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鉄たび紀行1  作者: 飛べない豚
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1日目―――群馬

初日の群馬県訪問記です。115系電車の乗車記と八ッ場ダムの様子が中心です。

 出発日、2016年3月16日。私は群馬県へ向かうため、埼玉県日高市(ひだかし)高麗川こまがわ駅にいる。群馬へ行くならば、素直に高崎線で行けば良いのだが、なぜ こんなところにいるかと言うと、昨日の早朝、籠原かごはら駅で信号機器がぶっ壊れたとかで、漏電して火災が発生したのが理由である。随分と激しい被害状況だったようで、昨日から復旧作業が行われているんだろうが、一向に復旧しない。それどころか、岡部おかべ熊谷くまがやの終日運休が決まってしまった。よりによって旅行当日に こんなことになるとは、相当運が悪い。

 そんな訳で、私は昨日 急遽予定変更をし、今日は八高線はちこうせん経由で群馬入りしようと思う。高崎線の運休区間ではバスによる代行輸送も行われているようだが、他の区間でも本数が通常の半分程度と言うし、いつ着くか分からない。私は大事を取って、高崎線経由を諦め、時間はかかるが八高線経由とした。

 同様の理由で、帰りは両毛線経由とする。そのせいで、私は土合駅へ行くのを泣く泣く諦めた。土合駅は行ったことのある場所ではあるが、高崎線のトラブルが恨めしい。


 そうは言っても、八高線に乗るのは久しぶりである。平日の9時ならば八高線はいているだろうから、余裕で座れるはずである―――。

 そう高をくくっていたのだが、ホームに止まっていたキハ110系ディーゼルカーは、割と混んでいた。席は全て埋まり、立っている客もいる。予想外の展開に辟易しつつも、私は仕方なくつり革に掴まった。9時すぎ、キハ110系ディーゼルカーは、気動車特有の重たそうなエンジン音を轟かせて、ゆっくりと発車した。

 ディーゼルカーであるがゆえに、八高線は時間がかかる。2時間弱も立っているのでは大変と思っていたが、次の毛呂もろで数人が下車し、座席が空いた。

 越生おごせで東武越生線の線路が寄り添ってくる。越生と言えば梅林で、列車からも梅の木が見えるが、もう時期は終わったらしく、微妙に花がちらついているだけだった。

 小川町おがわまちで東武東上線の線路が隣につき、一旦別れてから寄居よりいで再び近づいてくる。寄居駅は、東武東上線や秩父鉄道と接続する駅で、八高線の小駅を見てきた身には、大きな駅に感じる。

 山に近い場所を走っていたが、そのうち山が遠のき、田畑が増えてくる。単調な田園風景である。

 群馬県に入っても、車内の客は減る気配が無い。この雰囲気では、みんな高崎まで行くようだ。

 群馬藤岡ぐんまふじおかを過ぎると、八高線の旅もクライマックスである。上越新幹線の高架をくぐり、北藤岡きたふじおかまで来た。目の前が高崎線の線路で、ここが事実上の八高線の終点であるが、列車は高崎まで行く。

 高崎線に入ると、列車は急に速度が上がる。倉賀野くらがのを経て、車両基地を横目で見ながら10時40分、高崎着。

 

 どこかで飲み物を調達しようと思う。が、時間もあまり無いので、ホームの自販機で一番安い、谷川岳の天然水を購入し、長野原草津口ながのはらくさつぐち行きの115系電車に乗る。特に意味もなくペットボトルの裏のラベルを見ると、販売者は「JR東日本ウォータービジネス」。JR東日本グループの会社であるが、しまった、図らずもJR東日本に金を払ってしまった。

 谷川の名水は、トンネル工事から始まったと言われる。谷川岳は水の産出量が多く、湧き出る水はとどまる事を知らない。これは、谷川岳を貫くトンネル工事でも、様々な影響を及ぼした。軟弱かつ大量の水が湧き出る岩盤を掘る工事は難を極め、多くの死者を出したという。また、上越新幹線においても建設時、谷川岳近辺のトンネル工事で工期が大幅に遅れ、開業を遅らせる原因となった。

 しかし、トンネル工事の際は迷惑極まりない存在であった水が、今は人の乾きと、JR東日本を潤している。以前はこの水の販売を高崎支社が手がけてたが、最近では子会社が行っているようである。

 それにしても、この電車も混んでいる。大きな旅行カバンやスーツケースを持っている人が多いところを見ると、ほとんどが草津温泉への行楽客であろう。ボックス席を押さえる気であったが、これは諦めるほか無い。

 隣のホームには、高崎線のE231系が止まっているが、行き先は「岡部」。客はまばらであった。岡部と書かれた電光掲示を写真に収めている人がいる。


挿絵(By みてみん)

↑湘南カラーの115系電車。参考画像のため、別の日に撮影された画像を使用。筆者撮影


 高崎を発車した電車は、ぐんぐん加速する。八高線から乗り継いで来た私からすれば、相当速く感じる。抵抗制御の音を轟かせて走るが、これも近々聞けなくなるのかと思うと、少々悲しい。

 新前橋と渋川で ある程度は空くかと期待したが、大して下車する客もおらず、そのまま吾妻線に入る。今日はくだんのトラブルのせいで、草津温泉へ向かう特急が運休になっているはずだから、行楽客が一気に普通列車に流れ込んだのだろう。結局 座れないまま、中之条なかのじょうも発車した。

 これから、八ッ場ダムを見に行くことになっているので、下車駅は川原湯温泉かわらゆおんせん駅が妥当である。

 ダム建設に当たって、吾妻線も去年くらいに線路が付け変わった。吾妻線は何度か乗ったことがあるが、新線区間に乗るのは始めてである。岩島いわしまを出ると、新線区間に入り、真新しいコンクリート製の橋を渡る。渡り終えてすぐにトンネルに入る。轟音がトンネル内に響き、車内放送を聞き取ることも ままならない。

 随分と長いトンネルである。今回 ダム湖に沈む予定の旧線区間には、日本一短いトンネルであった樽沢たるさわトンネルが含まれるが、それがこんなに長いトンネルに変わるとは、変な話である。

 トンネルを出ると、すぐに川原湯温泉駅に入る。降りたのは私と、男性1人だけだった。

 

 駅もまだ新しい。LED照明のホームや、やたら広い通路(コンコース?)など、東京近郊にありそうな駅だった。木製のベンチが並んでいる。

 以前は小さな田舎の駅、といったイメージだったように思うが、元々の駅が思い出せない。

 そうは言っても、特急「草津」が停車する有人駅である。今日は特急が来ないので、駅員が退屈そうな顔をしている。

 駅を出てすぐに、巨大な吊り橋が目に飛び込んでくる。これから出来るであろうダム湖を横断する橋だが、斜張橋しゃちょうきょうが3連になっていて、さすがに巨大である。不動橋というらしい。巨大な十字架が横に3つ連なっているような、そんな形である。


挿絵(By みてみん)

↑3本が連なる斜張橋。この巨大な橋脚の3分の2くらいまで水面が来るのだという。筆者撮影


 この辺は吾妻渓谷と呼ばれ、山々に囲まれた地形になっている。深い谷になっていて、以前は谷底に吾妻川、国道、吾妻線が並行して通っていて、小さな集落が点在していた。現在では線路が川の南側、国道が北側に移転され、谷底の集落は完全に消えた。ダム建設の本格化に伴って立ち退きになったからで、わずかに残る住宅も生活感が感じられない。

 あちこちから土音が絶えず響くのを聞きながら、不動橋を渡る。見た目以上に高く、そして長い。測ってみると、渡り終えるのに10分弱もかかった。下を覗き込むと、目が回りそうになるほど高い。

 橋の下―――つまり谷底だが、そこにはベルトコンベアが張り巡らされていた。周辺の山を貫くトンネルを掘削している際、そこから出る土砂を谷底へ運んでいるのだろう。山の中腹から、黒いコンベアが斜面に沿って谷底へ伸びていた。

 渡り終える直前で、線路が谷底にあるのが目に入った。付け変わる以前の吾妻線の旧線だろう。これは行ってみない訳にはいかない。

 さて、谷底へ降りようとすると、谷底へ伸びる道という道が、立ち入り禁止になっている。工事が本格化しているので当たり前だが、これでは旧線を見に行くことができない。簡易的な柵や鎖などで遮っているだけなので、越えることは容易だが、不法侵入になってしまう。作業員に怒られるのも好ましくない。

 どうしようかと考えていると、谷底へ伸びる道を見つけた。しかも立ち入り禁止では無い。その証拠に、ちょうど今、乗用車が谷底から上がってきた。どうやら新しく開通した国道と、付け変わる前の旧国道を結ぶ道らしく、私はこれを通って合法的に谷底へ入ることに成功した。不動橋の真下へ来る。見上げると、高さ、長さが より一層伝わる。よく こんなものを作ったなと思う。

 急な下り坂を降り、吾妻線の旧線の近くへ来た。架線を吊っている電柱が変な向きにされ、架線がグニャグニャになっている。遠目から見たところ、線路上の機器類は全て残されていた。使われなくなって間もない鉄路は、今にも電車が来そうだが、周囲の倒木や落石は廃線跡の趣である。

 線路沿いの旧国道を進むと、鉄路の先にコンクリート製のトンネルが口を開けていた。線路に入ってみたい気もするが、それは抑え、戻ろうと思う。トンネルのコンクリートの上は分水嶺ぶんすいれいになっていて、チョロチョロと水が流れていた。

 さっきは下り坂だったが、今度は逆なので上り坂である。しかも、恐ろしい程の急な斜面である。舗装されてはいるが、かなり辛い。暑くなってきた。思わず上着を脱ぐ。

 木造の趣ある小学校の旧校舎を横目で見ながら、新国道に戻ってきた。電車の時間までは余裕があるが、取り敢えず駅に戻ろうと思う。


 不動橋まで戻ってきた。そこの横には「八ッ場ふるさと館」という名の道の駅があって、さっきは素通りしたが、時間潰しも兼ねて中に入る。短距離とは言え、恐ろしい程の急坂にも疲れた。

 道路沿いには「足湯」と書かれたのぼりが立っていて、行ってみると、なるほど 足湯から湯気が昇っていた。これから東京へ戻る予定だったが、せっかく草津まで来たのだからと思って、衝動的に足湯に入る。タオルを持ってこなかったが、足だけなら自然乾燥で十分だろう。販売もしていた。

 まだ草津の手前ではあるが、気分は完全に草津温泉である。下に沈んでいる白っぽい粉は硫黄で、草津温泉らしい。看板には加温していないと書かれているが、結構暑い。湯に入っていた部分が赤くなっていた。それでも、気持ちがいい。足だけでも草津温泉が堪能できたので満足である。疲れていたが、休憩には有意義だった。電車の時間もあるし、そろそろ駅に戻ろうと思う。足湯から出ると、気のせいかもしれないが足が軽く感じられたのは不思議だった。


 川原湯温泉駅から再び115系電車に乗り、新前橋まで戻ってきた。ここで両毛線に乗り換えるが、入ってきた電車は伊勢崎いせさき行きだった。しかも、107系である。107系は165系の部品を流用して作られたオールロングシートの車両で、旅情とはかけ離れている。

 そうは言っても、新前橋でずっと待っているのも退屈なので、取り敢えず次の前橋まで乗る。そこから高崎行きの電車で新前橋に戻った。後続の小山行きの電車に上手いこと接続したが、電車は211系である。両毛線は115系よりも211系や107系が多いことは承知の上だが、それでも少々残念である。しかも、すれ違う電車は115系ばかりである。17時49分、小山着。

 後は東京のバスターミナルを目指すだけである。接続列車には宇都宮線の通勤快速というのがあるが、それの1本前の普通列車とどっちに乗ろうかを迷う。通勤快速は停車駅が少ないが、1本前の普通の方が、先に到着しそうな気もする。どうせなら通勤快速に乗りたいが、私は普通列車に乗った。

 蓮田はすだ辺りで後続の通勤快速に接続するかと思ったが、結局抜かれることなく大宮に着いた。私の判断は正しかった、と思ったのも束の間、隣のホームに通勤快速が入線してきて、しかも先に出発していった。どうやら、判断を誤ったらしい……。


 某バスターミナルへやって来た。ここから夜行高速バスに乗り、明日は関西である。

 ところが、バスの座席は一番後ろの通路側。座席としては最悪で、今夜は両側を他人ひとに挟まれて寝なければならない。安いバスを選んだので、シートピッチは狭く、肩が隣とぶつかる。圧迫感は半端なものではない。後ろを気にせず、リクライニングを思い切り倒せるのは利点だが、他人に挟まれて寝るのは あまり気持ちの良いものではない。どっちを向いても人である。夜行高速バスは何度か乗ったことがあるが、こんな座席は初めてである。レアと言えばレアだが、窓際まどぎわと料金が一緒なのが、正直 納得いかない。今日は つくづく運が悪い。もう何も考えたくないので、今日はさっさと寝る事にする。ああ、でも、眠れない……。

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