ただ君に好きと云いたくて。
──アナタにもいますか?大切に想う、大好きな存在が…。
彼女と出逢ったのは、小さなペットショップだった。
犬や猫、動物に囲まれる彼女は穏やかな笑みを浮かべて、自分を見つめている“僕”に気づくと、もっと笑顔になった。
───ああ、なんて優しそうな人だろう
この時だ。僕は、僕に笑いかけてくれた彼女に……一目惚れをした。
常連客の彼女は、長い黒髪を緩く後ろで結んでいる。
いつも清楚な服装で、とても綺麗な人だ。
「こんにちは…」
挨拶をしてくれた。
嬉しくて、嬉しくて…僕は何を言えばいいか分からなくて、俯いた。
そんな僕に、彼女は笑いかけてくれたのだった。
* * * *
あれから、どれくらいの月日が経っただろうか。
マンションの一室。
いつものように彼女は僕に笑顔を向けてから、慌ただしく玄関へ駆けだしていく。
「行ってきます」
───いってらっしゃい。
真新しいスーツに身を包んだ彼女は、今日も仕事に行ってしまう。
僕の『いってらっしゃい』はいつも背中に聞いていくだけだ。
でも、それでも構わないと思った。
だって今、僕は好きな彼女の側にいるのだから。
* * * *
「うぅっ……あぁっ……」
その日、彼女は泣いていた。
肌触りのいい白いカーペットに、涙が染み込んでいく。
膝に顔を埋め座り込む彼女の背中が、とても小さく見えた。
笑顔の似合う彼女。決して弱くはない。
でも……強くもないんだ。
───僕は知ってるよ。君の優しさを。だから……泣かないで? 僕はずっと側にいるから。
彼女に寄り添うように、顔を近づける。
───チュッ
彼女の頬に流れる涙が無くなる。
悲しみを吸うように、僕は初めて彼女にキスをしたんだ。
初めてのキスは……正直少ししょっぱかった。
「!……」
彼女は驚いたように顔を上げると、僕を見つめて笑ってくれた。
「ありがとう…」
────やっと、笑ってくれたね…
僕も笑顔を返す。
その後僕は、彼女に抱きしめられたんだ。
彼女は温かくて、まるで眩いくらいの光を放つ太陽のような……ひだまりのような存在だと思った。
* * * *
雨の音が窓の外から聞こえる。
ザァァ…と激しさを増す雨。
───大丈夫かな?今日、傘は持って行ったけど……この雨だと、きっとびしょ濡れだよね。
彼女の帰りを待っていた僕は、そっとベッドから身を起こす。
元々身体は丈夫じゃなかった。
でも、最近足がフラフラする…。
今朝彼女が畳んでいった洗濯物の山。
その中からタオルを取ると、僕は玄関に向かう。
───僕が出迎えたら、喜んでくれるかな?
彼女の笑顔を思い浮かべて、僕はじっと待ったんだ。
玄関を開けて
「ただいま!」
…と駆け込んでくるだろう彼女を…。
* * * *
暖かな春、暑い日差しの夏。
紅葉の綺麗な秋、雪の白さと凍える寒さの冬。
いろんな所に行ったね!
海や山。
スーパーや、大きなショッピングモールに……あとは、思い出せないね!
それくらい、彼女との時間はいつでもあっという間だ。
「来希!」
目を閉じていた僕の耳に彼女の声が聞こえてきた。
それは、僕の名前だ。
いつだって、君にそう呼ばれることは凄く嬉しい。
でも、そんなに悲しげな声で呼んだことはないよね?泣きそうな声で、どうしたの?
───僕は、ここにいるよ。
そう言おうとしたけど、体が動かなかった。
あれ?何でだろう……瞼が重いな。
「……この子は、とても長く生きたわ。」
彼女の肩に手を置いて、そう言った女性には見覚えがあった。彼女の母親だ。
優しげな瞳は彼女とそっくりで、僕は好きだ。
「……来希っ…ライキッ!!」
彼女は涙を流しながら、僕をそっと抱きしめた。
──少し痛いよ…僕はどこにも行かないよ?
流れる彼女の涙をあの時と同じように、拭う……つもりだった。
──うごかない?……何で?なんで、なんで?
プルプルと震える自分の手。
君が好きだから。君の側にいたいから。
僕は、君の涙も拭いたいんだ。
──動いてくれ!
「…ライキッ……大好きよ」
その時僕の耳に、震える声で聞こえた言葉。
それは、僕が一番聞きたかった言葉だ。
──うん…。…うん!僕も君が好きだよ!
僕も返事をしたんだ。
あの日…初めて会ったあの日から変わらない『好き』という気持ちを。
「……ワ、ワン!」
だけど、僕の口から出たのは彼女とは違う声だった。
───ああ、そうか。僕の気持ちが彼女に伝わらないのは…
僕が『犬』だから。
僕は気づいていなかったんだ。
君が好きで、僕も同じなんだと思ってた。
同じ……“人間”という種族だと。
───僕は、違うね…僕は、犬だね。
決して、好きになってはいけなかった。
『恋』という感情を、君に抱いてはいけなかったんだね…。
───でも、僕は……幸せだった!
君に出逢って、共に過ごして…いろんな君を知ることができたから。
君の側にいられて、よかった。
君を好きになってよかった。
「ライキ…?」
僕は、精一杯前足をのばしたよ。
君に触れたくて。
僕ね、ちゃんと分かってるよ?
自分の身体のことだもん。ちゃんと、分かってる。
───だから、心配なんだ。優しい君の事だから……また泣いちゃうね。
ずっと側にいるって言ったのに、ごめんね。
でも、僕はずっと君を見ているから。
……心は側にいるからね。
───だから、最後に……『好き』と言えない代わりに、聞いてくれるかな?
『大好きな君へ、ありがとう』
───“未『来』に向かう『希』望の存在”
という意味の込められた名前『来希』。
彼は、大好きな彼女の腕の中で…永い永い眠りについた。
『私の方こそ……ありがとうっ…来希っ』
まるで彼の言葉が分かったかのように彼女は、優しく彼の頭をなでた。
すると、来希が笑ったように、彼女には見えたのだった。
読んで下さりありがとうございます。
初短編だったのですが…。
この話は最後まで読んだ後、もう一度最初から読んで頂けると、別の視点で読めるかと思っております。
感想やコメント等、お待ちしております。