20 答え
時は少し遡る。
玉木有子がその話を知ったのは、冬休みが明けてすぐのことだった。
「海外研修・・・・・」
それは玉木たちの働く高校と姉妹校であるイギリスの高校で、交流を深めるために生徒の交換留学、そして教師の研修が行われているそうだ。
「あら、玉木先生。それに興味があるんですか?」
尾崎がひょっこりと現れて、玉木はどきっとしてしまった。克也とつきあう前から、尾崎が克也を好きなことを知っているからだった。知られてはいないが、どうも後ろめたくなってしまう。
「はっはい。やっぱり英語が好きなんで・・・」
「いい経験になると思うし、志願してみたらどうですか?向こうの高校は大きくて綺麗だって好評なんだそうですよ」
行ってみたい。何日か考えたが、日増しにその思いは強くなった。克也に相談してみようと思ったが、生徒たちのことを必死に考えている彼にこんなことを言うことができなかった。
そうしているうちに、志願締切日が近づいてきて・・・・・
玉木は志願してしまった。
▽
「お父さんです・・・・・」
成瀬弘樹が週刊誌のことを問いただす前に、真琴は弁解をした。
「私の本当のお父さんはもう死んじゃってるの。写真に載ってたのは新しいお父さんで・・・まだハタチなんだ」
「若いね」
それが弘樹の反応だった。真琴は気まずそうにこくんと頷いた。
小さく載った深夜デートの記事だったが、今まで清廉潔白だった真琴の初めてのスキャンダルだってこともあり、昼頃から放送されるテレビでは割と大々的に放送されていた。ただ、さすがプロなだけあって、この記事を完璧に信じているわけではないようだったので安心した。
「お父さんが18で、お母さんが40歳・・・22歳の年の差で結婚したの」
愛に年の差は関係ないと言うが、実際に身近にそれを感じて弘樹は感心してしまった。
「そのときからかな・・・年下の男の人が苦手になったのは」
「坂井さんはお父さんのことが苦手なの?」
「そうじゃないけど・・・・・お父さんっていう年齢じゃなくて、上手く話せないんだ。どうすればいいんだろ・・・」
いつになく自信のない真琴の様子に弘樹は戸惑ったが、いつもと違って困り果てることなくけろっと答えた。
「お父さんとお母さんのところへ行ってみなよ。きっと答えが見つかるから」
「どういう意味・・・?」
「そのまんまの意味だよ」
答えがわからなかったわけではない。きっと真琴ならそれを見つけられると思ったからこその言葉だった。
▽
そして、翌日・・・
「一昨日深夜デートが報じられましたが、実際はどうなんですか?」
記者からに質問に真琴は笑顔で答える。
「一緒にいたのは私のお父さんです。まだ若いんですけど、大切な家族と会っていただけなので・・・・デートとかそういうものじゃないんです」
照れくさそうに語る真琴の様子に、ワイドショーではこれは真実なんだと放送された。
その様子をテレビで見て、弘樹はほっとしていた。
「・・・・少年の言ったとおりだね。両親の元へ行ったら、今まで考えていたことが全部吹っ飛んだよ」
隣で笑う真琴はテレビをぶちんと切った。
「もっとちゃんと話せばよかった」
「いいじゃん・・・話せたんだから」
「なんか少年が大人に見える・・・・・・ムカツクなぁ」
「克也に頼まれたんだよ。坂井をよろしくって。だから、ご両親が外国に行ったときは俺が親代わり」
弘樹は克也が行っていたことを思い出しながら言う。これで、今まで不思議に思っていたことがなんとなく繋がったような気がする。それと同時に、真琴は克也のことが好きなんじゃないかと考えたが、もうあまり気にならなかった。
「スガヤンに?そういえば、結構長い時間一緒にいたのに、なんでかスガヤンのことは1人の男の人として好きにならなかったんだよね」
「タイプじゃなかったんじゃない?」
「んー・・・っていうか、たぶんスガヤンに好きな人がいるの知ってたからなんだと思う」
「マジ!?あいつ、かなり遊んでただろ」
克也の昔話が聞けるかもしれないと思って弘樹はわくわくし始める。しかし、真琴の話を聞いていく内に、妙な引っ掛かりを覚えることになる。
「遊んでたね。しょっちゅういろいろな女の子とデートしてたもん。だけど、スガヤンって本命がいたんだと思うよ」
「本命?」
「たぶんアキさんって人・・・無意識に呟いてたから」
アキ・・?思いついた人物は1人しかいない。弘樹と唯がそうであるように、彼らも幼なじみだ。そういえば、昔克也が誰ともつきあわない長い時期があったが、確かそれは・・・・・弘樹の姉、亜紀が婚約したときじゃなかったか?
「あいつ、昔言ってた。1回だけ自分から告ってふられたことがあるって。たいして興味がなかったから深く考えなかったけど・・・・・」
それは真琴にとっても意外だったらしく、真剣な表情で弘樹を見る。
「克也の本命って・・・俺の姉ちゃんだったかも」
しかし、例えそれが事実だったにせよ、今は玉木とつきあっているのだ。克也の様子からして本気で好きみたいだから、今さら昔の好きな人が誰だろうと関係ないという結論になった。
「それより、今日は少年の合格祝いをする!なんかほしいものある?」
真琴が嬉しそうに言うので、弘樹は考えてしまった。しかし、すぐにぴんときた。
「じゃぁ・・・少年じゃなくて、俺のこと名前で呼んでほしいな」
「そんなんでいいの?」
わくわくしながら弘樹はそのときを待つ。しかし、真琴は急に思いつめたような表情になって、
「却下」
「はぁ!?なんで?」
「却下って言ったら却下」
なぜか名前だけは呼んでくれなかった。
▽
その頃、春休みの学校で・・・
今年の生物の試験をコピーしようと印刷室に入った菅沼克也は先にいた玉木を見つけた。彼女は壁に貼ってある去年の花火大会のチラシをぽーっと眺めていた。
「よかったら夏休みに一緒に行きませんか?」
声をかけると、玉木は驚いたような顔からすぐに嬉しそうな表情に変わる。しかし、それもまたすぐにしぼんでしまった。
「い、行きたいんですけど・・・今年、私・・海外研修に行くことにしたんです・・・」
「え・・・・・」
海外研修。確か、英語の教師を限定にイギリスの姉妹校に留学するものだった。毎年行っているわけではないが、以前はベテランの英語の先生が1年近く研修に行ったはずだ。
「え・・・マジ、ですか・・・」
「はい!イギリスは私の夢だったし、いい機会だから行こうと思ったんです」
克也の心情をよそに、玉木は嬉しそうに言う。
「なんで・・俺に一言言ってくれなかったんですか?」
「言おうとは思ったんですけど、生徒たちが大変なときに私の小さなことを相談するわけにはいきませんでしたし・・・・」
それでも一言ぐらい言ってほしかった。玉木は小さなことと言うが、克也にとって1年も会えないなんて正直嫌だった。玉木は平気なんだろうか。玉木にとって1年会えないことは小さいことなのだろうか。
「菅沼先生に会えないのは寂しいですけど・・・・・一生の別れってわけじゃないんで大丈夫です!」
その言葉に、克也は心臓が重たくなるのを感じた。
「玉木先生にとって・・・・俺ってなんなんですか・・・」
たったそれだけ言い残して、克也は印刷室を去った。
スキャンダルをきっかけに、
ようやく弘樹たちも明るくなりそうです。
反対に、なんだか雲行きがおかしい克也たち…
そろそろ忘れかけていたあの人がまた出てきます。