第十一話「穴(くま)」
「よっし!それじゃ…しゅっぱーーつ!!」
「あれ、ずいぶん元気だね。何か昨日いいことでもあったのかい?」
「昨日寝る前に色々と考えてみたんだけれど、元の世界だとこんな経験なんて絶対に出来ないからね。そりゃちょっとは怖いけれど、まずは精一杯前向きに楽しんでみようと思って」
「へぇ、いい心がけだね。僕も少し緊張しているから、虹色が元気だと安心だよ」
二人は南の門へ向かって歩いている。昨日と違うのはこっそりと城を出たのではなく、出る際に結構な人たちからの見送りがあった。
正式な手続き、というのは終わったのだろうか。
南の門へ近づくと門の所でミルが立っているのが見えた。
「…遅い。私を待たせるなんてどういう了見かしら。待ちくたびれてか弱い乙女が倒れたらあんたらの責任だからね」
「ミル姉さま!いつからここにいたんですか?というかなんでいるんですか?」
「ふん。一応話は昨日聞かせてもらったからね。見送りくらいはしてあげようと思ったのよ。感謝なさいモロコシ」
「ありがとうミル、来てくれて嬉しいよ。今日中には必ず戻るから心配はいらないよ」
「別に心配なんかしてないわよ。……でも…ケガはしないでね。あんたに何かあったら絶対に許さないんだから」
「大丈夫。今日も城で一緒に夕飯を食べよう。もちろん虹色も一緒に」
虹色はそんな二人を横目に見ながら赤面していた。
はわわわ…。邪魔しちゃ悪いしどうしよう。…あ!そうだサイラスさんの所にいこう。あの詰所にいるんだろうし、多分。
ごめんねユウ。またあとで戻ってくるから、ミル姉さまとお幸せに!
恋愛経験に乏しい虹色はいらぬお節介を発揮し、そそくさと二人から離れていった。
当然その後、居なくなった虹色を二人は探すハメとなり、こっぴどくミルに怒られることとなる。
うぅぅ、サイラスさん居なかったしミル姉さまに怒られるし。
アツアツの二人の傍にいるほど図太くないもん。どうせ恋愛経験に乏しい処女ですよーだ。
…恋愛かぁ。最近はずっと絵ばっかり描いてたし、友達には絵と結婚したらとか言われたっけな。
でも私を好きになってくれる人なんか…トウモロコシ体だし。
出発時の元気はどこへ行ったやら。虹色は何やらブツブツ言いながらミルとユウの横を歩く。
「あーもうウザい。いつまでそんなウジウジしてんのよ。ていうか勝手に居なくなるモロコシが悪いんでしょうが。私らに無駄な手間かけさせて。やる気ないなら帰れば?代わりに私が行くわよ」
「まぁまぁミル、そのくらいで。虹色も詰所へ行っていたのは何か理由があったんじゃないかな?僕は別に気にしてないよ。さぁ門をくぐって外へ出よう」
「あ!国王様、それにベレレーヌ様に虹色さんも!」
門を出ると、サイラスが立っていた。何やら袋に詰められているものを運んでいる途中だった。
「やぁサイラス。今日は貿易かい?」
「ええ、正午過ぎにマーメイドと会う予定です。そのための準備を今していまして」
「あぁ…彼女らに会うということは貿易の場所はアスール湖かい?」
「はい。ただ今日は小規模なものですので、ここスル隊だけで向かう予定です」
「なるほど。危険はないと思うけれどくれぐれも気を付けて。優先すべきは個々の安全だからね」
「お心遣い誠に感謝します。国王様も道中、お気を付け下さい」
貿易…?それにマーメイドって確か"水色"の種族よね。一体何があるんだろう。
魂が半分抜けていた虹色がやっと戻ってきたようだ。
「あの、サイラスさん。貿易って何ですか?」
「あぁ貿易というのは「いいからさっさと出発しなさい。いつまで時間かけるつもりよ。」とです」
ううん?うまく聞き取れなかった…。
でもこれ以上聞くとミル姉さまにまた怒られそうだし、後でユウに聞いてみよっと。
「それじゃ行ってきます!ミル姉さま、サイラスさん」
何やら元気になった虹色は、ミルとサイラスに見送られながら無の草原へ出た。
「ところで昨日は話に出てなかったんだけれど、ドワーフの国まではどうやって行くの?ここから結構遠いんでしょ?」
「そうだね、ここホワイトガーデンからは比較的近い方だけれど、それでも300キロメートルくらいはあるんじゃないかな」
「さ…さんびゃくっ!?どうやって日帰りするつもりなのよそれ」
「うーん、いくつか考えはあるんだけれど、今回は単純に走ってみようかなと」
「いや…ユウさん?」
「うん?なにかな?」
「あなたはバカですか?」
相手が一国の王ということを思わず忘れてしまったようだ。
つい言葉が荒くなってしまった。
「さんびゃくですよさんびゃく!!人が走る距離じゃないんだけど!?しかも日帰り?往復ろっぴゃくきろ!?新幹線でも乗る気!?」
「えーっと、しんかんせんってなに?」
「いや、そのいや。まぁそれはともかく!どう考えても無理だって!私は飛脚かなにかか!」
「あはは、まぁ落ち着いて。飛脚ってのはよく分からないけれど、何もこのまま走るつもりはないさ。流石に僕はそこまでバカじゃないよ」
…ホントだろうか。イマイチこの国王様は信用ならない。
「そうだね、カラーを使って移動する方法をいくつか考えてみたんだ。ただ虹色のイメージの力次第だったり、実際にできるか分からない所があってね。まずは一番簡単な方法でいってみようと思う」
「簡単な方法?」
「そ、限界まで二人の体を"黄色"のカラーで軽くしてから走ってみようと思う。単純だけど結構いい感じにはなると思うよ。とりあえずやってみようか」
確かに昨日は軽くしたあとに飛び跳ねたりしてみただけだったから、全力で走ったらどうなるかは分からない。それに軽くといっても10キロとか20キロとかだったし…。
限界までか…。イメージできるかな。
──ロード・オン
パレットを開き、"黄色"のカラーを筆が吸収し始める。
虹色は、体が綿のように軽くなる姿をイメージする。
軽く…軽く……
「よし…それじゃ行くね、ユウ」
──ロード…リリースッ!
虹色の筆が輝きを放ち、ユウに向かって"黄色"のカラーが放出される。
瞬間、虹色の後ろから風が吹き、前へ抜けて行く。
「あああああれえええぇぇぇぇぇぇぇ…」
と、同時に目の前のユウが吹き飛ばされていった。
「あああちょっと待ってユウ!まずい軽くし過ぎちゃった、飛ばされちゃった!」
だが遠くから物凄い速さで走ってユウが戻ってくる。
「ただいま虹色。いやー軽い軽い、体が無くなったみたいに軽いよ!これならいくらでも走れそうだね」
「うまくいった…のかな?でも風で飛ばされちゃうのはちょっと怖いなぁ…」
「それより見てて虹色。今なら凄い高さまで飛べるかも」
そういってユウはジャンプする体制を取る。
あ、まずい。嫌な予感がする。
「とおっ!!」
数十メートル上にジャンプしたユウは、そのまま風に流されて遠くへ飛ばされる。
「あぁやっぱり!なんであの王様は一度飛ばされておいて分からないのかな!?」
だがほどなくして戻ってきたユウは何事も無かったように飄々としていた。
「さてそれじゃ虹色も体を軽くしてみて」
「うーん…でも私だと風に飛ばされたら戻ってこれないかも…。運動苦手だからユウみたいに走れないと思うし」
「まぁまぁ、まずはやってみないと。ほら、腕をちゃんとつかんでおくから大丈夫だよ」
「ッッ!!」
「うん?どうしたの?」
「あ…いや…その、なんでも、ないで、す。はい」
思わずドキッとしてしちゃった…。いきなり触ってくるんだもん。
気を取り直して虹色も同じように体を軽くする。
確かに自分の体じゃないようだ。今すぐにでも浮き上がりそうな気がする。
「さて、と…」
そういってユウは虹色をお姫様抱っこする。
「!?えっ!いや、その!?いきなり何な…きゃぁっ!ちょっと変な所触ってる!待ってユウ怖い怖い怖い!!」
「ああっ痛いっ!叩かないで虹色。ちょっと待って待って、落ち着いて暴れないで。とりあえず一旦下すから」
「はぁはぁ…もう!いきなり何するのよ!危うく蹴飛ばす所だったよ!」
「いや結構いろんな所蹴られてた気がするんだけれど…。ちょっと説明不足だったかな、ごめんね。虹色に走らせるのもなんだし、基本的には僕が担いでいこうと思って」
「それならそうと最初に言いなさい!…まぁちょっと暴れちゃったのはごめんなさい。でもいきなり担ぐユウも悪いんだからね。それに担ぐなら今みたいなのではなくて、おんぶのほうがいいかも」
「でもそれだと色んな所が当たって虹色もイヤなんじゃない?ほら、胸とか」
「…別に……無いから…」
「うん?ごめん、ちょっと聞こえなかったんだけど」
「なんでもない!とりあえずお姫様抱っこは無し!」
そんなわけでおんぶの形でユウに乗っかる。これも外から見れば相当恥ずかしいものではあるが。
「それじゃ、ちょっと軽く走ってみるね」
そういってユウは凄い勢いで走りだす。
バババババババババババババッ!!
「ちょっ……って…ユウ!これ…と何…聞こえ…い!!」
「えっ!?何!虹色!聞こえない!」
凄まじい風が二人にぶつかり、そして通り抜けていき、上手く言葉が出せない。
ほどなくしてユウが止まる。
「うーん、やっぱり風にぶつかってあれ以上の速度は難しいなぁ。結構速いとは思うけれど、呼吸も苦しいし」
「うぅ顔が痛い…。早すぎるよぉユウぅ…」
若干涙目になりながら虹色が訴える。風が顔にぶつかり、色んなところが風に引っ張られたようだ。
「ぶつかる風をどうにかしないとな…。ねぇ虹色、"緑色"のカラーであの風をどうにかできないかな?」
「どうっていっても…ぶつかる風を退けたりってこと?」
「うーん…そうだね…こう、風の膜を僕たちのまわりに張ってさ、風から守れるような感じで」
「感じでって言われても。まぁユウが言いたいことは何となくわかるけど…ちょっと考えてみるね」
風の膜…つまり風のバリアーのようなものが私たちを丸く包み込む感じかな。でもそれだと、結局は空気抵抗があることには変わらないよね、顔がさっきみたいに痛くなることはなくなるかもしれないけれど。
速度をもっとあげるなら、空気抵抗を軽減しないと…。そうだ、形を変えてみようかな。
無意識だっただろう。気が付けば虹色は空中で筆を動かしていた。
そう、ちょうど目の前のキャンバスに絵を書くように。
先端が尖った…戦闘機のような形に。そこで風を受け流して…。
イメージは固まったようだ。そのまま"緑色"のカラーを取り込み、虹色達の周りへ向けて放つ。
「ロード・リリース!」
瞬間、音が消えた。
虹色が作り出した膜によって空気の振動が限定され、周囲が静まり返る。
「これは…目には見えないけれど、風の膜が僕らの周りにできたってことでいいのかな?」
「うーん、多分うまくできた、と思う。何となくだけれど、カラーを使うときに"どんなことが起きたのか"が分かるようになってきた…気がするかも」
「へぇ。カラーに慣れてきたってことなのかな。虹色次第では僕が思いもよらないことができるかもね」
「あ、でもそんな期待はしないでね。この風の膜?もどれくらいもつのかは全然わからないし」
「体重の操作も完璧だったし、虹色にはカラーを扱う才能があると思うよ。きっと大丈夫さ。さてそれじゃ、もっかいこの状態で走ってみようか」
再び虹色はユウにおんぶしてもらい、地面を蹴り走り出す。
「ははっ!凄いよ虹色!さっきより全然走りやすいし、それに全然音がしないや!」
さっきの倍近くのスピードに乗って走るユウ。虹色も乗り心地はいいようで、楽しそうに目を輝かせている。
「凄い…まるで飛行機に乗ってるみたい!でもユウ大丈夫なの?物凄い速さだけど疲れない?」
「全然!体も虹色も羽のように軽いからいくらでも走れそうだよ!」
それにしても、風景が変わらないなぁ。ユウも楽しそうに走るのはいいけれど、方角とかあってるのかな?
先ほどから変わらず地平の先まで無色の草原が広がっている。ホワイトガーデンの影もとうに見えなくなっており、見渡す限り同じ景色だ。
恐らく1時間ほど走っただろうか。唐突に景色が変わった。
「あれ…?ねぇ、ユウ。あそこ色があるように見えるんだけれど」
「ついたみたいだね、そろそろドワーフの国が近くなってきたってことだよ」
「へぇ…色が見えるってことは、近くにドワーフがいるってこと?」
「または、結晶の欠片の半径200キロ以内に入ったか、だね。ドワーフは殆ど地上には出てこないから多分この範囲内に入ったんだと思うよ」
そして虹色達もその範囲内に入る。体や持ち物の一部が"茶色"に色づき始めた。
「おぉぉ…肌がちょっと色づいて…って私の肌は別にこんなに茶色くないよ!どっちかというと白いもん!なんでこんな日焼けしたみたいな色に……」
そこで思い出す、ここ数日は外に出ている時が多かったことに。色が無いため気づいていなかったが、それなりに日焼けをしていたようだ。
「うぐぅ油断していた…。そういえばお風呂入るときなんかヒリヒリするなーっとは思っていたんだけれど」
「あはは、日焼けくらい別にいいんじゃないかな。そんなこと気にしているヒューマンは多分いないと思うよ」
「それは色が見えないからでしょ!もしこれで"茶色"が手にはいっちゃったらみんなにこんがり肌が見られちゃう…もうお外に出れない…」
「今日はなんだって"地下帝国"だからね、日焼けの心配はないと思うよ。ここに来る途中もそんなに日差しは強くなかったし。風の膜があったのも関係してたのかな?」
そんなことを話をしながら、さらに1時間ほどユウ達は走る。
暫くすると目の前に大きな岩の穴のようなものが見え始めた。
「多分アレだね。僕も見るのは初めてだけれど。あの穴がドワーフの国"ドラドリア"の入口だよ。今の所見えるのはあれ一つだけだけれど、この辺りはあのような入口が至る所にあると思うよ」
「へぇ…ドワーフが外に出てきたりしているってことはない?私たちの事見つかっちゃうとよくないんだよね」
「そうだね、さっきも少し話したけれど、基本的にはドワーフはあの穴から出てくることはないんだ。だから早々見つかるはずが…うん?」
入口に二人が近づいた所で、穴の近くから動く何かがが見えた。
「あ…しまった」
ユウがつぶやくと同時に、その何かが虹色にもはっきり見えた。
「あぅあぅあぅ…なんで…ヒューマンがこんなとこに…ぅぅぅぅううう…やめてください叩かないで捕まえないで食べないでぇぇぇえええええ!!!!!」
絶叫とも悲鳴ともとれる声と共にトコトコトコと穴の中へ走って行った。
「あちゃあ…まずい、見つかっちゃった」
早くも作戦破綻の事実が告げられる。
しかし、そんな事実も吹き飛ぶくらい虹色は興奮していた。
「か…か……かぁぁぁぁぁわいいいぃぃぃぃ!!」
ドワーフ…地下帝国"ドラドリア"に住み、"茶色"のカラーで地下の拡大を続け、多くの種族の目に触れることなく繁栄を続ける種族。
その姿は、二足で歩く小熊そのものだった。




