21 克也と玉木
3月最後の補講の日、玉木有子が学校へ行くと、ちょうど職員玄関の近くで克也の姿を見つけた。昨日のことを謝らなきゃと思い、思わず声をかけた。
「菅沼先生」
克也はちらりとこっちを見たが、まだ怒っているのがわかった。玉木は焦りながらも次の言葉を考える。
「昨日のことなんですけど・・・」
「あれは俺が悪かったです。言い過ぎたなって思いました」
やっぱり怒ってる。昨日一晩でいろいろと考えたことが再び玉木の頭の中に蘇ってきた。もし別れようとか言われたら・・・もし気づかずに克也を傷つけていたら・・・間違いなく傷つけていたことはわかった。最低だ・・・
別れようって言われたらどうしよう・・・・・どうしよう・・
「玉木先生・・・?」
克也を傷つけてばかりだ・・・・・
「ごめんなさい・・・私、自分のことしか考えてなくて・・先生のこと傷つけてばかりです・・・・・もうこれ以上先生に迷惑かけたくない、から・・・わ」
「言うな!」
玉木の言葉を廊下中に響き渡る声で遮る克也。びくっとして顔を上げると、克也は俯いて口元をきつく結んでいるのがわかった。
「聞きたくないです・・・これ以上。そんな理由で別れるなんて言わないでください・・」
「あ・・・ごめんなさい・・・・・」
「玉木先生が俺のこと嫌いになったら、そのときは潔くあきらめるけど・・・そんな理由だったら俺は別れるつもりないから・・・・」
それだけ言って克也は職員室へ向かっていく。
さっき自分が言いそうになった言葉を思い出して玉木は泣きそうになってしまった。その言葉で、また克也を傷つけたから―・・・
▽
「あのなぁ・・・普通デートの待ち合わせ場所が母校の科学実験室なんてありえないだろ」
うんざりとした表情をする菅沼克也とは異なり、弘樹は嬉しそうに笑う。
「だってここが1番安全だし」
「お前悩みなんてなさそうでいいなぁ・・・」
と、そのとき、ドアが開いて、帽子にサングラスをかけた女の子が顔を出した。
「あれっスガヤンがいる」
「だーかーらー・・・ここは俺の縄張りだっつの」
だんだん自分がここにいる理由がわからなくなって克也はすごすごと教室を去っていこうとする。しかし、それを弘樹の言葉で遮られた。
「しばらく会えないと思って、玉木先生が自分に相談もなく海外研修を決めちゃったことをイジけてる克也君にアドバイス。先生を泣かせちゃだめだよ」
「お前・・・なんで知ってんだよ!?」
さすがに驚いて問いただすと、弘樹はにーっと笑って見てくる。
「さっき玉木先生が元気なさそうに歩いてたから声かけたんだ。そのついでに少し相談にのってあげただけ」
何も言えずにそのままドアの向こうに立ち去る。まさか弘樹から助言をもらう日が来るなんて思わなかった。
もう今日は学校が終わりだ。克也はある場所へと向かった。
ピンポーン
夕方、玉木のマンションの玄関口でインターホンを押すと、「はい・・・」という元気のない声が返ってきた。
「菅沼です」
『すがっ・・・・・菅沼先生!?どどどどうしたんですか!!』
「話があるんです。開けてもらえませんか?」
『はっはい・・・・・』
ドアが開く。まるで不安に思っている玉木の心情を表すかのようにゆっくりと。
克也は中に入っていった。
▽
「まず謝ります。朝、怒鳴ったこと・・・」
突然の克也の訪問に驚いたが、玉木有子は一瞬で部屋の片付けを終わらせて彼を迎えることができた。そして、リビングで克也が最初に言った言葉だった。
「・・・・俺、すげー小さい男でした」
「いっいえ・・・私も何も言わなかったし、それに・・・あっさりいってらっしゃいって言われるほうが嫌です」
心からの言葉を言うと、克也は安心した表情をする。こういうところに妙に親近感がわいてしまう。いつもしっかりとしてて男らしい克也だが、たまに見せる子供っぽいところがかわいいと感じてしまう。
玉木はコーヒーを淹れたマグカップをテーブルに置き、克也の向かい側に座った。
「いつからなんですか?」
「7月の後半から1ヶ月間・・・夏休みの間です」
「へ?」
何に驚いているかは知らないが、玉木はもう何も隠さずに話すことを決めた。まさか1年会えないと克也が考えていたなんて彼女が知るよしもない。
それよりも玉木は言いようのない不安が胸の中を渦巻いていた。
「あの、菅沼先生・・・先生がいろいろな人から人気があって、すごくモテモテだったんだってことはわかってます。先生には私みたいな地味な女は似合わないってことも。だ・・・・」
「待ってよ!」
「だけど!」
克也の言葉で遮られそうになるのを玉木はさらに大きな声で制した。自分の気持ちを言うために。
「だけど・・・わかってるけど・・・・・私は、菅沼先生のこと・・・誰よりも好きです!」
▽
「スガヤンって手が早そうだよね」
ショッピングモールで靴を見ているとき、ふと真琴が呟いた。それを聞いた成瀬弘樹は苦笑してそれに答える。
「早いだろうなぁ・・・でも今回は3ヶ月あってもたぶんまだ何もしてないからなー・・・」
よく耐えられるよなと考えていたが、その頃克也がどのような行動を取っているかは弘樹には全く想像がつかなかった。
▽
気がついたら克也が傍に来ていて、驚く間もなく唇を押し当てられていた。
「・・・・っ!」
初めてのときとは違う、角度を変えて何度も押し当ててくる。力に負けて玉木有子はそのまま体を押し倒されてしまう。
「すがっ・・・・せん・・・・待って!」
慌てて克也の体を押すと、はっとしたような表情で彼は固まる。
びっくりした・・・・
玉木は心臓がばくばくと音をたてるのを感じていた。顔が真っ赤になったまま起き上がれなくなってしまった。
「あんま・・・かわいいこと言わんでください・・・・・俺、絶対手出しちゃうから」
克也の声は今のことを後悔しているようにも聞こえた。恋愛に不慣れだから、こういうとき玉木はどうすればいいのかわからない。だけど、怖いものなんて何も感じていなかった。
だから、ゆっくりと手を伸ばして、克也の手を握る。
「玉木先生・・・?」
顔を真っ赤にして玉木はぎゅっと目を閉じた。
部屋の電気は全て消してくださいとお願いしたが、克也はベッドの近くにあるスタンドだけは消してくれなかった。妙に明るさを感じながら、玉木はベッドに座りこむ。
「なんか照れますね」
苦笑しながら克也もベッドの隅に座りこんだ。ベッドが少し揺れる。
「緊張します・・・・・」
「俺も・・・こんな緊張するの初めてかもしんない」
心臓が爆発しそうだ。玉木は一生懸命抑えようとしているが、目の前に克也がいると思うとそれだけで無意味な行動になる。
「・・・・・心の準備ができ・・ました」
小さく声を振り絞ると、克也の右手が玉木の左肩に触れ、そのまま優しく押し倒された。そして、玉木に覆い被さるように肘をついて顔を近づける。
「大丈夫・・・・・リラックスしてて・・」
「・・・・・はい」
克也の配慮が嬉しくて、玉木は自然に笑顔になった。同時に克也も笑顔になる。
後は自然に、2人は唇を合わせた。
今思ったんですけど、なんで玉木は下の名前で
書いてないんだろう……特に深い意味はありませんが。
次回はこの続きです(うわー)
きっともうすぐ最終回になると思います。