第十話「備(しゅっぱつ)」
「さて、明日の話をしようか」
夕食を食べていると唐突にユウが切り出した。
「明日って…ドワーフの所にいくって話のこと?」
「そう、さすがになんの作戦もなしにいくつもりはないからね」
へぇ、てっきり行き当たりばったりだと思っていたけれど、流石にちゃんと考えがあったのね。
今日の国外逃亡事件を機に、虹色はユウに対する若干の不信感を持っていたが考えを改める必要がありそうだ。
まぁそうよね。世界中の種族から色を取り戻そうっていうんだから、まさかそんな無為無策なわけがないか。きっと緻密なスケジュールと入念な準備の上で動いていたに違いない。
「で?どうするつもりなのよ」
夕食に手を付けてからは一切喋らなかったミルがここでようやく口を開いた。物静かにそれでいて上品な食事の所作は、流石は貴族と思わせるほどだった。ただ性格はその所作と比例していないようだが。
「うん、ドワーフに見つからないようこっそり結晶の欠片に近づいて、虹色のロードで色を吸収したらまたこっそり離れて戻ってこようと思う」
なるほど、期待した私がバカだった。
「へぇ流石ユウ。いい考えね」
ミルはといえばユウの作戦に何の疑問もないようで、うんうんと頷いていた。
あれ?もしかして私の考えがずれてる?この二人は一体何を言ってるのかな?
「いやいやいや!ちょっとまって!流石にそれは無理じゃないかな!?いや無理とはいないけれど少なくとも作戦とは言わないよね!?というかただのドロボウじゃない!」
「あはは、半分は冗談だよ。流石にこっそり色を盗むようなことはしないさ。ただこっそり行こうとは思ってる」
「ううん?どういうこと?」
「ドワーフの国と言っても広いからね、いきなり国の末端のドワーフと話した所で門前払いがいいところさ。それならある程度中枢まで進んで…そうだね、ドワーフの貴族となら交渉の余地はあると思ってる」
「そのドワーフの貴族と会えるまではこっそり国の中を進んでいくってこと?」
「そうだね。虹色のカラーの力があれば可能だと思う。それに普通は他の種族が近づくと色でわかるんだけれど、ヒューマンはその心配がないからね。それにまさかヒューマンが来るなんて思っているドワーフはいないだろうから、油断もしていると思うよ」
色を有さない種族、か。まさかそんな利点があったとは。
「はぁ…これだから頭の足りないモロコシは。いいこと?もしユウに何かあったら即刻その首を撥ねて広場でさらし者にするから覚悟しときなさい」
…無の草原であったことがミルにばれたら私の首はないかもしれない。
というよりミルはユウの言葉を冗談とは受け止めていなかったような。ただ突っ込むと倍になって返ってきそうだし、そっとしておこう。
「私のカラーの力がっていうけれど、その、見つからないように行けるような色はないと思うんだけれど具体的にはどうするの?」
炎を出そうが風を出そうがむしろ見つけてくださいと言っているようなものじゃないだろうか。
「虹色はドワーフの国がどんなところか知らないよね?」
「え?そりゃまぁ…。行ったことも見たこともないし」
「僕も実際に行ったことがあるわけではないけれど、ドワーフの国は"地下帝国"と言われていてね。入口はいくつかあるんだけれど、すべて洞窟となっていて地下に繋がっているんだ。地下といっても薄暗い穴蔵じゃなくて、それこそ地上のような広大な空間が広がっている…って話さ」
膨大ってどれくらいだろう…東京ドーム10個分とかかな?東京ドームの大きさ知らないけれど。
「地下ってのはつまり天井があるってことなんだけれど、そういった場所では基本的に上に意識が向かないことが多いんだ。地上だと空に鳥が飛んでいればドラゴンが飛ぶことだってあるけれど、地下でそういった種族達が飛ぶことはまずないからね」
「つまり、私達がその天井付近と飛んでいけばバレにくいってこと?」
「そう、それでこっそり進んでいこうと思う」
うーーーーん…ユウが言っていることが間違っているとは言わないけれど…なんか釈然としないものが。ホントにそんなのでうまくいくのかなぁ。作戦って言えるほどのものでもないし。
ミル姉さまはどう思っているのだろう?
虹色は横のミルに目をやると
「ぐぅ」
寝ていた。
「ミル姉さま何寝ているんですか!明日の大事な話をしているんですよ!」
「うぅん……むにゃ……何よ。モロコシのくせに…。だってユウの話長いし何いってるのか全然わかんないしお腹いっぱいなって眠くなったし」
長くも難しくもなかった気がするのだが。
「それに別に私が行くんじゃないんだし、私には関係のない話でしょ?なら勝手に話し合ってればいいじゃない」
「それはまぁ…そうですけれども。でもミル姉さまだって私やユウがどうなるか心配にならないんですか?」
「え、全然?別にモロコシがドワーフの所行って煮られようが焼かれようがどうでもいいし。それにユウがそんなことされるわけないし、もしされたら私がドワーフ共を絶滅させるだけよ」
この人が言うと冗談も冗談に聞こえない。本気でやりかねない。
「僕もドワーフに関して知っていることは多くないからね。大抵のことは行ってみないとわからないってのが正直なところだね。とはいえやることと言えば行って交渉して色を分けてもらうだけ。そんな気を負うことはないと思うよ」
そんな簡単に色を分けてもらえるなら"無色"のヒューマンにはなってないのではないだろうか。
それともこれまでに色を手に入れるって考えがなかったのか。
夕食を済ませ、給仕が片づけに来るとミルは給仕と何やら話したのち、一緒にどこかへ向かっていった。
「あれ、ミル姉さまはどこへついていったの?」
「多分おやつをねだりに行ったんじゃないかな。いつもうちに来るときは何か食べ物を持って帰るからね」
……。
さっきお腹一杯と言っていたのにまだ食べ足りないのだろうか。
そんなに食べるほうには見えないし、成長もちょっと悪いような気がするけれど、消化が良かったりするのかな。
「何お腹殴って欲しいの?逆流させてあげようか?あんたには消化なんていう高等な能力は必要ないわよね?」
「えぇ!?私何も言ってませんよ!?というかいつの間に戻ってきたんですか!」
「ついさっきよ。あんたからなんかむかつく気配がしたからね」
テレパシーかなんかの能力を持っているのだろうか。
「まぁいいわ。それじゃ今日は失礼したわね。また来るわ」
「うん、お休みミル。帰り道は気を付けてね」
「気を付けるも何もすぐ隣でしょ。…またねユウ」
そういってミルは城の外へ出て行った。
外で兵士らしき人が一人ミルに付き添っていくのが見えたが…あの兵士は最初からあそこでずっとミルを待っていたのだろうか。
「ところでミル姉さまってそもそも何をしにここへ来たの?」
「んー…多分遊びに来ただけじゃないかな。それで僕がいなくて怒ったって感じだと思うんだけれど」
遊びにって…名家の当主ってことは多分偉い人なんだろうし、お仕事とかないのかな。いやでもユウもなんか暇そうだしな。
もしかしてすごく平和な国なんだろうか、広場の人たちも楽しそうだったし。日本や地球とは全然違うなぁ…。
そんなことを考えながら、自室に案内された虹色は明日のことを考える。
この世界に来て2日。虹色は少しだけこの世界と国が好きになった。




