第二話「国(せかい)」
ホワイトガーデン…その名の通りこの国にも色が存在しなかった。もっともホワイトも色の一つではあるため、厳密にはこの国の風景も歩いてきた草原と同様に、ただのシルエットのように見えるだけであるが。
「こちらで少々お待ち下さい」
兵士はそう言って部屋から出ていく。ここは兵士の詰所のような所だろうか。簡素な机と椅子と、壁にいくつかの武器が立て掛けてある。
「剣に槍に…あれは斧かな?何やら物騒だなぁ…。兵士の部屋なら当たり前か。…実は良くできたおもちゃだったりして?ちょっと触ってみようっと」
剣や斧の先をツンツンと触ってみる。どうやら本物のように見えるが、どれも新品のように綺麗だった。実戦として使うことはないのだろうか。
コンコンコン
「よろしいでしょうか」
先程よりも物腰の良い声が聞こえた
「ふぁっ!は、はい!どうぞ!」
気が緩んでいたためか、または勝手に武器を触っていた罪悪感からか、突然のノックに驚いてしまい上ずった返事となった。
初老の大男が入ってきた。身長は190センチを超えるだろうか。ただし動きに粗暴な点はなく、その礼儀正しさに見とれてしまった。
「先程のはうちの衛兵が失礼しました。ここ最近は、外界から訪問者が来ることも随分と減りまして。まぁその必要性も少なくなったからですが…」
「あの、私本当に何が起きているかわからなくて、気がついたら丘の上で倒れていて」
「そうですね、私もゆっくりとお話を伺いたいところですが、まずはお腹が空いていると聞いています。お食事をご用意しました。どうぞこちらへ」
男性はそういって虹色を別の部屋に移すと、そこには良い匂いの漂う物が広がっていた。
「どうぞ召し上がって下さい。急だったもので昼の残りで恐縮ですが、味は悪くないと思いますよ。」
「ありがとうございます!いただきます!」
とはいったものの、色とりどりの食事という言葉があるが、色の無いこの世界ではあまり美味しそうには見えなかった。
しかし空腹のためか、匂いだけで虹色の食欲が刺激され、食指を伸ばすには十分過ぎるほどである。
用意された食事はパンと再加熱されたスープ、そして無粋に焼かれた何かの肉である。味は悪くないと言われたが、正直イマイチだった。肉は生焼けの所と焦げている所がある。
色が無いから焼き加減がわからないのかな…。食べながら、そんなことを考えるほどにはお腹が満たされてきたとき
「お食事しながらで結構ですので、いくつかご質問させて頂いてもよろしいでしょうか」
側にずっと立っていた男性が遠慮がちに問いかける。
「あ、はい。なんでしょうか」
「まずは…そうですね、貴女のお名前は何といいますか」
「彩飾虹色といいます。漢字は、ええっと…」
「サイショクニジイロ?変わったお名前ですね。漢字というのは何でしょうか」
言葉は通じたが文字は違うのかな。なんと説明しようか考えていると、男性のほうから続けてきた。
「私はサイラスと言います。この辺りの衛兵団の団長を努めています。もっとも、何色も持たないこの国を攻めようって種族は存在しませんが…。それに、武力による威圧は種族間でもご法度となっていますからね。衛兵団の存在はただのアピールみたいなものです」
色。この世界に欠けているもの。そして私のパレットの色に対する門番の兵士の驚き。
「あの、どうしてこの世界には色がないんですか?」
「その前に一つ、あなたはこの国、いやこの世界で産まれたわけでは…?」
「ここは私がいた世界とは明らかに違います。私も何が起きたのかわかりませんが…ついさっきまで私は部屋の中で絵を描いていたんです」
あのとき、虹色は真っ黒な穴に吸い込まれた。しかしどうしてあのような事が起きたか、全くわからない。
「正直信じられませんが、そのパレットに残る色は、現在我々ヒューマンが持ち得ないものです。また、その服装も我々が着ているものとは大きく違います。もっとも、この国の服装を全てを把握しているわけではありませんが」
そこで初めて虹色は自分の着ている服に気がついた。
絵を描く途中だったため、ラフなジャージにエプロンを着けただけの簡素な格好。とても外を歩く姿ではなかった。彩飾はオシャレにも敏感な20歳。休日には必ず服屋に行きウィンドウショッピングをしていたほどだ。エプロンこそ新調したばかりで綺麗なものだったが、虹色にとってはそういう問題ではないようだった。
「ああああの!何か替えの服ってありませんか!?できれば…そう!この国の一般的な服とか!」
自分がいかに不躾な服を着ているかここにきてようやく理解し、虹色は顔を真っ赤にしサイラスに訴えた。
「服ですか、今の服も素敵だと思いますが…何か汚れでもつきましたか?」
「いえ!あの!その!とにかく着替えたいんです。何でもいいです!」
「そうですか。ただ女性用となるとなかなか。…少々お待ち下さい」
そういってサイラスは部屋を出ると、いくつかの服をもって直ぐに戻ってきた。その手には、虹色が着るには到底似合わないであろう女性用の軍服。
「あ、あの…すみません、今のままでいいです…」
「…?そうですか、わかりました」
流石に軍服は…私強くないし。
よくわからないところで虹色の趣味には合わなかったようだ。
「さて、サイショクニジイロさんはこの世界の方ではないと言うことですが」
「ええっと、虹色でいいです。出来ればもう少し柔らかい呼び方で」
「わかりました、では、虹色さんは…こんな感じですか?」
うんうんと頷く虹色
「はい、まずは虹色さんにこの世界のことと、そしてそのパレット、正確にはそこに付着する色が持つ意味についてご説明します。」




