13 お見合い
9時半に出る新大阪行きの新幹線に乗り、地元大阪に着いたときには11時を越えていた。そこからタクシーで実家まで帰った。
「ただいま・・・」
電気が消えていたからみんな寝ているのかもしれない。あるいは父の入院している病院にいる可能性もある。
伝統的な日本家屋。1人でいるとこんなに広くて心細い所はない。玉木有子は急激に不安になってしまった。
しかし、その不安は電気が点いたことで一瞬なくなることになる。
「あ、お姉ちゃんだ。ほんとに来た」
点けたのは玉木の妹の玉木直子だった。全身ジャージ姿でいまどきの若者らしく茶髪に巻き髪の彼女は近づいてくることなく無表情で立っている。
「直子、お父さんは大丈夫なの?」
「うーん・・・まぁ明日になればわかるよ」
直子にしては妙にはぐらかすその態度が気になったが、明日病院に行くのかと思い、その日は自分の使っていた部屋で寝ることにした。
しかし、翌朝、直子と一緒に病院へ行ってみて、真実を知った。
「よっ!有子、元気にしとったか?」
ぎっくり腰で入院した父は予想以上に元気で、もっと最悪なことまで考えていた玉木にとって拍子抜けするほどだった。
「なんだぁ・・・驚かさないでよ。でも、それくらいで安心した」
「ちゃうちゃう。俺はこうなって逆に安心できなくなった。せやからこうして来てもろたんや」
玉木が母を見ると、いけしゃあしゃあと編み物をしている。傍では直子が無関心そうに外を眺めている。なんだか気になってしまった。
「俺ももう年や・・・いつ死んでもおかしくないと思っとる・・・・・有子、お見合いしようや」
「はっ!?」
「いいじゃない、有子。どうせクリスマスも暇してたんでしょ?」
母が和やかに言い放つ。まるでドラマでも見ているかのような展開に呆然とすると同時に、玉木は少し前の出来事を思い出していた。
▽
「おつかれさまです」
玉木が遅くまで仕事をしていると、印刷室から戻ってきた克也が声をかけてくれた。たったそれだけのことでも嬉しくて、玉木は心臓をばくばくさせながら克也におつかれさまと言い返す。
季節は12月の冬。職員室は暖房が入っていたが、それでも寒いものは寒かった。
ふと、そのとき、あることに気づいた。今、この職員室には克也と2人きり・・・
「玉木先生」
その克也の言葉に一瞬自分の心の中を読まれたんじゃないかと思って玉木は驚いてしまった。
「なっなんでしょう・・・か!」
克也はきまり悪そうな顔をして玉木の傍にやって来る。何かを言おうとしているが、とても言いにくいことのようだ。
「菅沼先生・・・?」
「・・・・・もし、よかったらでいいんですけど・・・24日・・・暇だったら、一緒に食事でもしませんか?」
耳を疑った。克也が照れ隠しで視線をそらしているのが嘘のようだった。
玉木は顔が真っ赤になっていくのを感じた。
「も・・・もちろんです!すごく楽しみです!!」
「ほんと・・・!?やった!」
子供のように微笑む克也を見て、これが現実なんだと悟った。まるで夢のようで夢なら覚めないでと思ったが、翌朝起きてみて現実だとわかった。
夢じゃない・・・菅沼先生に食事に誘われたんだ・・・・・!
▽
「お見合いって言ってもそんな堅苦しいものじゃないから。ちょっとお食事をするだけよ」
ある意味でダークホース的な存在の母はにっこりと微笑んで言う。元々東京出身の母は、家族内で唯一素が出ても関西弁で喋らない。その影響からか、玉木有子も妹の直子も普段は関西弁を使うことがないが、何かの拍子にぽろっと出ることがある。
「お姉ちゃん、彼氏とかいないの?」
直子が不思議そうに尋ねてくる。
「いいいないよ!そんなの・・」
「だめだなぁ・・・だからお見合いなんてさせられるんだよ。私みたいにとりあえずかっこいいのキープしときなよー」
直子の言葉に玉木は苦笑するが、クリスマスイブに食事に行く約束をした相手はいる。このことを克也に言うべきかどうか迷ったが、もし言ったら『じゃぁ食事はなしにしましょう』なんて言われそうで怖かった。
とにかく、適当に食事して帰ろう・・・
そう決意した玉木の目の前に突然ある人が現れた。見覚えのある顔。忘れられない人物。
「黒沢君?」
玉木にとって初恋の人の名前を口にすると、彼は昔と同じ面影を残す顔でにっこりと微笑んだ。
小学6年生の頃、同じクラスの隣の席の男の子。それが、黒沢高志だった。学級委員長でクラスの人望も厚く、誰からも好かれていたのを覚えている。そんな彼に密かに玉木は恋心を抱いていたのだが、隣の席になって話すようになったときから「玉木有子は黒沢のことが好きなんだ〜」と冷やかされてしまい、上手く話せなくなってしまったのだ。
その人が今成長して目の前にいる・・・
「玉木のお父さんからこの話を聞いたとき正直驚いたけど、すごく嬉しかった。また会えるんだって」
お見合い相手は黒沢だったらしい。ちなみに、お見合いと言っても本当に堅苦しいものではなく、ただ近所にあった和食のレストランへ食べに行くだけだった。
「玉木は今何してるの?」
「あ・・・高校の教師をしてるんです。黒沢君は・・・?」
「俺は普通の銀行員だよ。最初は全然ついてけなかったけど、今じゃもう新人に教える立場だよ」
こうして会話していると、あの頃が蘇ってくる。懐かい思い出。玉木は今の自分の状況を忘れて楽しんでしまった。
「でも、教師なんてすごいな。きっとすごい努力したんだね」
「教師は幼い頃からの夢だったので・・」
玉木は照れくさそうに答える。
「そういえば小学生のときに言ってたね。教師になるために高校も市内の難関校目指すって。俺もそれ聞いて一緒の高校入ろうって頑張ったんだけど」
「え・・・・・?」
「玉木・・・あのときの噂って本当なの?」
真剣な眼差しで見つめられ、思わずどきっとしてしまう。
「俺のことが好きだって」
この後、玉木は頭8割で昔の思い出を楽しみながら、残りの2割で克也のことを考えていた。遅れるかもしれないと克也のケータイの留守電に入れておいたが、それに対する返事はまだなかった。
▽
午後5時前、待ち合わせ場所に少し早く来た菅沼克也はイルミネーションが綺麗な駅前に来ていた。
目の前には青白く光とても大きなツリー。これはテレビでも放映された有名なイルミネーションだった。
ふと、克也はツリーを見る2人の男女の姿を見つけた。弘樹と真琴だ。
「弘樹のヤツ、上手くやったんだ」
そのことにほっとして克也は空を仰ぐ。
ただ、玉木と一緒にこのイルミネーションを見たくて。ただ、玉木と一緒にいたくて。
それだけを考えていたので克也は気づいていなかった。留守電に入った玉木からのメッセージには・・・・・・・・
更新が遅くなってしまいました…すいません!
今回は玉木の話でしたね。今まで克也一筋だった彼女は
今後どうなっていくんでしょうか……