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行きたい場所

 起きて食事を済ませ、本を読んでいるとミカが話しかけてきた。


「宇佐美さん、毎日読書ばかりしてて飽きないんですか?」


「趣味だからな。飽きない」


「死ぬまでにしたいことリスト以外でやりたいことや、いきたい場所とかないんですか?」


「そういえば、リストの項目を消化することばかり考えていて、思ったこともなかったな」


 いわれるまで考えもしなかった。リスト以外でやりたいことか。俺は元々何事においても積極的な方ではない。余命宣告される前までだって、特にやりたいことなど考えずにただ怠惰に生きてきた。どこかに出かけるときはいつも紗友里からの誘いだったし、自分からどこかにいきたいなどいった覚えがない。昔からそういう性格なのだ。いつも受動的だった。


「せっかくですしどこかお出かけしませんか?」


「どこかって?」


「宇佐美さんがいきたいところならどこでもいいです」


「どこでもいいっていわれるのが一番困るんだよな」


「今までいったことのない場所とか、しばらくいってないところとかありますか?」


「そうだな。強いていえば、海かな」


「なんで海なんですか?」


「昔は海を見るのが好きで地元にいたころはよく見にいってたんだ」


 俺の地元は海に面しているところで、小学生の時はよく海にいった。泳ぎにいったわけではない。ただ海を見ているのが好きだった。嫌なことがあった日なんかは学校をサボって一日中海を見ていたこともある。波の音や匂い、動きなどはいつまで見てても飽きなかった。


「なるほど。じゃあ海にしましょう」


 ミカは海に興味津々といった顔をしている。


「でもこの季節は人混みがすごいからな」


「でもでも夏といったらやっぱり海ですよ」


 どうしても海にいきたいらしい。ミカは頑固だから一度いったらきかないだろう。俺は諦めて答えた。


「たしかにな」


 よくよく考えてみると今海にいかなければ、もういく機会はないかもしれない。なにかきっかけがなければいかないだろうし、そのきっかけが残りの寿命のうちにやってくるとも思えなかった。そう考えると今海にいくのも悪くはないという気がしてきた。


「分かった。じゃあ海にいくか。それでミカは水着持ってるのか?」


「もちろん持ってないです」


「だと思ったよ。今日は水着を買いにいくか」


「本当ですか? 嬉しいです」


 そういって俺にしがみついてくる。ミカはもう海が楽しみで仕方がないといった様子だった。

 それから出かける準備をし、外に出た。目的地はとなり町にあるショッピングモールだ。ここから電車で二十分ぐらいの場所にある。最近は郊外に大型のショッピングモールがたくさん造られている。今から向かうところもそのうちの一つだ。


 駅に着き、切符を二人分買う。ふとミカを見てみるとなにやら浮かれているようだった。


「ずいぶんご機嫌だな」


「はい、私電車って乗るの初めてなんです。それが楽しみで」


「ただの電車だぞ? 新幹線でもないのに」


「それでも楽しみなんです」


 俺たちは改札を通り、ホームまでの階段を登った。ホームに出て時刻表を見てみると、次の電車が来るまで後二十分ぐらいだった。ホームは屋根がついていて日陰にはなっているが、風はなく湿った空気が体に纏わりついてきた。おかげでもう汗が垂れてくる始末だった。ホームの中ほどにいくと、待合室があった。そこならば空調が効いているだろう。待合室のドアを開け、中に入る。ひんやりとした空気で室内は満たされていた。他に人は誰もおらず、俺とミカだけだった。とりあえず、座ろうと思ったが喉がからからに乾いていた。なにか自販機で買ってこようと思い、ミカに話しかける。


「飲み物買ってくるけど、ミカはなにがいい?」


「宇佐美さんと同じものがいいです」


 自販機は待合室を出たところにあった。財布から小銭を投入し、色々な飲み物が並ぶ中、俺はコーラのボタンを押した。そしてまた小銭を入れて同じボタンを押す。コーラ二本を手に持ち、待合室に戻った。そしてそのうちの一本をミカに手渡した。


「これはなんていう飲み物ですか?」


「コーラだ。世界で一番飲まれている飲み物なんだぞ」


「世界一ですか。それはすごいですね」


 そういってミカはプルタブを開け、缶に口をつけた。


「どうだ? うまいか?」


「しゅわしゅわしてるし甘くておいしいです。世界一なのも納得できます」


「ミカは一々大げさだよな」


「そうですか? 私にとっては色んなことが新しくて、その度に感動しちゃうんです」


 普通に生きていればコーラを飲んだことのない人間なんてこの国ではほとんどいないだろう。きっとこれも天使の設定なのかもしれないと思いつつも、俺にとってはミカが本物の天使だろうが自称天使だろうが、どうでもよくなってきていた。ミカといると心が和む。それだけでいいじゃないか。気づけばいつの間にかそう思うようになっていた。

 それから二十分後、電車がホームに到着した。車内に入ると、平日の昼間ということもあってか人はまばらで、車内は空いていた。電車が走りだすと、ミカはまるで小さい子供のように、靴を脱いで座席に上がり、電車の流れる外の景色をずっと眺めながらはしゃいでいた。ほとんど人はいなかったから誰にも咎められることはなかった。


「電車って速いんですね。びっくりです」


「新幹線はもっと速いぞ。この何倍も」


「何倍もですか。それはすごいですね。私もいつか乗ってみたいです」


「これから機会があったら乗せてやるよ」


「楽しみにしてます」


 本当はこれから機会なんてあるはずない。俺の体は病魔に蝕まれている。旅行などの遠出をすることはないだろう。それは俺もミカもよく分かっていたんじゃないかと思う。でもいつでもミカは前向きで明るい。だから「楽しみにしてます」なんていう言葉がいえるのだろう。


 電車に乗って二十分後、電車は隣町の駅に到着した。電車を降り、改札を出る。駅からショッピングモールまでは駅から直通でいけるようになっていたから迷わなかった。

 ショッピングモールにつくとミカは感嘆の声を上げた。


「おお、これがショッピングモールっていうところですか? すごく広いんですね。お店もたくさんありますし、人もいっぱいいますよ」


「最近はこういう大型のショッピングモールが増えてるんだ。広くてすごいだろ? ここなら間違いなく水着も売っているだろう」


「本当にすごいです。迷子になっちゃいそうです。宇佐美さん、私から離れないでくださいね」


「俺の傍にいるのが天使の使命なんだろ? だったらミカが俺から離れるなよ」


「もちろん、そのつもりですよ。ただ万が一ってことがありますから」


「ただ迷子になるのが怖いだけだろ」


「そんなことないですよ」


「なら早速水着を買いに行こう」


 水着を買いにいくといっても、まずどの店で売ってるのか分からなければどうしようもない。俺たちはショッピングモールの所々に設置されている案内図を見にいった。しかし、店の名前が載っているだけで、どの店でなにが売っているのかさっぱりだった。仕方がないので、一階の店から順番に見ていくことになった。この建物は三階建てだからだいぶ時間がかかるだろうことは容易に想像できた。


 水着を売っている店を探しながら歩いていると、ミカはアクセサリーショップの前で足を止めた。どうやら気になるらしい。


「気になるなら見ていこう。どうせ時間はたっぷりあるしな」


「いいんですか? ありがとうございます」


 そういうと意気揚々と店内に入っていくミカ。様々なアクセサリーを手に取り、目を輝かせていた。そういうところを見ると、ミカも普通の女の子と変わらないんだなと思った。


「あんまり高いものじゃなかったら買ってやるぞ」


「いえ、ただでさえ宇佐美さんにはお世話になってるので大丈夫です」


「でもそんなに欲しそうにしてるじゃないか」


「欲しいは欲しいですけど、我慢です。ウィンドウショッピングでも十分楽しいもんですよ」


「そうなのか? でも遠慮はしなくていいからな」


「大丈夫です。今日は水着を買って貰えるんですから、他のものはいりません。見てるだけでいいんです」


 本当に変なところは頑固な奴だと思う。どうせ金の使い道なんてもうほとんどないんだ。遠慮なんてすることないのに。両親が残した保険金はまだまだ余っていた。よほどの贅沢をしない限りは、俺が生きているうちに使いきれないだろう。


 それからミカは服屋に入ったり、雑貨屋に入ったりしてウィンドウショッピングを楽しんでいた。その度に、俺に「これどう思いますか?」なんて質問をしてくるものだから返事に困った。俺にそういう女の子的なことを訊かれてもあまりいい返事はできない。紗友里と付き合っている時もそうだった。いつも紗友里はどんな服が似合うか、このアクセサリーは可愛いか、この雑貨はどう思うかなど色んな質問を俺にしてきたが、その度に俺は適当に言葉を濁していた。


 それから結局二時間ぐらいたっただろうか。やっと目的の水着屋を見つけることができた。


「やっと見つかりましたね。どんな水着があるのか楽しみです」


「ああ、早速見てみるか」


 とはいったものの、女の子と一緒に水着を見るというのは相当恥ずかしかった。俺はなるべく前を見ないように床を見ながらあるいた。


「宇佐美さんもちゃんと見て下さいよ。なんで下ばかり見てるんですか?」


「やっぱり女性ものの水着を見るっていうのは少し抵抗があってな」


「もしかして恥ずかしいんですか?」


 ミカはいたずらっぽくいった。そして俺の腕を掴んで店の奥へとどんどん進んでいった。俺のことを見て楽しでいるようだった。そして色々な水着を見せられた、その都度「これ私に似合いますか?」と訊いてきた。正直止めて欲しいものだ。周りは女性客ばかりで余計に気まずかった。ミカは三十分ほどたっぷり悩んで、お気に入りのものを探し当てた。胸元にフリルのついた薄い水色の水着だった。


「これにしようと思うんですけど、どうですか?」


 正直、ミカが着たらとても可愛いんじゃないかと思った。


「ああ、似合うと思う」


 俺は自分の気持ちを悟られないように、素っ気なく答えた。


「じゃあこれにします」


「ところで、ミカは泳げるのか?」


「いいえ、空は飛べますけど、泳いだことはないんです」


「だったら浮き輪も買わないとな」


「そうですね。浮き輪は必須です」


「宇佐美さんは水着買わなくていいんですか?」


「俺は海を見ているだけでいいからいらないよ」


「そんなこといわずに一緒に泳ぎましょうよ」


「いや、俺は海を見ながら酒を飲んでいたいんだ」


「駄目です。宇佐美さんは私と一緒に泳ぐんです」


 ミカがこういいだしたら譲らないことは分かっている。

 俺は渋々、「分かった。買うよ」と答えた。


 それから砂浜に敷くビニールシートと、ビーチサンダル、浮き輪も買った。これで準備は万全だろう。


「それで、肝心の日にちはどうします? いついきましょうか?」


「明日でいいんじゃないか?」


「善は急げっていいますもんね。明日楽しみです」


 こうして俺の人生最後と思われる海へいくことが決まった。海へいったら思い残すことがないように思う存分楽しもう。最後の海。俺の残りの僅かな人生でこの「最後」という言葉は何度出てくるのだろうか。そう考えると胸の中に鉛が流れ込んできたように重くなった。



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