え失恋したいたとしても、唯とはこれからも仲良くしていきたかった。
だから、自然と笑顔になって言うことができた。
「久しぶり」
▽
「せんせー!弘樹のヤツ酔いつぶれてまーす!」
一部の男子に抱えられた弘樹の表情を見て、菅沼克也はまず何があったのか知りたくなった。顔はお酒を飲んだ後のように真っ赤で、文字通り酔っているんだろう。
「誰だー?弘樹に酒飲ましたヤツはー?」
「俺たち止めたんだけど・・・1人で勝手に飲みまくって・・・」
彼らが嘘を言っていないことくらい目を見ればわかる。克也はやれやれとため息をついて生徒たちから弘樹の体を預かった。
「家近いし、送ってくるわ。ちょっと留守にするからよろしくな」
「了解です」
車のキーをポケットから取り出し、ボタンで鍵を開ける。弘樹は完全に酔いつぶれているらしく、今は声をかけても起きない。そんな弘樹を後部座席に寝かせて自分は運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
酒の持ち込みは禁止と言っておいたので、弘樹が飲んだのは克也の家の冷蔵庫にあったビールだろう。なんだってそこまでして飲む必要があったんだろうか。
車は程なくして住宅街に入り、克也は目的の家の前で車を停める。弘樹を起こす前に先に事情を家の人たちに説明したほうがいいだろうと考えて、インターホンを押しかけた・・・そのときだった。
特に何の音もしなかったが、気づいてしまった。
すぐ傍に人がいることに。
そして、それが誰であるかということも。
「・・・久しぶり」
克也はゆっくりとその人物を見て呟いた。
「亜紀・・・・・」
弘樹の姉の名前を。克也にとって世界で1番好きだった人の名前を―・・・
ラブコメに書こうと思ってたんだけど
どんどん地底近くに沈んでいってる気が…
すいません…
このバーベキューもう少し続きます。




