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カラフルパレット  作者: 一重 奏
序章「はじまりの色」
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第一話「絵(はじまり)」

西暦2010年、一人の少女がとある絵の前で愉快そうに笑っていた。


「うーん、もう少し下地を整えた方がよかったかなぁ…。でも我ながらいい出来!これなら教授もきっと認めてくれるよね」


 彼女は関東の美大に通う2回生の彩飾虹色(さいしょくにじいろ)。今日は来週発表予定の風景画の仕上げを行っていた。

 タイトルは「花鳥風月」

 人物や物は一切描かれておらず、素人目にはただ様々な色が塗られているだけの絵にしか見えない。しかし、彼女には世界を彩る様々な風景に見えているようだった。


「よし、それじゃ仕上げに…」


 虹色が筆を取ったとき、ふと後ろで絵が揺れた気がした。


「…?」


 彼女が振り返ると、そこにはもう絵はなく、ただ真っ黒な穴が宙に浮いていた。


「!?…なにこれ。私の絵は?この黒いのなに?」


 恐る恐る穴に近づく虹色。そして…


「きゃぁっ!誰か!助けっ…」


 抗えない力が彼女を真っ黒な穴へ引き寄せた。


 そして、彼女はこの世界から姿を消した。



 ドテッ


 軽い音と共に、彼女は地面に落ちた。テレビゲームにあるカッコいい召喚でもなければ、大勢が見ている前でもない。

 ただ一つ違ったのは、両手に筆と絵の具の乾いたパレットをしっかりと握りしめていたことだろうか。


「痛い…何が起きたの、なんかチクチクする」


 そこは芝生の広がる草原…のようなところだった。はっきりと草原と理解できなかったのは、この世界の異常な光景にある。

 体を起こし、辺りを見渡す。そして虹色は言葉を失う。


「え…。何、ここ。どこ、いや、現実…じゃない?」


 彼女の目に広がる景色には“色”が無かった。見渡す限り草…のようなシルエットが揺れているだけ。

 彼女の目がおかしくなったのだろうか。何度か目を擦り、頬を掴む。しかし目の前に広がる光景に変化はなかった。

 理解の追い付かない頭で、必死に覚えていることを思い出す。


「確か私は、さっきまで絵を仕上げようとして…筆とパレットを持って…」


 ふと思い出したように手に持つ物に目をやり、なぜか手放さなかったそれらの存在に不思議と安堵した。右手の筆、そして左手のパレット。パレットには様々な“色”の絵の具が乾いた状態で残っていた。


「赤、青、緑…。私の目はまだ大丈夫そう。だとしたらこの景色は一体…。それにどこだろう、ここ。味気ない景色だなぁ。なんか夢の中にいるみたい」


 パレットの色を見て落ち着いたのか、正常な判断能力を取り戻しつつ、虹色は現状を分析し始めた。彼女は特別な力を持たない。身体能力は同世代の平均以下、学力は…絵に全てを捧げたと本人は言う。しかし、性格は明るく友達も多かった。そんな性格が彼女を動かす。


「とりあえず歩こう!こんな何もないところにいたら喉が乾いて死んじゃう。なにがなんだかさっぱりわからないけど、まずは動かないとね」


 歩きながら彼女は考える。これまでのこと、この世界のこと、これからのこと。


「変なとこに来ちゃったな、ここどう見ても地球じゃないよね、いわゆる別の世界ってやつなのかな」

「でもそれなら、もっとウサギさんが喋ったりドラゴンが飛んでいたり、伝説の勇者が現れた!!…とかのほうがよかったなー」

「そして世界を救って王子様と結婚して、けれど元の世界に帰らないといけなくて…えへへ」

「現実は味気ないし何もない世界。はぁぁ…。というかホントに何もないのだけど、大丈夫だよね…」


 一時間近く歩いただろうか、未だに同じ草原のような光景が広がるばかりで、不安が増してきたその時、遠目にこれまでとは違う景色が見えてきた。


「おぉ?ビンゴかな、なんかはっけーん!」


 丘の先に塀のようなものが見える。


「お腹空いた!なんか家も見えるし人もいるのかな、美味しいものがあるといいなぁ。…あっ!でもお金なにも持ってないや、どうしよう…。でも必死にお願いしたら何かくれるかな。急がなくっちゃ」


 歩くペースが早まる。塀に近づくにつれて、門のようなものが見える。小走りで近づくと、兵士のような者が見えてきた。


「あれは門番ってやつかな?よし突撃!」


 テテテッと近づき、声を掛ける。


「すいませー…っておわわっ!何なに!?私なんか取って食べてもおいしくないよ!?」


 小走りで近づいてきた少女に兵士は驚愕、しかし一瞬の後に手に持つ槍を突きつける。


「何者だ貴様!エルフか、ドワーフか、それともフェアリーの擬態か!!」


 わぁ、ファンタジーな言葉がいっぱい…というか日本語?何で言葉わかるんだろう?

 そんな呑気な事を頭の片隅で考えつつ、しかし反応についてはある程度予想をしていたため、用意していた言葉を紡ぐ。


「私、気がついたらあのずっと向こうに落っこちていて。ここまで歩いてきたんです。お腹ペコペコです!なんか食べ物と飲み物をお恵み下さい!あと寝床も欲しいです!お金はありません!」


 図々しいことこの上ない。

 しかし、必死の訴えが通じたのか、兵士の槍が降りる。


「お前ヒューマンか?こんなとこで何をしている。見慣れない格好だが、何のために外界へ…?…っ!!ちょっとその手に持つものを見せろ!」

「えっ?あっ、ちょっと!」


 兵士は何かに驚いたように、虹色が持つパレットを奪い取った。気が付かないうちにパレットは開いていたようだ。


「ちょっとちょっと!それ大切なものなんだから乱暴に扱わないでよ!」


 そんな言葉が届いたのかは定かではないが、兵士の態度が変わるのを感じた。


「このような形で残るなんてことは…。いや失礼しました。貴女はいったいどこでこれを?」

「まずはそれ返してよ!」

「失礼、お返しします。しかし先程の質問にはお答え頂けますか」


 パレットを、先程よりも丁寧な手つきで虹色へ返す。その手は少し震えているように見えた。


「どこでって言われても…最初から持っていたっていうか、なんというか…」


 彼女だって何が起きたのか理解しているわけではない。しかし、このパレット…いや、そこに付着する乾いた絵の具が何か特別な意味を持つことについては、この世界の情景に照らして何となく理解しつつあった。


「…あなたはヒューマンのようだ、ならば害はないでしょう。一先ず中へどうぞ。食事と寝床をご所望でしたね、すぐに手配致します」


 そうして彼女は無事、入国を許可された。

 ここはホワイトガーデン、この世界の数多の国の一つであり、ヒューマンが住む最後の国。

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