12 弘樹と真琴
月日は流れていく。
12月23日、冬休みの今日、成瀬弘樹は寒空の下で1人買い物をしていた。いや、正確にはある人物と待ち合わせているのだが、約束の時間までまだ余裕があるため、近くをぶらぶらすることにしたのだ。
だけど、少し歩いて後悔した。弘樹の目の前にはビルに映る大型テレビがあり、そのCMに坂井真琴の姿があったのだ。最近はCMやドラマ、雑誌を開けばモデル、ファッションショーなどその活動を大きく広げている。弘樹と会わなかったあのときから―・・・・・
「弘樹!」
自分の名を呼ぶ声に気づく。振り返ると、やたらハイテンションで駆け寄ってくる克也がいた。
「待ち合わせは改札前だろ?なんでこんな所にいんだよ」
「まだ時間あるだろ。それまでぶらついてようと思ったんだよ」
特に謝ることなく弘樹は言い放つ。それに対して、克也はあからさまにけっという顔をした。
「まぁいいや。今日はつきあえよ。俺が奢るから」
「受験生連れまわす担任なんて聞いたことねーよ」
「ただ昼飯一緒に食おうって言っただけだろ。すぐ終わるから」
確かにそう言われて誘われたが、昔から克也のほうから遊びに誘ってくるのは何か裏があるからだと決まっている。たぶん何か言われるんだろうなと覚悟はしていた。
「うめーな、これ。あっうなぎだ!」
105円の回転寿司。克也が連れてきたのはそこだった。
隣でがつがつと食べ続ける克也を見ながら、弘樹は細々とマグロを食べる。さっきからこの調子だったが、短気な弘樹はとうとう我慢できなくなった。
「いい加減言えよ。学校じゃ言えないことがあるんだろ」
「ある・・けど、まだ言わない。これ食べ終わってからな」
そう言ってうなぎにかぶりつく。なんだか悔しくなったので、弘樹は目の前を回っていた中トロを手に取る。
「あっ!お前、それ高いやつだろ!俺でさえまだ食べてねぇのに・・・」
「自分のお金じゃないからねぇ・・克也が言いたいこと早く言ってくんなきゃもっと食べ続けるかもな」
「わかった言うよ。坂井が倒れた」
あまりにもあっさりと言い放たれた言葉に弘樹はとっさに何も言うことができなかった。克也は特に取り乱すことなく寿司を食べ続ける。
「・・・うそだろ。だってあんなにテレビとか出てるじゃんか・・・・・」
「まー倒れたって言っても風邪らしいけどな。ここんとこ休みなしだったからマネージャーが大事とって2日間休みにしたんだとさ」
弘樹は自分の心臓が急に不安になるのを感じた。
「お前さ・・・唯のこと好きなのか?」
今まで食べながら喋っていた克也がようやく弘樹のほうを向いた。その人の真意を探るようなまっすぐな瞳に弘樹は気まずくなってしまった。
あれから唯とはつきあってはいないが、時々会って遊びに行くようになった。
「・・・・・好きだよ」
「・・・じゃぁお前・・・・なんでY大学受けんだよ」
唯が好きなら唯と同じ大学を受ければいいのに、そっちのほうが確実に合格を狙えるのに、なんであえて難関大と言われる大学を・・・真琴と同じ大学を受けるのかと克也は聞いているのだ。
「目標は高いほうがいいだろ」
自分でもわからなかった、いや、わからないようにしていた。
「まぁいいや。俺の用件はここへ行けってことだ。今日中に」
差し出された1枚の白い紙には、どこかへ行くための交通手段が書かれてあった。
地下鉄を乗り継ぐこと30分、ようやくとある駅にたどり着いたとき、駅前で弘樹のことを待っている女の人がいた。年齢は30歳くらい、それでも若々しい印象を受ける。
「はじめまして。坂井真琴の専属マネージャーをしております藤村と申します」
予想はできていたので、あえて驚くことはなかった。
「あなたが克也に連絡したんですか?」
「はい。わざわざ来てくださってありがとうございます」
聞きたいことはそんなことじゃない。だけど、言葉が出てこない。
藤村に案内された所はとても高さのあるマンションだった。最上階を見上げるだけで首が痛くなってしまうそうな高さで正直驚いた。
その12階、真琴の部屋があった。
「ちなみに・・・真琴には成瀬さんが来ること言ってませんから」
さらりとそんなことを言われたとき、弘樹の中に恐ろしい考えが浮かんできた。そういえば、ケンカ別れしたようなものだ。もし会いに行ったら、真琴に永遠に無視される気がするのだ。考えたら恐ろしくなった。
そんなことを考えているうちにその部屋まで来てしまった。
藤村に開けてもらって部屋の中に入ったが、なんだか不法侵入している気分になった。藤村は中に入らないらしく、ますます弘樹の不安は高まった。
誰もいない。気配すらない。本当にこの中に真琴がいるのかどうかさえ疑わしくなってきた。
「・・・藤村さん?」
部屋の奥から聞こえてきたその声に弘樹はびくっとなってしまった。
やっべぇ・・・隠れなきゃ!
だけど、すでに遅かった。おそらくマネージャーが帰ってきたのに何の声もないことを不審に思って見に来たのだろう。坂井真琴と目が合ってしまった。左右の異なる色の瞳が大きく見開いた。
弘樹も固まる。真琴も動かない。お互いに何も言えなかった。
「マネージャーさんに開けてもらった。話があるんだけど・・・体調は大丈夫?」
最初に言葉を発したのは弘樹だったが、それは緊張感でいっぱいだった。だが、真琴が小さく頷くのを見てほっとした。
それと同時に自分が久々に嬉しさを感じていることに気づいた。
▽
弘樹を送り出した後、菅沼克也はとりあえず自分の役割を果たしたと考えていた。
真琴のマネージャーである藤村から連絡があったのは朝の7時頃。きっと弘樹に会いたいはずだと泣きつかれ、その後強引に弘樹をご飯に誘って真琴のことを話した。
正直、こういう厄介ごとに首を突っ込むのはごめんだったが、今の弘樹がなんだか昔の自分のように迷いながら立ち止まっていて、克也はほっとけなくなったのだ。唯には悪いが、誰かがちょっとした道しるべを作ってあげなければならない気がした。それが克也自身だった。
克也もその道しるべで、迷っていた自分から抜け出すことができた。
明日はクリスマスイブ。初めて好きな人と過ごせる日になりそうだ。
「弘樹もがんばれよ」
自然と呟かれた言葉は、今日だから言える言葉だった。
▽
プルルルルル・・・
23日の午後9時。玉木有子の自宅の電話が鳴り響いた。ちょうど、明日のための服を選んでいた玉木は番号を確認してから電話に出る。
「もしもし?こんな時間にどうしたの、お母さん」
『有子?アンタ明日こっちに帰ってきて。お父さんが倒れちゃったのよ』
「えっ!?うそ・・・!!」
母は困ったような口調で言い放つが意外に冷静だった。それよりも慌てたのが玉木のほうで、おろおろと顔を振る。
「それで!?どうなの?具合は!」
『それがねぇ・・・意識はあるんだけど、なんとも言えないらしいの。だから明日でいいから来なさい?お父さんが有子に会いたがってるのよ』
「あ・・明日・・・・・」
24日は先約があった。だけど・・・父が会いたがっていると聞いて胸が苦しくなってしまった。いつも体力だけが自慢だった父が・・・・
ちらりと時計を見る。明日の待ち合わせは午後5時。今から帰ればまだ間に合うかもしれない。
「わかった。今から行くね」
電話を切る。しばらく複雑な気持ちになってしまった。だが、しばらくして時間を惜しむようにコートを着る。
お父さん、今から行くからね!菅沼先生・・・待ち合わせまでには絶対行きますから・・・!
いつも読んでくださってありがとうございます。
この小説はほとんど毎日更新することができたんですが、
こっちの都合でしばらく更新できなくなります。
次回更新予定は29日です…
って言っておきながら更新するかもしれませんし、
29日を過ぎる可能性もあるんで、
あくまでも予定としてとってください;;