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僕の彼女の束縛理由が危険で不憫でたまらない。

 僕には彼女がいる。

 真っ黒で流れるような黒髪は見ていてとても美しいし、笑顔はこの世のどんなものよりもいとおしい。


 けれど、少し性格に問題がある。


「やぁ泉ちゃんおはよう」

「あ、お、おはよう勇太!」


 少しうつむき加減で答える泉ちゃん。守りたい、そのかわいさ。


「ところで質問なんだけど、どうして僕は椅子に縛り付けられているのかな?」


 ここは僕の部屋。ベッドと机くらいしかない殺風景な部屋だ。


「……勇太がいけないのよ」


 全く質問の内容とは合っていない答えが返ってきた。

 うーん。僕何かしたっけ?


「勇太昨日あたし以外の女と楽しそうに話してた……」

「まぁ席があの子とは隣だからね。仕方ないよ」

「おかしいじゃない! あたしという彼女がいながら他の女とイチャイチャするなんて!」


 と、言うと包丁を持ち出す泉ちゃん。いやぁ怖い。


「違うよ。誤解だよ。僕はイチャイチャなんてしていない。それは泉ちゃんの勘違いさ!」

「だったらあの女がいけないのね!? ああああああ憎い! あたしの勇太をあの女は奪おうって言うの!? そんなのダメよダメよ許さない許さない許さない」


 ブツブツと恐ろしい事を呟く泉ちゃん。学校では全くそんな素振りを見せないから今のギャップがたまらなく怖い。まぁそこがかわいい所でもあるんだけど。


「落ち着いて泉ちゃん。とりあえずその刃物をしまって? 泉ちゃんがケガしちゃうよ?」


 実際、泉ちゃんの手首には無数の切り傷がある。前もこういった事をして、結果自分を傷つけてしまっているのだ。

 

「なんで勇太は平気なの? 気持ち悪くないの? あれほど汚ならしい女に言い寄られて」


 人を殺しそうな目付きで僕を見つめてくる。


「こら、泉ちゃん。人の事をそんな風に言ったらダメでしょ。あの子は普通の子だよ」

「なんでなんでなんでなんで!? 汚いものは汚い! やっぱり勇太にはお仕置きをしないといけないみたい……」


 あ。不味い。

 泉ちゃんが握っている包丁に力がこもった。


「い、泉ちゃん落ち着いて? 僕、そんなので刺されたくないよ」

「勇太とあの女がいけないのよ! わからない人には躾をしないといけないの!」


 と、泉ちゃんが包丁を僕の脇腹へと持ってゆく。

 冷たい金属の感触が、僕の肌から伝わってくる。


「泉ちゃんやめて! そんなことしても無駄だよ!」

「勇太覚悟しなさい! これはあなたの為なのよ! あなたはあんな女は汚いと思わないといけないの!」


 泉ちゃんが包丁を引く。そして、僕の脇腹目掛けてそれを一気に突きだした。



「ふんっ!!!」



 僕は腹筋に力を入れた。

 すると、その包丁は僕の腹筋に阻まれて大きな音を立てる。


「どう勇太? わかった? わかった?」

「ふんっ!!! ふんっ!!!」


 ドスドスと何度も僕に包丁を突き立てる泉ちゃん。

 しかし僕はその都度筋肉に力を入れ、刃物の浸入を防ぐ。

 包丁は僕の鋼の肉体に阻まれてどんどん変形していく。


「勇太ぁぁぁ! いたぁぁぁい? これがあたしの心の痛みなのよ?」

「ふんっ!!! ふんっ!!!」


 すっかり包丁はひしゃげてしまった。

 泉ちゃんは満足そうに頷く。


「痛いよ泉ちゃん」

「あたしの心の方がもっと痛いの! どうしてわかってくれないの?」


 もう元の面影がほとんど見られない包丁を投げ捨てつつ泉ちゃんは言った。

 ごめんよ、と謝りながら僕を縛っていた手錠を引きちぎる。

 そして優しく泉ちゃんの頭を撫でた。


 もうすっかり泉ちゃんの『愛』にも慣れてしまったなぁ。

 初めは包丁で刺されて出血してたけど、筋トレの成果により金属を通さない鋼の肉体を手に入れてしまった。

 愛の力ってすごいなとつくづく思う。 


 ただ愛の力って問題も起こすみたい。


「わかってない! 勇太は絶対わかってないよ!」

「わわわ! 泉ちゃんやめて!」


 泉ちゃんは両手で僕の首を掴み、そのまま僕を持ち上げる。

 

「ちょ、ちょっと泉ちゃんストップ! 首絞まってるって!」

「勇太は私のもの勇太は私のもの勇太は私のもの」


 ギリギリと首が絞まっていく。まぁこのまま耐えてもいいけど、ひょっとすると首を折られるかも知れない。


 泉ちゃんを傷つけないように、泉ちゃんの両手を持ち、横に引っ張る。


 物凄い握力で締めてくるが、なんとか引き離すことに成功した。


「僕は泉ちゃんが好きだからあの子は何とも思ってないよ」


 泉ちゃんの手が僕の喉を引き裂くのを必死で引きとどめながら感情を込めて呟く。


 愛の力が泉ちゃんにまで働いてしまうなんてねぇ。僕が強くなった意味がないじゃない。


「……ほんとう?」

「あぁ。本当さ」

「……ならあの女を今すぐ殺してきて!」

「えっ? それはできないよ!」


 少し緩んだと思った泉ちゃんの手が、再び力が込められる。


「ならあたしが殺す!!」


 泉ちゃんの重い拳が、僕のお腹に突き刺さる。

 

「ぐはっ!」


 僕はそのまま窓を突き破り、空へと吹き飛ばされていく。

 月明かりが僕を照らす。

 あぁ。また窓を壊されちゃった。


「あの女ぁぁ! 覚悟しなさいよぉぉぉ!」


 泉ちゃんも窓から夜の町へと飛び立つ。

 まずい止めないと。


「泉ちゃん落ち着いて! そんなことをしてもどうしようもないよ!」

「なんでよ! あいつは私の敵なの!」

「僕は泉ちゃんに殺人なんてしてほしくないんだ!」


 誰かの家の上で、泉ちゃんの前に立ちふさがる。


「どいて勇太!」

「どかない!」

「どかないのなら、あなたをぶちのめしてでも通るわ」

「それでも、僕は君に殺人なんてしてほしくないんだ!」

「勇太の為なの! どきなさい!!」


 拳を固めた泉ちゃんが足を踏み出す。すると、まるで突風のように泉ちゃんが僕へと迫ってきた。


 咄嗟に体を反らし、泉ちゃんの拳をかわす。


「甘いわよ!」


 次の瞬間、泉ちゃんの鋭い蹴りが僕の脇腹を捉えた。もう一度夜の空へと蹴り飛ばされる。

 

「くっ!」


 苦痛の息が口から漏れる。


「勇太。背中がお留守よ」


 僕を吹き飛ばすのに合わせて、泉ちゃんも僕の方へと飛んできたみたいだ。

 背中に大きな衝撃が走ったと思うと、僕は地面に叩き向けられていた。

 

 空気が肺から漏れる。苦痛に顔を歪ませながら、ゆっくりと砕けたコンクリートの上に立つ。


「あいたたた。ひどいよ泉ちゃん」

「ハァァァァ!!」


 泉ちゃんがその辺に置いてある車を持ち上げた。


「あ! コラ! そんなことしたらダメだって!」

「ヤァァァァ!!」


 そのまま泉ちゃんは大きく振りかぶると、車を僕に向かって投げつけて来た。

 僕はそれを体全体で受け止める。ボンッ、と車体がへこむ音が聞こえた。

 車をゆっくりと下ろす。

 あーあ。へこんじゃってるよ。まぁオシャカになるよりはいいでしょう。


「勇太はまだわからないの!?」

「なにが?」

「あたしの愛よ!」

「わかってるよ? 僕も君が好きさ」


 泉ちゃんが肩で息をしながら叫ぶ。近所迷惑だけど、今はそれどころじゃないか。


「ならなんで!? ……あの女と仲良くなんてするのよぉ……?」

「ご、ごめんよ? 僕は仲良くしているつもりなんてなかったんだって」


 顔を両手で押さえ、泣き出す泉ちゃん。肉体的には強くなっても、精神的にはまだまだ弱いんだ。だから僕がしっかりしなくちゃ。


「わかった。もうあの子と話さないよ。これでいい?」


 泉ちゃんは泣きながらうんうんと頷く。僕はそっと泉ちゃんを抱き寄せ、こう呟く。


「大好きだよ泉ちゃん」


 泉ちゃんは顔を上げ、僕の頬に優しく触れる。


「私もよ、勇太……ってあれは……?」


 泉ちゃんが僕の後ろを見ながら目を凝らす。僕も反射的に振り返り、後ろの様子を確認する。

 すると、最悪のタイミングで隣の席の『あの子』が現れた。


「あの女ぁぁぁ!!」

「ス、ストップ泉ちゃん!」

「殺す殺す殺す殺す殺す!!」


 泉ちゃんは僕を『あの子』の元へと思いっきり投げ飛ばした。

 ヤバい。このスピードでぶつかると彼女は死んでしまう!

 咄嗟に体を捻り、激突を避ける。


「きゃっ!」


 間一髪で逸れる。

 僕はすぐさま体勢を立て直し、強く地面を蹴る。

 そして猛スピードのまま、泉ちゃんと衝突する。辺りに衝撃波が発生し、僕らを中心にコンクリートが砕け散った。


「そこの君! 早く逃げて!」

「殺す殺す殺す殺す!!」

「は、早く! 僕がこの子を抑えているうちに!」


 その女の子は恐怖に表情を歪ませながら、一歩、二歩と後ずさる。


「ば、ば、ば、化け物!! こっちに来ないで!?」

「そんなのいいから早く逃げるんだ!」

「化け物ですってぇぇ!? あんたもしかして勇太が化け物って言うのぉぉぉ?」

「僕なの!?」


 絶叫をあげながら、その女の子は逃げていく。

 鬼の形相の泉ちゃんにさらに力が入る。


「逃がすかぁぁぁ!!」

「うわっ! うわっ! 泉ちゃんダメだって!」


 泉ちゃんが僕の全力の押さえつけを無視して、姿勢を落とした。

 あ、これは泉ちゃんの必殺技の構えだ。

 体内のエネルギーを、熱エネルギーとして一気に全面放出して焼き付くす。

 前もこの必殺技により、二棟の家屋がご臨終したんだよなぁ。家の人は何とか救いだしたけど、今でも放火事件として捜査されている。


 ここでもし必殺技が発動すると、捜査の手が泉ちゃんまで伸びるかも知れない。

 まぁ警察程度に泉ちゃんがどうにか出来るとは思わないけど、やっぱり恋人が犯罪者扱いされるのはいやだ。


「泉ちゃんやめるんだ!」

「勇太どいて! どかないとあなたも焼くわよ!」


 くそっ! もう泉ちゃんは必殺技の最終段階に入っている。

 こうなったら僕がやるしかない!


「泉ちゃんの分からず屋!」


 思いっきり空へ向かって、泉ちゃんを投げ飛ばす。もちろんこれだけで泉ちゃんの必殺技を防げるわけではない。

 泉ちゃんはあの空中という不安定な体勢でも迷わず撃ってくるだろう。


「泉ちゃん! 怪我しないでね!」


 姿勢を低くして、右腕に力を集める。

 僕が集める力は愛の力(ラブ・パワー)だ。愛の力(ラブ・パワー)はなんかすごいエネルギーを持っているんだ。


「くたばりなさいこの糞女ぁぁぁ! くらえ! 『アルティメットバースト』!!」


 一瞬、泉ちゃんの腕に光が集まったと思うと、眩い光を帯びた熱線がそこから放出された。

 泉ちゃんの必殺技はここら一帯を焼きつくすべく、まるで炎の龍のように空をかけてくる。


「させないよ! 『愛の光線(ラブ・ビーム)』!」


 僕の手のひらから同じく光線状の熱量の塊が放出される。

 僕のはまるで馬のように空を上っていく。


 そして訪れる衝突。

 音はないものの、莫大な衝撃波が発生し辺りの空気を激しく震動させる。


 空気の震動に堪えきれなくなった家の窓ガラスが次々と割れていく。


 そして、ゆっくりと泉ちゃんが落ちてきた。

 僕はそれをがっしりと、でも優しく受け止める。


「あの女は? 死んだ?」

「残念。逃げられたみたい。でもかなり怖がっていたよ?」

「ちっ……。まぁいいわ。次に会った時は必ず……」


 そう言うと、泉ちゃんは僕の腕の中でゆっくりと目を瞑った。泉ちゃんにとってこの必殺技は負担が大きいようで、いつも使うと寝ちゃうんだよな。


 よし。じゃあ警察がくる前に帰るとするか。


 そうして僕は足に力を入れ、泉ちゃんを両手で抱えながら地面を強く蹴った。

 


        ☆



 翌日。

 隣のあの子は今日も元気に、というわけではなく失意の表情で登校してきた。


 そして僕の隣に座り、鞄を置く。


「ねぇねぇ勇太くん。昨日ね、とっても怖い目に合ったの。おぞましい化け物が私のことを……」

「??」


 僕と目があった途端、みるみるその子の顔色が悪くなっていく。


「きゃー!! 化け物!!」


「僕!?」





 









 読んでくれてありがとうございます。このシリーズは他にもあるのでよければ見てください。

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