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カラフルパレット  作者: 一重 奏
第一章「はじめての色」
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第七話「外(たびだち)」

「出発は明日にしようか。僕も色々と準備があるからね」


 そういってユウは部屋から出て行った。使用人たちの案内により食事と入浴を終えた私は、その後城の中の一つの部屋に案内された。ここで今日は過ごしていいそうだ。

 地球にいた頃には見たことのない立派なベッドと机が置いてある。客人用の部屋だろうか。ちょっとベッド転がってみる。うん、ふかふかー。


「勢いで一緒に旅に出ることになっちゃったけど、ホントに大丈夫かなぁ」


 部屋の中で一人呟く。虹色なりに考えて返事をしたつもりではあったが、先行きがまったく見えない今の状況ではやはり不安は残るようだ。


「でもこの街にずっといても何も変わらないし、ホントに飢え死にしちゃってたかもしれないからね。きっとユウさんに今日会えたのも何かの縁じゃないかな。これからのことを考えなくっちゃ!」


 地球にいた頃は旅に出るなんて考えはまったく持っていなかった。大好きな絵を描いて、できればその技術を持って就職をして、結婚して、家族と共に生きていくんだろうなと思っていた。

 しかし虹色の世界は突然変わった。色のない世界、虹色が想像もしなかった世界。絵に青春を捧げた虹色からすれば耐えられないほどの衝撃だっただろう。

 それでも、虹色がここまで前向きに考え、行動できるのは彼女の性格によるものだろうか。もっとも、大して深く考えていないだけかもしれないが。


「あっ、そうだ。サイラスさんにも報告しなくっちゃ。明日会えるかなぁ」


 これまでのこと、これからのことを考え、虹色は眠りについた。



 翌朝


 思ったよりは熟睡できたようだ。目覚めは悪くない。いつもの調子だとしたら大体朝の7時くらいだろうか。この世界も地球と同じように朝から夜があり、一日の時間も同じくらいのようだった。

 いつもと同じように簡単な体操を済ませ、一日の活動の準備を始めた。


「身だしなみをっと思ったけれど、鏡が無いからよくわからないなー。うーん、この世界にも鏡ってあるのかな?街中では見かけなかったけれど」


 虹色は朝の準備にはそれなりにマメなほうである。平均よりは早起きして、朝ごはんを毎日食べ、化粧にもそれなりの時間を掛けてから大学へ出ていた。

 特に化粧ができない現状については、虹色には思うものがあるようである。


「でも口紅とか、アイシャドウとか全く意味ないしなぁ…。街中の女性も化粧しているようには見えなかったし、そもそもこの世界に化粧ってあるのかな」


 コンコンコン

 控えめなノックにより、虹色の意識が扉へ向く


「はーい、どうぞー」

「失礼します。虹色様、朝食のご用意ができましたのでご案内致します」


 昨日も何度か会ったことのある使用人が出迎えてくれた。服装はこのままでいいのだろうか。

 エプロン姿から昨晩晴れて開放され、今は簡単な寝間着となっている。エプロン姿よりはマシだが、この姿で城内や街を歩くのもちょっと…。

 そんなことを考えていると


「昨晩の御召し物につきましては洗濯が済んでおりますので、こちらにお着替え下さい」


 ん…うん?またそれ着るの!?まさかそれを着てユウさんと旅に出ることになるわけじゃないよね?


「あの、できれば他に着るものがあればそれがいいのですが…。何かありませんか?」

「我々の洗濯ではご不満だったでしょうか?」

「いえいえ!そういうわけではないのですが。何と言いますか…あまり好きな服ではないので」

「そうですね…我々使用人用のものはございますが。あとは…以前女王様がお召しになられていたものであればいくつか。ただし、城下へ出るとなるといささか不便かと思われますがよろしいでしょうか?」

「一応、見せて貰えます?」


 かしこまりました。と使用人はその場を離れると、すぐに服を持って戻ってきた。


「ちょうど隣が衣裳部屋となっておりますので、数点見繕って参りましたがいかがでしょうか」


 どれもひらひらのレースのついた、いかにもという服ばかりだった。虹色が着るにはいささか、いやかなり似合わないことが目に見える。


「あの…すみません、とりあえず元の服でお願いします…」


 虹色の服に関する災難はまだ続くようだ。



 朝食の席にはすでにユウが座っていた。他には給仕が動いているだけであるが…この城には他に住むものはいないのだろうか。


「やぁ虹色さんおはよう。口に合うかわからないけれどどうぞ」

「あ、おはようございます!こんな素敵な朝食をご用意頂き…その、ありがとうございます」

「どうせ僕も食べるものだからね。一人分も二人分も大差はないさ。それに虹色さんはこれからの僕の大切なパートナーだ。今後も様々なものを共有する時間は増えるだろう」


 虹色は頬が赤らむのを感じた。これまで色恋の経験がない虹色であり、「パートナー」とか「共有」という時間に図らずとも胸が高鳴る。

 もっともユウはそのようなつもりで話しているわけではない、ということは分かっているがそれでもである。


「それでは、いただきます」


 手元のフォークとナイフを持ち、朝食に手を付ける。相変わらず見た目からは何なのか想像しにくい食べ物が並ぶが、食べてみるとどれも味は中々であった。


「ところでユウさん、このお城にはユウさん以外にお住まいになられている方はいらっしゃるのでしょうか?」


 もしかしたら失礼な質問かもしれない、と思いつつも聞かずにはいられなかった。


「うん、僕の父上と母上も住んでいたんだけどね。少し前にとある事で事故死しちゃって。それからは僕が王位を継承し、ここに一人暮らしさ。兄弟もいないからね。まぁ使用人やその他様々な人たちが働いているから、贅沢な一人暮らしなんだけれど」


 そういって笑いながら食事を進める。ユウが話す事実に虹色は何度も謝ったが、あまり気にしていないようだった。

 事故死…ユウがこの広い城内に1人でいることについて、内心ではなんとなく予想していた答えの一つだった。


「さて、虹色さん。これから色を取り戻す旅に出る訳だけれど、そのことにあたって一つ約束してほしいことがあるんだ」

「約束、ですか?なんでしょうか」

「これからは互いに気を使わず、また名前も呼び捨てにしよう。もちろんその丁寧な言葉づかいも今後は無くしていこうか。長い旅になるかもしれない。そうなればお互いの無用な気遣いは余計な心労を増やすだけだろうからね」

「え!?いえ、それは…ユウさんはこの国の王様ですよね!?私みたいな平民、いやそれ以下の得体のしれない者が呼び捨てだなんてそんな…」

「これはこれからの旅にとっての大前提だ。守れないなら出発することはできないよ」


 日本という国においては、目上の者に対しては過剰ともいえるほどの礼儀や敬称、敬語が求められてきた。学生の頃は先輩と後輩という形で、社会に出てからは上司と部下という形で力関係を学んでいく。ましてや相手は王様、本来は“ユウさん”などと呼ぶことすら厚かましいだろう。それまでの日本での経験が、虹色の躊躇を生む。

 しかし、初めの出会い方─国王様ふっとばし事件─とその後のユウの壁を作らない接し方から、虹色はユウの提案について、強い抵抗を持たずに受け入れることができた。


「わかりました。よろしくおねが──…ううん、これからよろしくね、ユウ」

「ああ、よろしく。虹色」


 朝食も終了し、食後の飲み物が出てきた頃


「さて、これから外界…つまりこの国の外に出る訳だけれど。実はここに一つ問題があってね」

「問題?」

「うん、実は僕は基本的にはこの国から出ちゃだめなんだ。一応国王だからね」

「それはまぁ…」


 流石に一国の王が夜逃げというわけにはいかないだろう。しかも長らく国を空けるかもしれないのだ。当然入念な準備と打ち合わせが必要なはずで…


「だからね、こっそり抜け出そうと思うんだ」


 それはもう、とてもいい笑顔だった。

 何を言っているんだこいつは。


「いやいやダメにきまってるでしょ!でも昨日もユウは広場であんな勝負事をしてたくらいだし、自由に外に出れるもんだと思ったけれど」

「国の中なら問題はないんだけれどね。ただ国の外となると別さ。僕を簡単に外界に出さないように、というのが父上の遺言でもあってね。特に門番にはそれが徹底されているのさ」


 ということは昔から勝手に外界に出ようとしていたということだろうか。ユウの父親の気苦労を感じるところである。

 急にこの国の政治が心配になった。どのような政治が行われているのだろうか。ユウが行っているとも思えないが。


「政治関係は大臣達がやってくれているからね、僕自身に大した権力はないし、国王なんてのはただの象徴みたいなもので、居なくても国政には大きな問題はないんだ。ただ国を離れるってなるとちょっと話は別でね。一応、国王の不在期間について国民に周知させた上で、相当の守護騎士を率いる必要があるのさ」


 そう言いながらユウは1枚の羊皮紙を取り出した。


「こっそりといっても、さすがに何も手を打たないつもりはないよ。この羊皮紙はホワイトガーデンの守護騎士達が調印しているものでね、ここに虹色が調印することで、形式上の守護騎士になって貰おうと思う。あとは国民への周知だけれど…それは大臣に任せておけばなんとかしてくれるだろう。所詮はそれも形式的なものさ」


 流石に無理がある気がするけれどいいのかなー…。それに守護騎士ってなんか私なんかが務まるものじゃないよね、絶対。

 若干の不安を覚えつつも、言われた通りに虹色は調印を行う。


「あと残りの問題は果たして門番が通してくれるかって所だけれど、これはサイラスが守る南の門から出れば大丈夫だろう。彼は虹色のことを知っているみたいだからね。それに南には暫く“無の草原”が広がっているから、出た先は比較的安全だと思うよ」

「私もサイラスさんの所から逃げてきたっきりだから、もしかしたら凄い心配されているかも。ユウと旅に出ることを報告できるしちょうどいいね」

「ただ…旅とはいっても、基本的には日中に外へ出て、夜にはここへ戻ってくるつもりだよ」


 衝撃の事実だった。てっきり長期間に渡り様々な所を歩く旅を想像していたのだが。


「それを可能にできる…かもしれない可能性があるからね。そして何より僕に外をサバイバルする能力はない」


 もっともな理由だった。もちろん虹色にもそんな能力はない。


「その可能性っていうのは?それに、種族達が住む所ってそんな近い所ではないんだよね。移動だけでもずっと時間がかかると思うんだけれど…」

「うん、そのあたりの説明は外に出てからにするよ。君のカラーの力が鍵になるところでもあるからね」


 虹色にとっては納得できない回答であったが、ひとまずはユウからの説明を待つことにした。


「それじゃそろそろ外へ出ようか」



 そして城の外へ出た瞬間、急速に街が青色に染まりだした。


「えっ…え!?なにこれ、ユウ!いきなり街が青色にっ…!」

「あぁ…多分ドラゴンが空を飛んでいるんだよ。ほらあそこを見てみて」


 晴天の空に2体のドラゴンが物凄いスピードで飛んでいるのが見える。真っ青に、そして優雅に飛ぶ姿は見るものを圧倒させた。


「すごい…あれがドラゴン。でもそのドラゴンとこの街の変化にどんな関係が?」


 そして虹色は二度目の衝撃に襲われる。街から急激に青色が失われていったのだ。


「ドラゴンは“青色”を支配する種族だからね。そういやまだ説明していなかったけれど、種族の半径5キロメートルはその色の支配下におかれるのさ。更に種族が持つ結晶の欠片は、その設置場所の半径200キロメートルを色の支配下におく力を持っているんだよ」

「へぇ…ということはもし他の種族が近づいてきたら、色ですぐにわかるということなのね」

「そうだね、もっとも他の種族が別の種族に近づくことなんて“貿易”を除き、ほとんどないんだけれど。今のドラゴンが例外なくらいかな」

「もし全種族が一か所に集まったらどうなるの?」

「前例はないけれどね、きっとその場所だけは色を取り戻した世界になるんだと思うよ」


 種族間の仲は悪い…か。 どうして同じ生き物同士仲良くできないんだろう。

 …地球がそうだったように。


「それじゃ早速南の門へ行こうか。ここからすぐそこだから、30分も歩けば着くと思うよ」

「夜にはここに戻るっていうことだけれど、今日にでも別の種族の所へ行くつもりなの?」

「最初はドワーフの国へ行こうと思っている。けれどそれは今日じゃない。今日は虹色のカラーの練習といくつかの実験をしようと思ってね」

「実験?」

「うん、虹色はまだ自分が持つカラーを十分に理解していないよね?どんなことができて、どんなことができないか。まずはカラーについて十分に理解しないと、ドワーフだろうとその他の種族だろうと到底立ち行かないさ」

「なるほどね。ところで気にはなっていたんだけれど…具体的にはどうやって色を取り戻すの?まさか力づくで?」


 昨日、色を取り戻す話を聞いてからずっと考えていたことではある。もしかしたら戦って奪うのではないか、そんなことも想像していたのだが


「それについては行ってみないと分からない部分は多いかな。ただ種族達と直接戦うような、そんな血生臭いことにはならないよ。太古の大戦以降、種族間の決闘や暴力はご法度になっているからね」


 その後は取り留めのない話をしながらユウと街並を歩く。


「さて、ここが南の門だ。虹色が初めてこの国に来たときに一度来たことがあるんだよね」

「うん、あの時は何がなんだかよくわからないまま案内されて、そのままサイラスさんと会って…あっ!サイラスさーーーーん!!」


 遠くで荷物を運んでいたサイラスを見つける。色のないこの世界では顔の特徴等が分かりにくいはずだが、虹色の芸術の才能も相まってか一日で克服したようだ。


「虹色さん!昨日あれっきり居なくなってホントに心配しましたよ!……あれ、国王様はこのようなところで何を?」


 この国ではユウが出歩くことは珍しいことではなく、国民にはその行動範囲を含め広く親しまれている。ただ、衛兵等にとってはやはり特別な存在ではあるようだ。


「実はサイラスさん、私はユウと一緒に色を取り戻す旅に出ることになりました!とは言っても、ユウが言うには日帰り旅行のようなものになるそうですが…」

「ホントですか!?いやー実は昨日、冗談半分で虹色さんに旅に出るように言ったのですが、まさかホントに旅に出てくれるとは」


 え、今何と言いましたか。

 物腰こそ丁寧だが油断ならない人物なのかもしれない。


「それにしても国王様もご一緒とは…。国王様自身、今の国の現状について憂いていたことは重々承知しておりましたが、しかし自ら出られるとなりますと」

「サイラス、実はその点で頼みがあってね。これから何度か、僕はここを通って外界へ出ようと思う。そのことについて少々目を瞑って欲しいんだ」

「…私は前国王様より、貴方様をここから先へ進ませないことの言付を受けております」

「サイラスさん、あの、私…」

「ですが、色を取り戻したいとする気持ちは私も同じ。衛兵としては認めるわけにはいきませんが、虹色さんをけしかけた責任もあります。ここ私の首を賭けて目を瞑りましょう」

「ありがとう、サイラス。でも首まで賭ける必要はないよ。大臣たちには"サイラスに必死に止められたけど無理やり出て行った"とでも後で話しておくさ。それに、明日以降は正式な手続きのもと、出られるようになるはずだからね」


 そして、虹色は2度目の外界へ足を踏み出した。

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