表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異端に心を砕くものではない

作者: 菜切

 この世は乙女ゲームという名を冠するシナリオを大いに実行するべく形成された世界らしい。


 嘘だ。

 らしい、ではない。限りなく事実だ。


 そして私はその世界の不遇な悪役……ではなく、華々しくエンディングを向かえるだろうヒロインである。


 いや、語弊だ。

 ヒロインではない。その原石だ。


 日常の暇を持て余し妄想と萌えに浸る乙女たちの共感を得るべくデザインされた「私」という人物は、見た目は野暮ったく何処にでもいそうだけども磨けばとてつもなく光り輝き誰にでも等しく優しく懸命で努力家でひた向きで積極的、だがしかし少しにぶちんな、じつに「平凡」な少女なのである。


 ここで大事なのは平凡という定義に関する議論ではない。私が最初の方で言っていた、見た目は野暮ったく何処にでもいそうだけども磨けば……という所だ。

 つまり磨く前は路傍の石ころと代わり映えはしない。それから転生少女に「主人公」たる、美しすぎる内面など期待できないのが現実である。


 あれ、言ってませんでしたでしょうか。

 私は乙ゲーを嗜むような日常の暇をを持て余し妄想と萌えに浸る乙女の前世を持ったまま、乙ゲー正規ヒロインに転生した人間です。


「だりぃ……」

「おい、もう昼だぞ。いい加減起きろ」

「うーい」


 前世を持ったまま生まれ直す人生なんぞ、ろくなものではない。今生に関係の無い過去の記憶を持つということは、過去の悔恨も精算しきれない思いも背負うことである。繰り返す、今生に関係の無いものを、だ。郷愁さえ、故郷に届かない世界に居ては、煩わしくそして理不尽に責め立てる感傷だ。

  ぶっちゃけ、私は普通にまっさらに生まれた人間どもが羨ましい。前世への思いなど、根拠の無い占いで考え馳せる程度が大変望ましい。


「……おい」

「……」


 それから、悪魔の話をしよう。

 いきなりの思い付きで話題をぶっ飛ばした訳ではない。さっきの話の続きだ。年齢不相応に利口な子どものことを、人々がどう考えるのだろうか、という話だ。前世の記憶という名の人生経験を持つ私は、当然のごとく利発で利口でおぞましい。ませた子どもが鼻につくというレベルではなく、大変恐ろしく疎ましいものだ。

 大人を経験している人間なら、分かるかもしれない。いわゆる「大人の事情」を理解する子どもがいたら抱くだろう感情を。

 もうちょっとコアな話をすると、エクソシストという素敵な狂信者(注、あくまで私談)が悪魔憑きを見分ける判断に、前世持ちの奇行は大変恐ろしく美味しそうな獲物に見える。これは前世の知識であり、この世界に狂信者がいるかどうかは知らないがともかく。


「だから、はやく、起きろっつってんだろうが!!!」

「へーい」

「生返事もいい加減にしろ!」


 つまり、なんと言いますか。

 今生は、大変だるい。


「ウィリア!!! おーきーろーーー!!!!」

「うっせいやい聞こえてるっての黙れ居候!」

「あ、起きた。おはよう」

「……ああ、はいどーも」


 さっきからずっと騒がしい睡眠の害悪は、我が家の居候少年だ。紆余曲折を経てうちに転がり込んだこの幼馴染みは、かくかくしかじかで人生斜めに構えた若くヤル気のない路傍の石少女に、とかく構いたがる。


 悪魔とバレて疎まれることが疎ましい私は、しかし利発なオーラを隠しきれないお馬鹿さんは、他人との関わりを避けて怠惰に生きることを使命としている。

 その使命を脅威に晒し、私の惰眠を邪魔するこの輩は非常に如何ともし難くウザい。


「おいこら、ちゃんと挨拶しろ。おはよう!」

「……おはよ」


 さらにこの少年、「ヒロインの幼馴染み」といえばモヤッとフラグが見えてくる。

 その通り。今や平凡な少女の家に居候して市井に紛れてはいるものの、その正体をやお家事情にて単身亡国した隣の巨大帝国のやんごとなき庶子である。更に一番攻略しやすいチョロヒーローであるため、特に何もせずともゴールインするようになっている。世の中上手いこと出来すぎである。羨ま恨めしヒロイン……って、今は私本人でございます。


「昼ごはん出来てるぞ。一緒に食べよう?」

「…………おやすみ」

「あ、ちょっ、と、こら!」


 とはいえ。

「特に何もせず」は、「全く何もせず」ではない。私はその僅かな選択を切り捨てながら、少年と他人を続けることにする。

 異端に心を砕くものではない。

 さっさと彼の迎えが来ることを願いつつ、私は脳裏に残る少年の笑顔から目を逸らした。


 この世界は、大変だるい。

 どうせなら、何の記憶もなく生まれることが出来たのなら良かった。そうすれば……なんて、乙女ゲームの世界くらいに甘くて根拠の無い夢物語だ。実に皮肉だ。


 私は布団のなかで蹲った。まるくなる、まるくなる。まるくなって、防御よ強くなれ。


「……なぁ、起きてよ……」


 嫌だ。

 私は絶対に起きない。夢の世界に浸るのだ。



 ……よし。さて、これから下らない考えでも思いはせようか。


「目覚めたら何もかもが記憶にない」だとか、「このまま世界が、止まってしまえばいいのに」だとか、そんな、下らない夢想を。


2014/12/1 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ