第五話「茶(おう)」
ユウは広場の近くにある店に私を連れてきた。中に入ると、カウンターのようなものの他にテーブル、椅子が置いてあり、上品なバーのような雰囲気の内装だった。
こういう店に入った経験のない虹色は、辺りをキョロキョロと見渡す。
ユウがテーブルの一つを指差した。
「あそこに座ろうか」
店の片隅にあるテーブルに腰を落ち着け、高そうなお店だなぁ…お金足りるかな。なんやかんやで1万オーロ貰ったけれど、これいくらくらいなんだろう。と考えていると
「何か飲み物持ってくるね。どれがいい?」
どれといっても何がどれなのかさっぱりわからない。
「それじゃあ適当に持ってくるね。ちょっと待ってて」
そういってユウはカウンターのマスターらしき人と何やら話すと、すぐに飲み物を2つ抱えて戻ってきた。
「この街自慢のサンドティーだよ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。ええと、おいくらでしょうか」
「うん?…ああ、お金はいいよ、僕のほうから誘ったんだからね」
「すみませんすみません!ありがとうございます」
なんかこの世界に来てから腰が低くなったなと感じる虹色。
目の前にある飲み物は、液体ということはわかるが、色が無いためこれが何なのか全く検討もつかない。匂いは悪く無いようだが…。
意を決して飲んでみると、口の中にアーモンドのような甘い味が広がった。この世界に来て、初めて味のある飲み物を飲んだ虹色は、地球で飲んだ様々な飲み物にひけをとらないように感じた。
「美味しいです」
「それはよかった。僕もこれが好きでね」
そういってユウも美味しそうにそれを飲む。
「それで、さっきの力のことなんだけれど…君はあの力のことについてはどのくらい?」
「あのときは夢中で、私自身何が起きたのか全然…。もしかしてあれがカラーという力なのでしょうか?」
「カラーのことは知っているみたいだね。そうだね…とりあえず君のことをもう少し教え貰ってもいいかな。」
虹色はこれまでのことを全てユウに話した。地球という世界に居たこと、絵に突然吸い込まれたこと、サイラスと会ったこと、話したこと。
「正直信じられないな…でもさっきのカラーの力と、その服装は他に説明が…少なくともこの国のヒューマンでは…」
ユウは何やら考え事をしているようだが、虹色は顔を真っ赤にして俯いていた。
服装はもう勘弁して下さい…。ああもういっそのこと裸になろうかな、そうすれば街の人が服を恵んでくれないかな、いやもうこの飲み物を頭から被ってしまって…。虹色の思考が全力で空転する。
地球にいた頃はそれなりにオシャレに気を使っていた虹色だが、この世界に来ては散々である。こんなことならサイラスの軍服を着ていたほうがマシだったかな、と思っていると
「虹色さん」
「ひゃぃっ!すみません変な格好ですみません!」
「格好?確かに変わっているけれど変ということはないと思うよ。それで、君の力を説明するにはサイラスさんの話だけだと少し足りないようだね、僕のほうからいくつか補足するよ」
そういってユウはポケットから何やら筆のようなものを取り出した。もっとも、筆というにはあまりにも粗末で木の枝の先端に毛が少しくっついているだけである。
長さは10センチほどだろうか。持ち運ぶにはちょうどいい大きさに見えた。
「これはロードと呼ばれるものでね、この国における一般的なお守りのようなものさ。このロードには色を取り込み、カラーを行使する力があるとされている」
「されている…ってことはできないのですか?」
「うん、あくまで模造品だからね、本物もちゃんと存在するんだけれど全て国宝として王宮に保存されていてね。虹色さん、君が持っているものと同じものが」
「えっ?いやそのこれ、ただの筆ですよ!?別に盗んだとかじゃないです!」
「あははごめんごめん、そういう意味じゃないんだ。国宝のロードとは少し形も違うみたいだからね。ただ、どうやら君が持つロードも同じ力を持つようだ。」
そういってユウは虹色が持つ筆とパレットに目をやる。
「さっきの風は“緑色”のカラーだと思う。君のロードが“緑色”のカラーを取り込み、行使されたんだろうね。もっとも正しい手順からは外れているから、あの程度の威力ですんだのだろうけれど」
人一人軽く吹き飛ばしましたが。
正しい手順、とやらに則るともっと大きな風が起きていたということだろうか。そう思うと虹色が持つパレットと筆…この世界でいうロードが鋭利な凶器に見えてきた。
色を支配している他の種族たちはこの力をどのように使っているのだろう。急に虹色は他の種族達が恐ろしい存在のように感じた。
「私、こんな力はいらないです。きっと正しく使いこなせないし、またさっきみたいに暴発しちゃったらと考えると。できたら別の人に…」
このパレットと筆は、虹色が大学に入ってから使ってきた大切なものだ。しかし…
「カラーは色を支配している者しか使えないんだ。そして色の支配というのは特別でね、おそらく君のそのパレットの色の支配は他に渡すことができない。大丈夫、正しい使い方さえ分かれば、さっきみたいなことにはならないさ」
「正しい使い方…私にできますか?」
「もちろんだよ。そのために君をここまで呼んだというのが一番の目的だったからね。もちろん色々と話を聞きたかったというのもあるけれど」
サイラスの話を聞いたときは、あまりに突然のことに逃げ出してしまった。
ユウを吹き飛ばしてしまったときは、何が起きたのか全く理解できなかった。
でも、この力を使いこなせれば人々の役に…もしかしたら色を取り戻して大好きな絵をまた書くことができるかもしれない。
「しかし不思議なものだね…本来カラーを行使すると、力の大きさに応じて色が減るはずなんだ。君のパレットに残るこれだけの色だと、もう消滅してもおかしくないし、そもそもあの規模の力が出るはずが…」
「あの、ちょっと疑問なんですが、何でユウさんはこんなに詳しいんですか?サイラスさんはそこまで知らなかったみたいですけれど」
「カラーの力は元々は王家と貴族たちが支配していた力だからね。まぁヒューマンはもう使えないのだけれど」
「…?それがユウさんの知識と関係あるんですか?」
「うん、僕はこの国の王だからね。本名はユウ・ロードっていうんだけれど。…あはは、その反応だとやっぱり知らなかったんだね」
……さっき私は王様を吹き飛ばしたということでしょうか?
虹色はそのまま椅子から静かに降りて、頭を床に何度もぶつけて土下座を繰り返した。
その涙は額の血と混ざっていたが、目に見える違いは無かった。




