23 嫌な予感
夜7時、成瀬弘樹は菅沼家を訪問した。
「弘樹君じゃない!さっき亜紀ちゃんがここに来たよ」
「姉ちゃんが・・・?」
唯と克也の母にそう言われて弘樹はきょとんとなった。それから最悪な考えが頭の中に浮かんできた。
もしかしたら、亜紀は旦那が唯と会っていることを知っているのかもしれない。今日はそのことで唯に怒鳴り込むつもりできたのかもしれない。
「おばさん、唯いる?」
「まだ帰ってきてないみたいだねぇ。克也ならいるから部屋にいると思うよ」
「じゃぁちょっとお邪魔します」
すでに亜紀が帰ったものだと思い込んで弘樹は2階の克也の部屋へと駆け上がっていった。
▽
その少し前、菅沼克也は亜紀と一緒に自分の部屋の中にいた。ドアに背を預け、亜紀に抱きしめられる状態で。
しばらくいろいろな考えをめぐらせたが、意外にも自分の頭の中は冷静に判断することができた。
だから、ゆっくりと亜紀の肩を押した。
「・・・かっちゃん?」
「確かに8年前までは・・・っていうか、1年くらい前までの自分だったら、亜紀にそう言われたら嬉しくて今頃何してるかわかんねぇ」
「・・・・・・」
「だけど、さっきも言ったけど、マジで好きな人ができたんだ。他の人のことその人以上に想えない・・・ごめんな?」
はっきりと言い放つと、亜紀は俯いたまま小さく頷いた。少し押しただけでそのまま倒れてしまいそうな錯覚を覚えて不安になる。それと同時に、急にこんなことを言ってきた理由が気になってしまった。
「かっちゃんは・・・その彼女のことが大好きなんだね」
「うん・・・・あのさ、何かあったのか?俺で良ければ相談になるよ」
しかし、亜紀は何も言おうとしない。ただ黙ったまま俯いていたが、やがて顔を上げたかと思うと、静かな、しかしはっきりとした声で言った。
「お願い・・・・・キスして・・・」
ただ懇願するように、瞳を潤ませて。
▽
2人の会話をドアの外で聞いてしまった成瀬弘樹はいよいよやばいと思った。
もし克也が亜紀の告白を受け入れてしまったら、姉と義兄が別れることになり、家族がぎこちなく、菅沼家ともぎくしゃくした関係になると思う。すさんだ未来家系図を想像して、なんとしても阻止しなきゃと思った。
「ちょっと待ったぁ!!」
勢いよくドアを開けると、ちょうどドアの傍にいた克也にばんっと当たった。ぐぇっとカエルが潰れたような声がしたが、無視して亜紀に詰め寄る。
「だめだ!そんなことしちゃ・・・!」
「弘樹!」
「姉ちゃんがこいつを好きだったのは昔の話だろ!?今は誰が好きなんだよ!?」
こいつ呼ばわりされた克也は痛そうに背中を押さえながら、ばしっと弘樹にツッコミを入れる。対する亜紀は困ったような顔をしてしまった。
「とにかく・・・俺がなんとかするから!」
「知ってるの・・・?」
亜紀が驚いたように尋ねる。弘樹は黙って頷いた。
「全部知ってる。だけど・・・だからってこれじゃぁ、だめだろ」
「わかってるけど・・・・どうしようもないんだもん」
「だから、俺がなんとかする」
克也の受け売りの『なんとかする』。弘樹にそれができるかどうかはわからないが、やってみるしかなかった。
亜紀のためにも、克也のためにも、旦那のためにも、玉木のためにも、唯のためにも・・・・・そして、自分のためにも。
「待てよ!弘樹!」
弘樹が部屋を出ると、ただ1人事情を理解していない克也が追いかけてきた。割と乱暴に後ろ首を掴まれたので、とっさに腕が克也のほうに伸びてしまった。瞬間的によけた克也の手が弘樹から離れる。その拍子に弘樹はバランスを崩してしまった。
「わっ・・・・」
目の前に広がるのは、下へと続く階段。落ちる・・・と思ったとき、また後ろから腕を掴まれて強引に引っ張られた。
「あっぶねー・・・」
間一髪で克也に助けられたらしい。気がつくと克也の腹の上に乗っている形になっていた。
「ワリィ・・・・」
「それより、意味わかんねぇよ。お前どこ行くつもりだよ?」
「克也には関係ない」
と言ったのも事実だが、本当は関わってほしくないということのほうが大きかった。もし唯が不倫していると知ったら、きっと克也はずるずると引きずるくらい負い目を感じてしまうだろう。
とにかくその場から離れようと立ち上がろうとしたが、弘樹は克也によってまた腕を引っ張られて尻餅をついた。いい加減痛みが体に伝わってくる。
「何すんだよっ!」
「なんか嫌な予感がする。やめとけ」
「はぁ!?意味わかんねぇよ」
「こういうカンは昔から当たんだよ。何するのか知んないけど、とにかくやめとけ」
弘樹は克也の忠告を無視して階段を駆け下りる。しかし、このときは気づいていなかった。 まさか克也の言葉が現実になるなんて・・・・・
▽
「真琴、1日早いけど誕生日おめでとう!」
その言葉と共に、マネージャーの藤村が差し出したのはかわいくラッピングされた袋だった。
「わー!ありがとうございます!開けてもいいですか?」
「オッケー」
坂井真琴が袋を開けてみると、ずっとほしいと思っていたペンダントが入っていた。この値段を知っていたため、真琴は嬉しさと共に申し訳なく思ってしまった。
「すっごい嬉しいです・・・ありがとう・・・・・」
「気に入ってもらえたら嬉しいな・・・・・そうだ、明日は弘樹君と過ごすの?」
真琴は恥ずかしそうに俯いたが、小さく答えた。
「1日は私の誕生日だし、2日はあいつの誕生日だから、一緒に過ごせたらなーって思ってます」
そこまで言うと、藤村がニヤニヤと笑っているのがわかった。真琴は慌てて言葉を付け足す。
「あ・・ついでですから。大丈夫、次の日の仕事には何も影響ないですから」
「はいはい。スキャンダルだけには注意してよ・・・・・っれ?」
「どうしたんですか?」
藤村が奇妙な声を出したことで疑問に思う。最初藤村はジーパンのポケットを探っていたのだが、何もなかったらしく次にバッグを探し始める。
「ないのよ。ケータイが」
「どこかに忘れてきちゃったんじゃないですか」
「そうかもしんない。ちょっと事務所に戻ってもいい?」
藤村が出て行ったので暇になった真琴は、車のカーナビゲーションについているテレビをつけた。
そこで見てしまった。
真実を告げる者の姿を。自分の知らぬ間に告げられていた。
「おばあちゃん・・・・・」
幸せが音をたてて崩れていくのを感じた。
それと同時に隣に黒い車が停まって、中から人が出てきた。がちゃんと真琴が座る助手席を開けて出てくるように促す。
幸せだったなぁ・・・・
ありがとう・・みんな。感謝してます。
弘樹・・・・・ごめん。約束守れそうにないや・・・・・
▽
それは、あまりにも突然な別離の知らせだった。
現時点では何が起こったのかさっぱりわからないです。
最終回がいつになるのかはわかりませんが、
これが最後のややこしい出来事になると思います。
できればもう少し彼らの話におつきあいください。