14 表裏一体のクリスマス
時は少し遡る。
成瀬弘樹がマネージャーの藤村に連れられて訪れたマンションには、体調不良で休んでいる坂井真琴の姿があった。
いろいろあってこういうとき最初に言うのはきっととりとめのない平和的なな内容だと思うのだが、不器用な弘樹にはそんな芸当はできなかった。
「俺まわりくどいこと苦手だし、しつこいって思われるのも嫌だから、引くときは潔く引きたいんだ」
真琴は黙っている。それでも弘樹は真琴をまっすぐと見つめる。
「俺がウザイってはっきり言って。そうしたらちゃんとあきらめるから。っていうか、あきらめたいんだ・・・」
妙なところで白黒はっきりとさせたがり、大事なところではっきりしない男だと自分でもわかっている。でも、どうしようもなかった。
しばらくの沈黙の後、真琴はようやく口を開いた。
「ウザイ・・・・・・」
真琴の意思表示。それを確認したような気がして、ちくちくするような痛みを覚えると同時に、すぐにこの場から逃げ出してしまいたくなった。潔さの欠片もなく、男としての余裕もなく、弘樹は立ち上がった。
と、そのときだ。後頭部に何かやわらかい物が当たった。それが枕だと気づいたとき、振り返ると真琴が傍まで来ていた。
「あんたがわかんないよ・・・・あのときだって・・・そりゃぁ撮影で遅くなったのは謝るけど、他の女の人と一緒にいたじゃん!今だって・・あきらめたいとか・・・わけわかんないよ・・・!だったら、はじめから期待持たせるようなこと言わないでよ!!」
真琴の剣幕に弘樹は圧される。
「わ・・わっかんねーよ!あのとき来ないっつったのはそっちだろ!?」
ごはんを食べに行く約束をしていたときのことを怒っていることはわかったので、なんとか反抗してみる。
「でも待ってるかもしんないから一応行くのが普通でしょ!?なのに・・・なんで知らない女と抱き合ってんのよ!!」
「あれは克也の妹だって!たまたま会っただけ!大体・・・・・」
そこまで言いかけてやめた。こんなことを言いに来たんじゃない。ウザイと言われたのに潔く帰れないんだ。
わかってた・・・きっかけは不純かもしれないが、自分の本当の気持ちに。
「元気そうなのでとりあえず帰る。お邪魔しました」
「本当にお邪魔でした」
時間にして約2時間くらいだろうか。お互いに文句しか言わずに玄関まで行く。弘樹が靴を履こうとしていると、後ろから真琴がやって来て、黙って赤いマフラーを巻いてくる。
「ここに来たせいで風邪がうつったなんて言われたくないし」
ぶっきらぼうに真琴は話す。
「うつせばいいよ。あさってからもう仕事なんだろ?」
「そうだね。少年にうつせばいいよね」
ごほんごほんとわざとらしい咳を繰り返して、真琴はわざと菌をぶちまける。そんな彼女の様子を弘樹は黙って見ていたが、人気モデルの作り出すその光景がおもしろくて、思わず苦笑してしまった。
そのとき、真琴の笑顔が見えたら、弘樹の体は自然と動いて・・・真琴に軽くキスをしていた。
「・・・・・・っ」
1度唇を離してから至近距離で真琴の表情を見る。彼女は恥ずかしそうに目を挙動不審に動かしていたが、やがてぎゅっと目を閉じてあごを少し上に上げた。その頬を赤くして、緊張している様子がかわいかった。
弘樹は真琴の風邪を全部もらうつもりでもう1度キスをした。
「風邪、本当にうつっちゃうかもよ」
「いいって。人にうつせば治るって言うだろ?・・・・・それより、マフラー明日返すから」
「わかった。明日待ってるね」
それだけ言って弘樹はマンションを出て行く。
明日はクリスマスイブ。弘樹にとって特別な日になりそうだった。
▽
そして、クリスマスイブの夜10時頃、弘樹と真琴が2人でイルミネーションを見て楽しんでいる傍ら、玉木有子は大急ぎで克也と約束していた待ち合わせ場所まで向かう。
あの後、結局行けないと電話をしようとしたのだが、肝心なときにケータイの電源が切れてしまい、克也と連絡が取れなくなってしまった。
もう待っているわけがない。約束の時間に5時間以上も遅れているのだ。それでも行かないわけにはいかなかった。
だけど・・・・・・だけど。
克也はそこにはいなかった。もちろんそれはわかっていたことだが・・・
なんてことをしたんだろう。せっかく食事に誘ってくれたのに、何も言わずにドタキャンしてしまった。
「最低だ・・・私」
ここまでの新幹線が雪の影響で停まったため、こんなに遅くなってしまったのだ。
それよりも、自分のせいで。
「玉木先生?」
振り返ると、駅の広場の片隅でコートのポケットに手をつっこんだ菅沼克也がそこに立っていた。
「よかった。なんかあったんじゃないかって心配したんですよ・・・」
困ったように笑う克也に、玉木はお見合いのことが言えずに、実家の父が倒れたがケータイの電池が切れて連絡できなかったと言い訳をした。
だけど、心がずきずきと痛んでしまった。この寒空の下、克也はずっと待っててくれたのだ。
「本当にごめんなさい・・・・・」
「気にしないでいいですよ。それよりも、お父さんがたいしたことなくてよかったじゃないですか。俺は・・・俺の望みは叶ったんで満足してます」
克也の優しい言葉に余計に罪悪感が生まれてしまった。どうしようもなく自分が嫌になる。
「このクリスマスツリーを見ることが俺の望みだったんです」
目の前に広がるのは、大きくて青白く光る綺麗なクリスマスツリー。それがにじんで見えたのはなぜだろう。
しかし、玉木の心の中に生まれた罪悪感はこの後さらに大きくなっていく。
翌朝、25日はクリスマスだったが、通常通り補講が行われた。
結局昨夜はお互いにツリーを一緒に見ただけで終わった。せっかく予約してくれた食事に行くこともなかった。
玉木が職員室に着くと、斜め向かいの席に座っている克也を見てみる。いつもこうやって見るのだが、たいてい目が合うことはなく、今日も案の定気づかれなかった。それが余計に苦しかった。
「玉木先生、おはようございます」
席が離れている養護教諭の尾崎がにっこりとした笑顔で挨拶をしてきた。今までわざわざそんなことをしてこなかったので、少し面食らいながらも玉木は挨拶を返す。
「ねぇ、昨日大阪にいませんでした?」
「は・・はい。どうして知ってるんですか?」
純粋に気になって尋ねる。
「私も旅行で大阪に行ったら、玉木先生が男の人と歩いてるのを見てびっくり!もしかして、デートでした?」
「まっまさか!昔の同級生ですよ!」
その慌てように何かを察したのか、尾崎はからかうように笑って、
「わかった。初恋の相手なんでしょ〜」
とっさに何を言うべきかわからなくなり玉木が口ごもると、それを肯定ととったのか周囲の先生もにやにやと笑って冷やかしの視線を向けてくる。
ただ1人、菅沼克也を除いては。彼だけは言いようのない表情でただ玉木を見ていた。
▽
「まただめかぁ・・・・・・」
本来学校内では喫煙室以外では煙草を吸ってはいけないのだが、なんとか気分を晴らすために菅沼克也は科学実験室で一服した。
煙草でも吸わないとやっていけない。
弘樹の姉、亜紀のときもそうだった。肝心なことを言うときは、いつだって遅すぎたのだ。
さっき、昨日の玉木のことを知って、正直こたえた。亜紀の結婚を知ったときと同じくらいに。
「ケムい」
近くでセンター試験の過去問を解いている弘樹が睨んでくる。
「なぁ弘樹ー・・・」
「なに?」
「俺・・・本当に好きな人とは絶対幸せになれないかも」
弘樹に言ったわけではなく、克也自身の境遇に呟いた。
こんな小説ですが読んでくださってありがとうございます。
なんだかずるずると地底をはいつくばった内容ですが、
次第に明るくなっていくと思います。
次回の更新予定は9月2日です。