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妹といっしょ〜新春1泊2日弾丸スキー旅行〜


「降りるぞ。板の先、上げろよ。て、おい。お前、ストックどうした!」


こいつ固まってやがる。乗る時には、確認したから、途中で落っことしたのか。


「しゃーねぇ。とりあえず、俺に抱きつけ」

「ダイジョウブです」


なに?その顔。全くもって大丈夫じゃねーじゃん。リフトのおっちゃんびっくりすっから。とにかく、降りなきゃ。いや、降りよう?な。


『間もなく終点です』


アナウンスが煩くなって、二人乗りリフトはゲートに近づいた。

なんとか、まいを抱えて出口を滑り降りる。第一関門クリア。ストックの所在は、プロに任せるしかないな、こりゃ。


「まい、少し滑ったところに、レストランが見えるだろ?あそこにストック届けてもらうように話してくるから、中で待つぞ」

「ここで、ダイジョウブです。」


いや、俺が大丈夫じゃねーから。この雪の中で、係の兄ちゃん、じっと待ってられるかての。


「ほら、そこまで、ひとまず、俺のストック貸してやっから。お前には、長いだろうけど、ちょっとだけだから我慢しろよ」


なんとか、わかってくれたようだ。まいが、重い腰を上げて、動き出した。


「おい、ストック持ってないぞー!」

「ダイジョウブですー」


大丈夫じゃないから、自前のスノボ、車に置いて、わざわざ俺までスキーに付き合ってんだろが。


こいつと来たら、一事が万事、この調子だ。



俺は、池野大祐、都内の大学に通う21歳。でもって、今、目の前で転けたのが、大学受験を終えたばかりの妹、平まい。

そう、妹。正真正銘、血の繋がった兄妹なわけ。ん?苗字が違う?あぁ、よくある話だ。小学生の頃に両親が離婚してね。以来、別々に暮らしてるってわけ。


「池野ー!、俺ら上のゲレンデ行ってくるわー。13時に下のレストラン集合な!」

「おー」


赤沼は、デニム風のボトム、ビビッドなジャケットの新作スノーボードファッションに身を包み、モザイクカラーのつなぎをスタイルよく着こなしている女の子を連れて、早々と四人乗りクワッドを目指して消えた。

正直、助かったよ。あのバカップルの隣で、兄妹仲良く家族スキーをする気にはなれん。


可愛い子を紹介するという言葉につられて、ほいほい信州までやって来た自分が情けない。

同じ大学の赤沼聖(さとる)とは、高校の頃からの親友で、こいつには、3つ年下の彼女、(えと名前は確か、黒姫あげは…だったかな)がいる。

彼女の同級生(女子高生だぞ)を誘ってダブルデートしようぜと来たもんだ。

まぁ、そこまで期待してたわけでもなかったんだよ。女がハズレなら、久しぶりのゲレンデを楽しめばいいだけのことだろ。

で、現れたのは、実の妹ちゅーリアルじゃ、まず考えられない、いや、考えたくない展開だった。


“妹が居たなんて聞いてねーぞ”


だろうよ、赤沼。なにせ、兄貴の俺も、妹の存在なんて、今の今まで、すっかり忘れちまってたんだ。もう何年、会ってなかったんだっけか。そーいや、最後に、見たこいつは、まだランドセルしょってたな。


と、まぁ。むちゃくちゃ、気まずい再会を果たしたわけだ。


それだけなら、まだしも。よりにもよって、その妹に、すんげー、人見知りされちゃってるのよね、俺。もう、ありえん。

そら、記憶にないだろーよ。兄貴とかさ。別に、良いんだよ、良いんだけどさ。ちょっとは、気ーつかえよ。こっちだって、フレンドリーにいこーと思って、努力してるわけだからさ。



☆☆☆



「お前、俺のこと、笑かしたいの?」


まいの奴、さつきから、ずっと空椅子のまま、じりじり並行移動してやがる。目がマジだ。


「止めてください!!!!!」


どっちが斜面か分からないところで、よく騒げるな。だだっ広い何処までも、ただただ白が続く世界。リフトの音楽もここには届かない。小さな子供が、ボウゲンの足で直進していった。ここでは、スピードも出ない。後に続く親御さんも安心しているようだった。


「ほら、八の字だ。さっき、教えたろ。足を八の字にすりゃ、ゆっくり止まる」


「止まりません!!!!!」


まいは、正面から木の幹に、にじりよっていった。おい、さすがに、それ以上、進むと不味いぞ。


「旋回しろ。左足に体重を乗っけるんだ」

「左?左?左?」

「お茶碗、持つ方だ!」


まいの身体は、右に急カーブして、深雪に突っ込んだ。腰まですっぽり雪の中に埋まっちまって、身動きが取れないでいる。


「逆だ!!!!!」


俺は、軽い小回りで滑り下りると、まいのすぐそばに雪煙りを上げて止まった。


「悪りぃ。そういえば、お前、左利きだったな」

「おおおっ…おにぃ…」

「鬼?」


それはお前だろ。耳まで真っ赤。赤鬼さんよ。



☆☆☆



「池野!こっちだ」


向こうで赤沼が、手を上げて呼んでいる。女受けする甘いマスク。周りの客が注目する。隣に、黒姫さんが、座っていた。どちらかと言うと、彼女は美人顔だ。付けまつ毛のせいか、目が大きく印象的だった。


「遅れて悪い。さすが、スキー場のレストランの混雑は半端ないな」

「あぁ、昼時に席、4つ確保するには、苦労したぜ」


胸まである巻き髪を揺らして黒姫さんが、立ち上がった。


「聖、カレーでいいよね?」

「あぁ」

「まい、食券買いに行こう」


まいは、スキーブーツをガコンガコンいわせ、ぎこちなく黒姫さんの後を追った。


「ロボットダンスかよ」


疲れた。バックルを外して、赤沼の向かいに座る。


「あれ、池野、なんか買いに行かないの?」

「後で」


ここで、ぐいっと一杯やりたいところだけど、まだ雪道の運転が待っているので、ぐっと堪えた。“貰うぞ”テーブルのフライドポテトに手を伸ばす。


「お疲れちゃんだな。あの短い初級コースで、よくも、まー3時間も楽しめたよ。あっぱれだ」

「3本も滑ってねぇーよ。あいつときたら、1メートル四方で転けやがる。回数券にしときゃよかった」

「多目に見てやれよ。まいちゃん、小学生の頃の家族旅行、以来なんだろう?」

「そうだってな。親父とお袋が離婚する前だから、10年くらいか。あん時、俺が親父と、滑りに行ってる間、まいは、まだスノーパークでお袋と遊んでたから、実質、今日がゲレンデ初デビューだ」

「そうか。せっかく久しぶりの再会なんだから可愛がってやれよ。実際、可愛い子じゃないか」


可愛いか?


黒姫さんが、トレイに、カレーライス一皿と水の入ったグラスを4つ乗せて戻ってきた。まいは、今、麺コーナーの窓口に並んでいる。


「先に、食べててって言われちゃった。まいには悪いけど、私、お腹ペコペコ。いいかな、聖」

「あぁ、俺は、残りをもらうから」


どうやら、ふたりで分け合うらしい。


俺が、コップ一杯の水を飲み終えた頃、黒姫さんは、二・三度、スプーンを口に運んだだけで、もう食べられないと腹をさすってアピールした。


まいの奴、時間かかってるな。


「俺も、買ってくるわ」



この辺りに並んでいたと思ったが、見つからない。食券を買ったはいいが、まいのことが気になって、まだカウンターには並ばずにいた。それにしても、凄い人だ。掻き分けながら、辺りを見渡す。

チェックとドットのアシンメトリー。居た。あのウェアだ。あいつ、何してるんだろう。レストランの出入口に張られたゲレンデマップを妙な男と眺めている。汚い茶髪に片落ちバレバレのウェア。


「まい!」


ふたりは、振り返ると、男の方は、俺を見て逃げるように、そそくさと去っていった。


「なんだ、あのおっさんは?」

「道を聞かれたんです。乗るリフトを間違えたと言っていました」


シーズン券、腰からぶら下げて?あいつ、ボーダーのブーツを履いてるくせに、ボトムが汚れてなかった。少なくとも、今日は、まだゲレンデに出てないだろう。



☆☆☆



「持てるか?」

「ダイジョウブです」


まいは、いつから、こう強情になったのか。

赤沼は、一足先に、スノボを両手に担いで駐車場に向かった。黒姫さんは、赤沼の背中を押してふざけたりしながら付いていった。


こちらのチームは、レンタルだから、返さなきゃならん。

麓のレストランを出てから、駐車場手前のレンタルハウスまで、凍結した雪面を数十メートルほど、歩くことになる。

板を肩に乗せて運ぶことを教えたが、まいには、重いようで結局、何度も落とした。


持っての一言がどうして言えないのか。ついさっきも、そうだ。


黒姫さんが焼き芋のカー販売の前で、ぴょんぴょんと跳ね出した。


「聖、焼き芋だよ」

「どうせ、一口しか食べられないだろ」


黒姫さんが、頬を脹らませてみせると、仕方なく、赤沼は“小さいのにしろよ”と、財布を出していた。

ふたりの背後で物欲しそうにしているまいが、我、妹ながら、不憫に思えてきて、“まい、お前も、いるか”と優しい言葉をかけてやったのだ。

けれど、やっぱり、こいつの決まり文句は、変わらなかった。


「ダイジョウブです」



最後に行った家族旅行は、冬の北海道だった。もうひと滑りパウダーを堪能したかったのだが、妹がホテルに帰りたいと泣きわめいたために叶わなかった。まいは、夕方の子供アニメ劇場を欠かさず観ていたのだ。

俺は、妹が、疎ましくて仕方なかった。


☆☆☆



赤沼。さっきから、もろ聞こえなんだよ!頼むから、他所でやってくれ。そもそも、この薄い壁もどうよ。激安ホテルだからって、お粗末すぎる。客のプライバシーをなんだと思ってるんだ。


“家族なら問題ない”とあいつに言いくるめられ、無理矢理、妹と同室にさせられてしまった。


地獄だ。


ツインベットの窓側に腰を下ろして、テレビのボリュームを上げる。


ユニットバスのドアが開いて、妹が出てきた。ホテルの浴衣を着て頭にタオルを巻いている。こいつだけ、銭湯に行けなかった。18歳なら生理があって当たり前だろうに、なんだか違和感がある。


「ドライヤーを知りませんか」


「あれ、ネットには、備え付けてあるって書いてたのにな」

「私、あげはちゃんのところに行って、借りてきます」

「待てぇぉあ!!!!!兄ちゃんが、今、フロントに問い合わせてやるから、お前は、そこを動くな!」


なに考えてやがる。大慌てで枕元の受話器を取った。


俺の動揺が伝わったのか、ホテルの対応は早く、従業員の女性は、ダッシュでドライヤーを持って来てくれた。肩で息をされると、こちらが申し訳なくなってくる。


それにしても、これだけ、大音量でニュースを見るのは、はじめてだ。まいは、隣のベットに服を並べて荷造りをしている。


「明日、晴れるぞ」

「はい」

「滑ってから帰れるな」

「はい」


少し声を張り上げたが、まいは、とくに、気にならないないようだ。


「まい、これからは、こんな誘い受けるなよ。ろくな奴が来るわけないんだ」


俺じゃなかったら、どうしたんだ。もし、昼間のおっさんなんかと、同じ部屋にでも、なってみろ。ただじゃ、すまんぞ。


「あげはちゃん、物凄く一生懸命だったから。私が一緒なら、親御さんが安心するって。あげはちゃんの家、とても厳しいらしくて」


お前は、どうなのよ。お前の心配は、誰かしてくれたの。


「父さん、元気か?」

「はい、この間なんて、陽人くんが歩いたって大騒ぎしてました」


陽人と言うのは、まいの義理の弟だ。父さんは、再婚した。


柄に似合わず、まいのことを思って、センチメンタルな気分になった。


“ダイジョウブ”


平家のわがまま姫は、ずっと、そう一人で唱え続けてきたのか。


「時計がない」


まいが、青い顔をして言った。



☆☆☆



ホテルに車の鍵を預けていて助かった。隣の部屋は、本日いっぱい、立入禁止だ。


「あったか?」


市内のビジネスホテル裏手にある屋外駐車スペース。

電灯が壊れていて、赤沼のバンを見つけるには、自販機の明かりが唯一の頼りだった。

まいは、携帯のライトで車内を詮索している。浴衣にダウンを羽織っていた。スノーブーツから素足が見えて寒そうだ。


「ありました」


まいの声が明るくなった。


「よかったな」


車の中を覗きこんだ。


「ありがとうございます。これ、大学の合格祝いに陽子さんが買ってくれたんです」


親父の新しい奥さんか。妹は、眩しそうな顔で、時計を眺めていた。流行りのアイドルタレントがCMで宣伝していたものだ。


「気に入ってるんだな」

「はい。陽子さんと陽人くんに、お土産たくさん買ってくるって約束したんです。明日、お店に寄る時間ありますよね」


まいの目に嘘はなかった。臭いドラマの見すぎだな。妹は、もう女子大生になろうとしている。きっと、こいつなりに、もうケリはついているんだ。


「あぁ、安心しな。そばでも、りんごでも、たくさん買って帰ろう」


今さら、思い出したように兄貴ずらされるなんて、こいつにとっちゃ良い迷惑だよな。


「あ、雪ですよ」


まいが、バンからひょっこり顔を出した。


「こりや、天気予報、外れそうだな」


はらはら雪がちらつきはじめて、モスグリーンの空が、騒がしくなった。


「そういえば、あの時も、こうやって雪が降ってきましたね」

「北海道か?」

「はい。もう、夜も遅かったのに、お父さん達の目を盗んで二人で外に出ました」

「あぁ。思い出した。お前、やっぱり雪に埋もれて泣いてたよな。後で、随分叱られたっけ」

「抱き起こしておんぶしてくれましたよね、覚えてます」

「いや、あれは、引きずってただけだよ」

「ぷふ」


まいの表情がほぐれた。


「また、おんぶしてやろうか」


妹は、ぎょっと驚いた顔をしてから、白い歯を見せて笑った。


「無茶だよ、お兄ちゃん」



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