友達は大事な人
雫ちゃんと相手が中央に立つ。
「オレの名前はぁ毒兎。女に手加減できるほど器用な男じゃないんでねぇ、できればぁ、降参してくれれば嬉しいなぁ」
そう言って近づくと馴れ馴れしく、雫ちゃんの肩を叩く。
「負けません。私の名前は雫です」
毒兎先輩の手を払いながら、雫ちゃんは睨んだ。
『毒兎さん、所定の位置に戻ってくださーい。さて!今回はどのような戦いになるのでしょうか!!さっそく!始めちゃってください!!』
開始の合図をしたが、二人は動かなかった。
互いに出方を見てる。
「火玉」
雫ちゃんが後ろに跳びながら、火で作られた三十センチ程の玉を毒兎に向けて打った。
「雷玉」
毒兎先輩も同じく雷で作られた玉を放ち、互いに爆発しながら相殺した。
なにも動かないまま五分が経過した。緊張の糸がキリキリと張り詰めている。
その時、確かに雫ちゃんの膝が震えた。それと同時に毒兎先輩が飛び出した。
「炎拳!」
毒兎先輩の手が炎で纏われ、その拳が雫ちゃんの鳩尾に入った。
「かはっ!……なんで」
「まだまだぁ!」
毒兎は雫ちゃんの胸元を掴み、何度も何度も腹を殴り続けた。
毒兎は雫ちゃんの耳元に口を近づけて、小さな声で話し出す。
「痛いかぁ?このフィールド内だと先生の魔術おかげで、痛み軽減があるけどよぉ、今くらってんのはぁ、リアルの痛みぃ。あははははははは!火極剣!」
炎拳が解除され火で作られた、一メートルの剣を作り出した。
「良い子ちゃんは、きっと今まで、ぬるい魔術を修行してきたんだろうねぇ」
毒兎先輩が雫ちゃんの首元を、切りつける。
「………………!!」
雫ちゃんがその場に首を抑えて、うずくまる。
『毒兎さん!去年と同様に、相手から降参があるまで、少しずつ傷を与えていく極悪非道の戦法だ!えー、戦いが終われば傷は治りますので、心配しなくても大丈夫です』
毒兎先輩が雫ちゃんの髪を掴んで、持ち上げ、耳元にまた喋りかけた。
「戦う前にてめぇの肩に手を乗せたとき、毒を吸わせてやったぁ。痛み軽減の魔術が適用されない、体になっちまったってことだぁ!……って、喉切り裂いたから何も喋れねぇか」
毒兎先輩は、地面に雫ちゃんを叩き落とした。
「可哀想だねぇ、痛みがリアルになって、内蔵とか、骨とか喉とか、行動に支障があるやつはダメージ与えられない、はずなのにねぇ。あははははははは!でも、心配しなくて良いよぉ。場外に行けば傷も毒も綺麗サッパリだぁ。訴えてもオレの親である理事長がぁ、てめぇを退学にするだけだぁ。オレって完璧ぃ」
雫ちゃんの頭の上に、毒兎先輩が足を乗っけた。
「ねぇ、あんな余裕ぶってたのに、みんなの前で無様な姿見せるのどんな気持ちぃ?頑張れよ!オレもその毒吸ってるんだぜぇ…………もうなんの反応も示さないのか。飽きたぁ」
毒兎先輩が雫ちゃんの髪を掴んで、場外に放り投げた。
円盤から落ちた雫ちゃんは、すぐさま僕達が座ってる椅子のもとに転送された。
すぐさまかけより抱き上げるが、雫ちゃんは泣いていた。初めてだった。
恐怖で顔が青白くなり、体が震え、瞳はうつらうつらしている。
雫ちゃんの顔を僕の胸に当てて、泣き止むまで何も言わなかった。
『あーっと!これは恨みを買いそうな勝ちかただ!しかし毒兎選手は笑っている!この不気味さだけはだれにも叶わないでしょう!』
ナレーションはあんな風に言っているけど、雫ちゃんは途中で諦めて項垂れるような人じゃない。なにかあったはずだ。
「雫ちゃん、少し待ってて」
雫ちゃんにハンカチを渡して、椅子に座らせた。
僕は用意していたショルダーバッグを、肩にかけて円盤に向かった。
「毒兎先輩、僕と戦ってください」
「おぉ、いいよぉ。てめぇみたいな、敵討ちは何べんも、返り討ちにしてきたからなぁ。前もこんなんで一人暴動起こしたことがあったからぁ、了承してくれるよねぇ、放送部さん?」
少しの沈黙の後、放送部は決定した。
『前回と同様、円盤内で、同じルールの下戦って、文句は無しということを条件に許可を得ました!!』
観客席から声援が溢れる。大半は毒兎先輩の戦い方を批判する人だが、少数の人達は毒兎先輩はルールを破っていないから良いのではないかと言う。
そんなことは、どうでもいい。
『二人とも中央にたってくださーい。……それでは!敵討ち成功となるのか!?始めてください!!』
突然、毒兎先輩が笑いだした。
「いやぁ、てめぇは一日目最初に倒した男じゃねぇかぁ。へっぴり腰で打った魔術は笑えたぜぇ」
僕は気にせず、ショルダーバッグからあるものを取り出す。
「あははははははは!なにを取り出すかと思えば、クレヨン……あははははははは!やべぇ、笑いが止まらねぇ」
二本の透明なクレヨンを太陽にかざすと、一本のクレヨンが黄色に染まっていく。
「あぁ……?もしかして、特殊魔術かぁ。いいもんもってんなぁ」
観客席がざわつきはじめた。
『な、なんと!あの希少種の特殊魔術持ちです!!私も初めて見ます!』
クレヨンが完全に黄色になった。
「黄色『サン』」
クレヨンを振り下ろすと、通ったところに黄色の線が出来ていた。
黄色の線が毒兎に向かって、飛んでいく。
「こんなものあたんねぇよ!」
毒兎が横に軽く跳ぶ。
「なっ……!自動追尾魔術とかしらねぇぞ」
黄色の線は毒兎を追尾して、毒兎の横を通りすぎた。
「ああああああああ!!!!痛い痛い痛い痛い!!!死ぬ死ぬ!!血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ血ぃ!!」
毒兎の片耳がその場に落ちていた。
『え……。先生の魔術が適用されてない!?その戦いストップ!!えーと、宗君だっけ、戦い中断して!』
一本横に描き、飛ばす。
「うわああああ!助けてぇぇぇ!!」
毒兎の脇腹を掠める。
その場に居た先生三人が、僕に向かって拘束魔術を放ってきた。
「水色『スカイ』」
もう一本の水色に染まったクレヨンで、拘束魔術の来る所に丸を描き、その丸に当たった拘束魔術が方向を変えて、毒兎先輩に向かった。
「なにやってんだよ!!早くこのクズを止めろよ!!お前らクビにするぞ!!!!」
毒兎は身体中を縛られ、口を聞ける状態ではなくなった。
「炎極刀!」
「雷極剣!」
「光極銃!」
三人の先生が一斉に襲いかかってくる。
クレヨンをショルダーバッグから、もう一本取り出す。
すでに黒く染まっている。
「黒色『シャドー』」
二メートルの黒い棒となり、一人の先生をぶっ飛ばし、次は二メートルの黒い斧に変えて、もう一人を上から潰す。
銃を打ってきたので盾に変え、防いでから三ツ又の槍に変えて、先生の首元にちょうど二つの先端の隙間に入れるように投げた。
「邪魔しないでください。こいつは雫ちゃんを泣かせました、死ぬべきなんです」
黄色のクレヨンと水色のクレヨンを、合わせて一本にする。
「光色『シャイン』」
一本の刀に変わり、光り輝いていた。
「やめろ!宗!!」
僕と毒兎先輩の間に入ってきたのは龍地だった。
「邪魔しないで、龍地」
龍地を蹴り飛ばした。
「死んでください、毒兎先輩」
刀を一気に振り下ろした。
炎を纏った刀が、僕の『シャイン』を受け止めていた。
「あっぶねぇー。おいおい、宗。せっかくの楽しい祭りになにしてんだよ」
「生徒会長」
「だからー、来栖先輩で良いって言ったじゃん」
「邪魔、するんですか?」
『シャイン』に込める力を強くする。
「戦いたいなら、やってやるぜ。一回戦でやれなかったしな!」
その時後頭部を殴られた。
「宗、なにやってんの。私は大丈夫だから、もう止めて」
「雫ちゃん。だってこんなやつに、雫ちゃん傷ついて、泣かされて、怖がって……許せないじゃん」
次は本気で頬を殴られた。
「私はあんたみたいな子供に、心配されるほど、弱くない」
「そっか、そうだよね。……ごめん」
「謝るのは私にだけじゃないでしょ。あぁ、まったく子守りは疲れる」
△▼△
退学を覚悟していたが、ならなかった。
生徒会の終わらなかった仕事は、理事長の不正の確認で、見事不正が発覚し、理事長は辞任。そのどさくさに紛れて光堂高校は、今回の事件をうやむやにしたそうだ。
特殊魔術の持ち主である僕を、手放したくなかったようだ。
そんな事件の後、ある日、寮に戻るとミチの姿が無かった。