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つまり、俺はずっと一人芝居を繰り返していたというわけだ。
――薄々気づいてはいた。認めるのは、受け入れるのは、とても恐ろしかったから、いつも目を逸らしていた。
自問自答を繰り返して、都合が悪くなったらゲロを吐いて強制的に終了させる。それでもまた、自分に問い掛けては、苦悩して、ゲロを吐いて、思考を停止させる。
それでもわかってしまえば、下らないことこの上ない。
「――暁くんっ!」
「……ん、あぁ、悪い。姉さんとのキスの余韻に浸ってた……」
「お、おバカ! ……もぉ、急に白目むくからびっくりしたよ」
「そんな顔してたのかよ……」
もう人前で『俺』に問い掛けるのはやめよう。胡桃が無表情で俺のアホ面を撮ったらしい写真を見せつけてくるからもうやめよう。
「その写真は削除してくれよ……」
「わたしが皐月くんの面倒を見る許可をくれたら消してあげます」
挑発的に唇を三日月の形に歪ませる胡桃。どうやらコイツもサディストのようだ。
……というか、本題をすっかり忘れていた。
まあ、あの声の問題は解決できた(?)とはいえ、俺にはまだまだ課題は残っている。
あの夢を見てしまったら。俺のトラウマがフラッシュバックしてしまうようなことがあれば、俺はまた先程のように発作を起こしてしまうだろう。
なら、答えはひとつだ。
「いつまでも過去のことに囚われてばかりの俺だけどさ……お願いできるか?」
「……はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
そう言って、俺の方を向き三つ指をつく胡桃。その仕草が愛らしく、絶対に守ってやらねばなという決意を、さらに確たるものにしてくれた。
俺は胡桃の頭を撫で、一息つく。そんな弛みきった俺の表情に安心したのか、二人は俺の隣から元々座っていた席に戻った。
「まー、なんであれ、暁くんのことは朝陽ちゃんにお任せできるよ。これでお姉ちゃんも安心安心……と言いたいところだけど、暁くんはあたしの弟だからね?」
「安心してください、先輩。皐月くんの面倒はわたしが見ますので、わたしたちのことは気にせず大学受験に励んでください。ストレートに言うと、とっとと退いてください」
腰を降ろした瞬間に火花を散らし始める先輩と後輩。この二人は俺のことが好きなのだろうか。それとも俺をからかって遊んでいるだけなのだろうか。
まあ、どっちでも構わないがそろそろ止めてくれてもいいと思う。俺達以外に客はいないが、店員はいる。先程からキスをしたり、ケンカをしたりと迷惑極まりないだろう。
……キスは見られたのかな。軽く死にたくなるな……。
「あたしは推薦で大学行くからいいもんっ。卒業までは暁くんとずっと一緒だもんっ!」
「わたしは卒業まで、あと一年半あります。どうやらわたしの勝ちですね」
お前らの価値基準はどうなってんの。……勝ちだけに。座布団一枚。
自分のギャグセンスが冴え渡っていることを確認していると、姉さんが心底心配そうに俺を上目遣いに見つめてきた。
「ど、どうしたの? そんなニヤニヤして。ちょっと気持ち悪いよ?」
「…………気持ち悪いとか言うな。というか、懇親会はどうなったんだよ。俺は胡桃……さんのこと、全然知らないからよ……」
胡桃にはこれから色々とお世話になると思う。現に、胡桃以外にクラスメイトで頼れる人はいない。……まあ、友人が出来ていないだけだが。
今日は話し掛けられてもあまり社交的な返しは出来なかった。緊張していたというのもあるが、どうやら俺には人見知りな部分があるようだ。自分ではわりと人見知りではないと思っていたが……まあ、なかったらこんな性格になってない。
誰しもが姉さんのように距離を感じさせない天使的可愛さを持っているわけではない。いや、姉さんは可愛い過ぎて逆に距離を感じてしまうかもしれないな。真の童貞の俺は違ったが。
胡桃に関しても、対女の子コミュニケーション能力が低い俺でも割りと話せる。会った時の印象は苦手なタイプの女の子だったが、いざ話してみると意外と面白い娘だったからだろう。過去に会ったことがあるのも大きいかもしれない。
つまり俺なんかが今、彼女等とまともにお話が出来てるのは二人のお陰だ。
何が言いたいかと言うと、俺は胡桃がいないと、クラスでぼっちになってしまう。だがら胡桃のことを理解しておきたい。前の学校ではずっとぼっちだっただろうが、という内なる声は無視することにする。
俺の言葉に、姉さんは「あ、忘れてた」と言って、区切りをつけるようにパンッと手のひらを叩き合わせ――
「じゃあさ、お互いの第一印象とか話そうよ」
俺たちの懇親会は始まった。