第三話「種(せんたく)」
「以前は、この世界は色で溢れていました。もっともずっと太古の話ですので、私も言い伝えで聞いているだけではありますが」
「今は無くなってしまったんですか?」
「いいえ…厳密には色は存在します。随分と少なくなってしまいましたが。我々が色を見る機会はそう多くありません。」
ふとサイラスは、虹色の持つパレットに目をやる。
「そのパレットにある色はとても貴重なものなのです。特に我々ヒューマンにとっては」
ヒューマン…何度か聞いた言葉だ。人間を表す言葉であることは間違いないだろう。
ではヒューマン以外がいるということだろうか。そういえばあの兵士がエルフとかドワーフとか…。
「そうですね、この世界には様々な種族が存在します」
「その種族が色と関係するのですか?最初にお会いした兵士の様子だと友好ではないようですが」
──何者だ貴様!エルフか、ドワーフか、それともフェアリーの擬態か!!──
兵士の言葉が思い起こされる。
「この世界の色はそれぞれの種族によって支配されています。炎のミノタウロス“赤色”、空のドラゴン“青色”、森のエルフ“緑色”、土のドワーフ“茶色”、月のフェアリー“黄色”、海のマーメイド“水色”、魔のデーモン“紫色”、夢のサキュバス“桃色”、そして無のヒューマン“無色”これら以外にも色を支配する種族が存在するという噂もありますが…我々ヒューマンが所有する書物等にその記録は無く、これらが現在把握するすべての色と種族です。」
それらの種族は私が地球にいたときも空想上の生物として聞いたことがある。それが実在するということだろうか。
「もっとも、ヒューマンについては皮肉に語り継がれているだけで、色を有しないのと同義なのですが」
「この世界では主にその9種族により成り立っているということですか?」
「いえ、正確にはこれらの種族が支配している下位種が存在します。例えば野生獣や虫は下位種に入ります。ここでいう種族とは、主に言葉が通じる、または色を支配している種のことを指します」
そういえば外を歩いているときに虫や鳥を見かけたっけな。しかし色の無い生き物って味気なかったなぁ…。私、虫がすごい苦手だけど全然怖くなかったし。鳥さんも何かの物体が飛んでいるって感じだったし。
人の顔もちょっとわかりにくいなぁ。サイラスさん、結構カッコイイと思うんだけれど。この光景にも暫くすれば慣れるのかな。あっ、でも私の腕に産まれたときからある青いアザがよく見えないかも、やった!
「それで、色の支配とは具体的にどういう意味なのでしょうか」
「そうですね…色には特別な力があり、我々はそれをカラーと呼んでいます。例えば“赤色”のカラーは炎の力を、“青色”のカラーは空に浮かぶ力を与えてくれます。それぞれの種族は支配しているカラーを用いることで繁栄を続けています」
「では“無色”のヒューマン、私たちの種族にカラーは…」
「はい、我々に用いることのできる特別な力はありません。ただし、これも言い伝えでしか知らないのですが、ヒューマンだけは他の色を取り込む力があるそうです。どうやって取り込むのかは私も詳しく知らないのですが。」
もともとは色で溢れていたという世界。なぜ種族が色を支配してしまったのか。そして色を失ってしまったのだろうか。
「詳しいことは私も…。分かっているのはそれぞれの種族の王が持つ結晶が色を吸収し、支配しているということです。かつて太古には色を巡る大戦があったそうですが」
この世界の状況は少し理解できた。しかしそうなると、もう大好きな絵を描くことはできない、いや色を見ることもできないということだろうか。
ずっと絵に情熱を捧げてきた虹色にとって、それは耐え難い苦痛であったが、実感としてまだ沸かないものがある。
「…あれ、それならばなぜ私のパレットには色があるのでしょうか?」
「そうなんです!ここからが本題でして、色にはカラーの力があることは説明した通りです。そしてその力は色を支配している者のみが行使することができます」
嫌な予感がしてきた。急用を思い出そうかな。
「つまり、貴女はカラーを使うことができるのではないでしょうか!是非その力を我々ヒューマンのために使って頂けませんか!!」
人のためになることは良いことであり、人のために動くことは好きだ。
そして私がもし本当にそのカラーの力を行使できるのなら、きっと色のないこの世界の助けにもなるだろう。
しかし私はただの美大生に過ぎない。特別な力もなければ身体能力もない。絵を書くことだけが私の取り柄。
きっと彼らはずっとこの色のない世界を見て生きてきたのだろう。彼らに色の素晴らしさを教えたい。素敵な絵を書いて心を満たしてあげたい。
もし私に、それができるのなら…
「私で力になれるかはわかりませんが、出来ることがあれば。ただ、私はこの世界の人間ではありません。できれば元の世界に戻りたいとも思っています。もしその方法が見つかれば直ぐにでも戻るかもしれませんが、それでも良いでしょうか」
「本当ですか!ええ、ええ。もちろんです。ありがとうございます」
サイラスの目には少し涙が浮かんでいるようにも見えた。透明という色は存在するのだろうか。
「では、具体的にはどうすればよいのでしょうか」
火を起こしたりすればいいのかな?
「色を取り戻す旅に出て下さい」
……はい?




