18 受験勉強
1月7日、世間的には3学期が始まる。
受験生はセンター試験に向けて最後の追い込みをかけるが、成瀬弘樹はそれどころではなかった。
「はぁ?まだお前、唯に本当のこと言ってないのかよ」
科学実験室。ここで勉強をするのが最近の日課になってきている。使ってもいない克也自身も職員室よりもここを好むことが多かった。
・・・・・玉木とつきあうまでは。
「でも、驚いたなぁ・・・玉木先生と克也がつきあうなんて。職場恋愛だな」
「誰にも言うなよ。生徒の進路が決定するまではケジメつけんだから」
「すげー心がけ。せいぜい頑張って耐えろよ?」
「お前の進路が1番心配なんだよ!もっと追い込めー!」
実際、弘樹の模試の結果はEランクより上に上がったことはなかった。どの先生も言葉には出さないが、志望校を変えたほうがいいと考えているだろう。
「今は勉強の気分じゃないんだよ」
「坂井とは上手くいってんだろ?クリスマスイブの日にお前ら見たけど」
「だけどさー・・・そのとき、年下には興味ないってはっきり言われた」
そのときのことを思い出して、弘樹はげんなりとなる。弘樹はつきあいたいと思ったいたのに、どうやら向こうはそんなふうに考えていなかったようだ。期待させるようなことをするなと言いたいのはこっちのセリフだ。
「そりゃー弘樹、そこは女心だろ」
克也からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。驚いてきょとんとすると、克也はけらけらと笑って弘樹の頭をぐしゃぐしゃとしてくる。
「大学に合格すればわかるよ」
本当にそうだろうか。
弘樹はまっすぐに家に戻らず、駅前の書店に寄る。いくつかの有名大学の赤本を見つけ、手に取ってみるがすぐに元の位置に戻した。
「年下って・・・たった1日違いだろ・・・・・」
1日の違いで学年が変わった。それだけで年下だと感じてしまうのだろうか。
女心がなんなのかわからない。そんなもやもやとした気持ちを抱えたまま弘樹はバイト先へと向かった。
「弘樹、どうしたんだ?体調が悪いなら今日は早めにあがってもいいぞ」
バイト先のラーメン屋、大将が心配そうに聞いてくる。弘樹はその言葉で初めて目が覚めたようにはっとなった。
「大丈夫です!週に1回しか働いていないので、バイトのある日は頑張りますよ!」
「そうかい?それなら、これ1番テーブルに・・・」
大将はできあがったばかりの塩ラーメンを出す。
「はい!」
しっかりしなきゃとどんぶりを持って1番テーブルに向かう。余計なことを考えるな。今はバイトに集中しろ・・・・・・・と考えていたら、店の隅に克也がいることに気づいた。しかし、それに気を取られて、弘樹はテーブルの脚につまづいてしまった。
持っていたどんぶりが傾いて、中のスープがこぼれていく。
びちゃぁ・・・
1番テーブルに座っていた若い男の体に見事にかかってしまった。
「あっちぃ!!なにしやがんだテメェ!!」
「あっすいません!すぐにタオル・・・!」
慌てて厨房へ行こうとしたが、いち早く動いたのは大将だった。
「申し訳ございません!ここの2階にお風呂場がありますからそこで洗い落としてください。汚れた服はこちらで責任を持って洗いますので」
「チッ・・・風呂は面倒だからいい。それより代えのTシャツ持って来いよ」
幸い腕にしかかかってなかったから助かった。だけど、大将がTシャツを取りに行っている間、その若い男はきっと弘樹を睨みつけてきた。
「どう謝罪してくれんだろうな」
「あ・・・・申し訳ございませんでした!!」
ぶんっと90度に頭を下げると、若い男が長い足を組んできたのがわかった。
「土下座しろ。この場で」
周りの客が動揺するのがわかった。そして、なによりも弘樹自身が動揺していた。
土下座・・・・・こんなに人がいるのに・・・・・だけど・・・
様々な思いが葛藤する中、急に誰かがかつかつと歩いてきてぽんっと弘樹の頭に手を乗せた。一瞬、大将かと思ったが、どうやら克也のようだった。
「すいません!こいつの担任は俺です。俺からも謝ります。どうか許してやってください」
深々と頭を下げる克也。それを見て、若い男はますます調子に乗ってしまった。
「担任ならあんたが代わりに土下座しろよ」
さすがに言い返そうとした弘樹だが、軽く頭をぽんっと叩かれた。たぶん、何か言おうとした弘樹を制したのだろう。
克也はゆっくりとした動作で土下座して、深々と頭を下げた。
「お願いします」
なんでだよ・・・・なんで克也が謝るんだよ・・・・・
やった張本人が土下座しなくて、その担任が土下座する・・・そんな光景が広がっていた。
▽
そして、翌日。弘樹は進路指導室にいた。
最悪なことに、昨日の出来事の後、たまたま食べに来た進路指導の先生にバイトをしていることがバレてしまったのだ。
今はその先生が来るのを待っている。
自分はどうなるんだろうか。卒業延期にでもなるかもしれない。いや、もっとひどいことだったらどうしよう。
と、そのとき、進路指導室のドアががちゃっと開いた。昨日の先生が入ってくるのかと思っていたが、そこには克也の姿があった。
「小牧先生は・・・?」
進路指導の先生の所在を尋ねると、克也はただ首を振るだけだった。
「弘樹・・・お前唯や坂井のせいにしてんじゃねぇよ」
「え?なにが・・?」
なぜここで2人の名前が出てくるのか気になった。
「成績が上がんなくてむしゃくしゃしてんの、2人のせいにするなって言ってんだよ」
「・・・・・」
そんなつもりはなかった・・・と思う。だけど、そのことが気になって勉強どころじゃないと言ったのも事実だった。
無意識に2人のせいにしてしまっていたのかもしれない自分に気づいた。
「・・・・・・克也だって思ってんだろ。俺がY大なんて受かるわけないって」
どこか自嘲気味な声が出る。もう止まらなかった。
「わかってるよ。高望みだってことぐらい。周りの目を見てりゃぁわかるよ」
「思ってないよ」
一言だけ克也は呟いた。
「思ってない。じゃなきゃ応援なんてしない」
弘樹が目をぱちくりとさせると、進路指導室のドアが開いた。今度こそ小牧先生だと思ったが、顔を出したのは玉木だった。
「あの・・・もうすぐホームルームですけど・・・・・どうしましょう」
「玉木先生、代わりにお願いできますか?ついでにこいつも連れてっちゃってください」
わけがわからなくて慌てて弘樹は克也を見る。
「なんでだよ?これから小牧先生が来るんだろ?」
「うん。大丈夫。俺がなんとかするから」
出た。克也の『なんとかする』が。克也がこう言うと、本当になんとかしてくれるんだ。
土下座したり、必死で頭を下げたり、克也はなんとかするために今までずっとこういうことをしてきたのだろうか。今それを考えると、いたたまれない気持ちになった。
▽
「やぁ少年」
その日の午後、克也に謝ろうとして科学実験室に来ると、なぜか坂井真琴の姿があった。
「え・・坂井さん!?なんでここに・・・」
「暇な日にここに来るようにしたの。少年の家庭教師するためにね」
「家庭教師!?」
弘樹の声と共にがらっとドアが開いて克也が入ってくる。見ただけで事情を察したらしく、にやっと笑う。
「克也が頼んだのかよ!?」
「ちげーよ。ここで弘樹が落ちたら学年が2コ下になるから、なんとしても合格してほしいんだとよ。愛されてるねぇ」
「とにかく!今日からびしびし行くからね!」
整った顔立ちが目の前で口元を引き締める。弘樹はやらなければならない境遇を誘った。
家庭教師をしてくれる真琴のためにも・・・自分のために頭を下げてくれた克也のためにも・・・・・・・・
9月7日に試験を受けるため、次回の更新は8日以降になると思います。
国家試験……結果次第でこの小説の
結末が変わってくるかもしれません……!頑張ろう!
次回で真琴の秘密が1つわかる…予定です。