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心の距離

作者: 神崎 今宵

大人になりきれない私の恋の終わり。




会いたいと願えば願うほど恋しくなって、一緒にいたいと思えば思うほど切なくなって、我慢ばかりのこの恋は、もうもうすぐ終わってしまうのだろうか。




「もう、こっちでは桜が咲いてるよ」


「そっか、こっちはまだ雪が降ってる」


「あー風邪ひくなよ」


「うん、大丈夫」




無機質に響く彼の声。

携帯から聞こえる声にどんどん切なくなって、彼の見える風景を一緒に見れないことを悲しく思い、彼の隣にいない自分を呪った。

彼は今一体何を思っているんだろうか。何をしてるんだろうか。そんなことさえ、この距離じゃ何一つわからない。




「あのさ、今日で1年だね」


「んー何が?」


「君が東京に行ってから」


「あー…そうだな」




1年前の今日。

真新しいスーツをきて、空港で泣きそうな私の心も知らずに、楽しそうに新しい生活について話していた。

私はこれからの将来のことを不安に思っていたのに、君は何一つそんな素振りもみせずに、ただただ楽しそうにこれからのことを話す。

思えばもうこの時から、君と私の心の距離は遠のいていたのかもしれない。





「一年なんて早いよな」


「…全然早くないよ」


「そうか?」


「そうだよ、」





会いたくて会えなくて

一緒にいたくていれなくて

常に君のことばかり考えていたかったのに、仕事のこととか、人間関係とか、いろいろな悩みができていくうちに、どんどん君のことを考える時間がなくなった。




「…夏、楽しかったね?」


「あーお盆?」


「うん。映画見に行って、柄にもなく音ゲーではしゃいで、カラオケに行って、すごく楽しかったね」


「それならクリスマスもだろ?ほら、ホワイトクリスマスだったし」


「こっちの地方じゃいっつも雪降るじゃん」


「そうだけど、ほら、こっちじゃ珍しいから」


「…君だって一年前までここにいたじゃん」


「一年もあればこっちの生活に順応できるだろ?」


「…そうだね」





一年あれば、今の生活になれると思った。

確かに仕事にも慣れたし、ひとり暮らしもまだまだ不慣れだけれど、なんとかなってる。

職場の人間関係も概ね良好だし、不満もない。ことになって初めて部下ができ、新しい仕事も始まって、はっきり言って充実しててる。

君が、好きな人がいない、ということ以外は充実していた。





「でもね、私は君が隣にいないことに、まだなれないんだ」


「…」




そんな、

どこかのドラマで見たような安っぽいセリフを吐くと、彼が電話越しでため息をついたのがわかった。

…呆れてしまったのだろうか。それとも、このあとに続く言葉に気がついたのだろうか。





「…たまにくるメールも、忘れた頃に来る電話も…まだ慣れないんだ」


「…待ってないで、メールとか電話してくれても良かったよ?」


「そうだねー…うん、そうだね、こっちからすればよかったのかもしれないね」




連絡すればよかった。

きっと優しい君のことだから、忙しいのにちゃんと返事してくれて、眠いのに私の話を聞いてくれるんだと思う。

でも、嫌なの。

君の重荷になんてなりたくないんだ。

遠いからこそ、ふとした瞬間に嫌われるんじゃないかという恐怖より、飽きられるのではないかという恐怖の方が強いんだ。




「…別れよっか」




呆れられてしまうのではないだろうか。

向こうで、違う人を好きになっているのではないだろうか。

私のことを、重いと思っているのだろうか。

近くにいてもいろいろなことで悩んでたかもしれないけれど、遠いこの距離がイヤでイヤで仕方なかった。





「…もう待っててくれないの?」


「ごめんなさい」


「…そっか」





長い沈黙が辛かった。

前はこの沈黙さえも愛おしかった。何を話せば笑ってくれるのかな、何を言えば喜んでくれるのかな。そんなことばかり考えていたのに、最近じゃこの沈黙は「お互いのわからないことを話してしまい、返答に困っている」なんていう、苦痛になっていた。





「…最後に聴いてもいいかな」


「…なに」


「私のこと、今も好きなの?」





ずるい聞き方だったのは百も承知だった。

でも聞いておきたかった。

なんて、自分から別れ話を切り出しといて随分と都合のいい話だけれど、。





「うん好きだよ」


「そっか、」


「笑った顔も、何か企んでる顔も、帰るときにちょっとだけ泣きそうな顔をしてるのも、全部好きだ」


「…私も、好きだったの…」


「…戻れない?」


「多分、戻れないよ」




泣いてしまうなんて自分勝手すぎる。

でも、止めようにしても、流れ出てきてしまう雫は止まらなくて。電話の向こうで、君が少しだけ困ったような声を出した。




「…お前が告白した日のこと、覚えてるか?」


「え…」


「高校一年の時のこと」


「あ、うん、覚えてる」



「あの時さ、俺、お前がからかってるのかと思ってた」


「そんなこと…」


「んーでも俺は本当にそう思ったんだ。だから俺、一回お前のこと振ったじゃん?」


「…そうだったね」




本当に好きで好きで、付き合いたくて仕方なかったのに、君は私に一言「なんのために付き合うのかわからない」といった。

正直言って、その言葉の意味なんてわかんなかった。

好き=付き合う。

それが当然だと思ってた。





「でもさ、お前振ったのに、懲りずに俺に構いに毎日話しかけてたじゃん?普段読みもしない小説読んで、俺の話に合わせようとしてくれて、ああ、こいつ本当に俺のこと好きなんだなぁって思った」


「ひどいなぁ…私、君のこと本当に好きだったのに」


「…俺は、お前が思ってる数倍お前のこと好きだけどな」


「そうなの?」


「ああ。

お前から来る返信に変にドキドキしたり、眠そうな声を聞いて眠たくねーのかなとか、迷惑だったかなとか不安にもなった。

会えないことを寂しいとも思った」


「…私と同じだぁ」


「…そうか。でも、俺、少しだけ疲れたのかもしれない。好きなのにおかしいよなぁ。お前がほかの人を好きになったんじゃないかって思って不安で不安で仕方ないんだ」




私もだよ、

そんなこと言えなかった。






「…それも、今日で終わりだな…4年間、ありがとう」


「…私の方こそ、ありがとう」


「それじゃあ、もう切るな。お前体弱いんだから、気をつけろよ?それと、飯くらいちゃんと食え。ダイエットなんてしなくても十分魅力的なんだから」


「君も、食べ過ぎて、太らないようにね…それと、車の運転するときは絶対安全運転だからね?」


「うん、わかった…じゃあ、な」


「うん…」




しばらくの沈黙の後、私が電話を切った。

これ以上繋いでいても、自分から別れ話を切り出したというのに、未練ばかり残ってしまいそうだったから。

携帯を机において、流れていた涙を拭きながら、机に飾っていた彼との写真を見る。

楽しそうにいる二人を見ると、胸が痛んで私は写真立てを倒す。




…また、どこかで彼と会えるなら。

君と出会ったのが15ではなく25歳だったら。

私たちはこれから先も、一緒に居られただろうか。

(君の幸せを願うと同時に、自分から手放した君との未来のことを考えるなんて、私はやっぱり自分勝手なのかな)











そんなことを考えて、流れ出る涙を止める術すら私は忘れてしまった。



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