11 彼らの想い
それはバーベキューの日。菅沼唯の家の庭で行われたそれは、兄の克也のクラスメートと行われた。元々知らない人ばかりだったため唯自身も参加する気はなかったのだが、克也から弘樹が来るかもしれないと言われて少しだけ参加してみることにした。
だけど、いざ見つけてみると、野球帽に眼鏡をかけた女の人と仲良さげに話しているのを見つけてしまった。
なんだか信じられなくて、唯はその光景を凝視してしまう。そして、目が合ったとき、思わずそらしてしまった。
「唯!」
とっさに逃げたが、玄関前まで来たところであきらめた。自分の後を弘樹が追いかけてきたことを知っていたので、そのまま振り返る。
「久しぶり」
弘樹の笑顔がなんだか幸せそうで腹が立つのと同時に、心が何かに締め付けられるような気がした。
「・・・・・ヒロ君、私に自分は子供じゃないって言ったけどほんとだったんだね。もう彼女できちゃったみたいだし」
口から出たのは意味もわからない憎まれ口だった。なんだってこんなやつ当たりのようなことを言ってしまうのだろうかと疑問に思ったが、もう唯の口は止まらなかった。
「だいたい私のことだって本気じゃなかったんじゃない?」
「何言ってんだよ。もしかしてやきもち?」
その弘樹の言葉にかっとなって叫んでしまった。
「そんなんじゃないよ!ヒロ君のことなんか好きじゃないよ!」
気づいたときにはもう遅かった。思ってもないことを口にしてしまった。
▽
「こないだのこと怒ってる・・・?」
遠慮がちに呟く唯。成瀬弘樹はしばらくの間の後、ふるふると首を振った。
昨日は全身ずぶ濡れになってしまったのと、さすがに体調が悪くなってしまったので、結局駅のホテルに泊まることにしたのだが・・・驚いたことに唯も泊まると言い出したのだ。
支出を少なくするためにお互いに相部屋にしたが、バーベキューでのことがひっかかってあまり会話することはなかった。
「唯・・・昨日なんであそこにいたの?」
「最近大学近くでバイト始めたの・・・ヒロ君こそなんでいたの?」
その質問に弘樹は真琴のことを思い出してしまった。結局昨日は来てくれなかった。本当は来ていたのだが、そのことに弘樹は気づかなかったのだが。
「待ち合わせ。人を待ってたんだ」
正直に答えると、唯が悲しそうな顔をした。
こういうことは苦手でよくわからない。自分をふった唯があのとき怒ったことも、今だって悲しい顔をした理由がわからない。
「あの女の人・・・を?」
「あのさ、正直に言っていいからさ、言いたいことがあるんならはっきり言ってよ」
怒っていないと言いながらも、少しつっけんどんな言い方になる。弘樹はケータイを開き、いくつか真琴から着信があることを発見したとき、あることに気づいた。
自分の左手が唯によって握られていることに。
「・・・唯?」
▽
同じ頃、県内の公園で雑誌の撮影が行われていた。観衆が多い中、その中心にいる人物は雨上がりの交差点でいきいきと動いている。
「いいよー!もうちょっと右・・・あぁオッケー!・・・・・はい!おつかれー!!」
「真琴、おつかれさま」
坂井真琴のマネージャー、藤村真由は紙コップに入れた冷たいお茶を渡した。真琴はお礼を言ってそれを飲む。
昨日の真琴はひどいものだった。知り合いと待ち合わせているからと急いで待ち合わせ場所まで行き、強い雨の中を飛び出していった。そこまでは良かったものの、なぜか彼女は意気消沈して車まで戻ってきた。
理由は聞けなかった。だって彼女はずっと後部座席でうずくまっていたからだ。たぶん・・・声を殺して泣いていたんだと思う。
そんなことを考えているうちに、休憩時間が終わってしまった。立ち上がろうとする真琴を藤村は制する。
「もう大丈夫なの?もうちょっと休憩もらってこようか?」
「平気です。それよりお願いがあるんだけど、これからもっとがんばりたいから、もっともっと仕事増やしてほしいの」
「・・・でも!」
「お願い!約束、してください・・・」
懇願するような真琴の瞳に、藤村は何も言えなかった。
この後、坂井真琴は飛躍的に仕事を増やし、国民的に知られていくことになる。
▽
午後1時、昨日と違って雲1つなく青空が広がる。
菅沼克也は1つ1つ神社の石段を上がりながら空を見上げた。この景色をどのくらい見ていないだろう。
「かっちゃん」
呼ばれたその声に気づいて、空を仰ぐ顔を下げた。見ると、長い髪を後ろで1つに束ねた亜紀の姿があった。彼女の笑顔に自然と克也も笑顔になって石段を駆け上った。
「ごめん。待たせた」
「ううん、大丈夫。それよりこうして久しぶりに会えて嬉しかった」
2人してすでに乾いている石段の1番上に座る。ここは昔、2人でよく遊びに来た所だった。今日は久しぶりに克也のほうから亜紀を呼び出したのだ。
「なんか本当に久しぶりだよね。こんなふうに2人で話すの」
「だな。亜紀が結婚する前だから・・・8年ぶりか?」
「8年かぁ・・・・おばさんになるわけだ」
亜紀はいくつになっても変わらない。そういう自然なところに克也は惹かれたんだ。もし以前の自分だったら、きっとまたずるずると望みのない恋をしていくことになるだろう。だけど、今なら大丈夫なような気がした。
「俺、亜紀を好きになってよかった。今じゃいい思い出だよ」
「・・・え・・」
克也は自然と微笑む。
「ふられたときはなかなかあきらめられなかったけど、それじゃぁ駄目だって気づいたんだ。好きならなおさら悪い思い出にはしたくない。俺も前を向く」
「・・・・・」
「亜紀とはやっぱずっと友達でいたいからさ、久しぶりに帰ったときぐらいメールしろよ?そしたら昔話でもしようや」
しばらく間があった。しかし、確かに亜紀は頷いた。8年前にずれた溝がようやく埋まったんじゃないかと克也はほっとしていた。
ただ、亜紀はそのとき別のことを考えていたなんて、そのときの克也には想像できなかった。
「そういえば、弘樹どうしてる?」
「あ・・昨日は友達んちに泊まってくって電話があって帰ってこなかったけど」
「へぇ・・・」
たぶん友達とは坂井真琴のことだろう。もしかしてあの後何かあったのかと想像しかけたが、それと同時に昨日唯からも友達の家に泊まっていくと連絡があったことを思い出した。
考えすぎか・・・嫌な予感が頭をよぎったところで、克也はそれ以上考えることをやめた。
だけど、克也の考えはあながち間違っていなかった。
▽
唯に左手を握られて、それから顔が近づいてきたところで、思わず成瀬弘樹は驚いてその手を振りほどいてしまった。その拍子にバランスを崩した唯が後ろへのけぞって、置いてあったテレビにぶつかってしまった。
「あっ・・・!」
派手な音がして唯が倒れこむ。慌てて弘樹は駆け寄って唯の体を起こす。
「ごめん!大丈夫か!?」
「・・・うん。平気・・・・・」
平気と言いながらも左肩を必死に押さえている唯。申し訳ないと思ったが、服をそっとずらして彼女の左肩を見てみる。白い肌に不自然に変色した大きな痕がある。内出血したようだ。
「タオル濡らしてくる!それで冷やせば・・・」
「ま、待って!」
ぐいっと腕を引っ張られて弘樹はその場に引き戻される。驚いて振り返ると、痛みのせいなのか、それとも別の理由からか、唯が泣きそうな顔で弘樹を見つめてきた。
「・・・・・どこにも行かないで・・・お願い」
弘樹は何も言えずにその場にたたずむしかなかった。
今回はいろいろな人視点で書かせていただきました。
なんだかどろどろしてきて作者としても
複雑な心境です。
そろそろこの暗さから引っ張り出したいんですが
どうなるんだろー……